世界を越えた腐れ縁
白世界樹の精霊術師――この二年間、四大陸を行き来して問題を解決してきた少年の二つ名だ。
白い髪と金色の瞳は目立ち、顔を覚えられるのは早かった。だが、誰一人として少年のことを覚えてはいなかった。
他の誰でもない、少年が人々から記憶を消したからだ。
「な、なぜお前が生きている!?」
並行世界の人間であるオーマは驚きと動揺を隠せずにいる。
「なんとまあ。このまま隠居を決めるつもりなのかと思っていた。こうして会うのは初めてじゃ」
マオルは少年のことを覚えていた。身構えることなく、その目でしっかり捉える。
少年は目を丸くした。会ったことがないのに自分のことを覚えている人がいることに。それから少し遅れて嬉しさがこみ上げる。自然と感情を声に出していた。
「これは驚きだよ、俺の術が効いてない人がいるなんて。でも不思議なことじゃないか」
少年は真っ直ぐオーマを見る。一瞬緩んだ表情を引き締めて。
オーマの表情は怒りを隠せていない。胸の傷に触れる手は震えている。
「なぜお前は生きている! お前は儂が殺したはずだ!」
「それは並行世界の俺だ。わかってはいたけど、いざ聞かされるとキツいや」
「その顔を見ているだけで怒りがこみ上がってくる! それならばもう一度殺すまでだ!」
オーマは時を止めた。マオルもグレンもウルも止まってしまうほどに強力な魔術である。
だが、それが効かない者がいた。表情を変えることなく少年は立っている。
「俺には全ての魔法も魔術も通用しない。諦めて降参してくれると助かるんだ」
「馬鹿な……!? あのときのお前には通用した」
「そりゃそうさ、世界が違えば人も変わる。お前と彼がそうであるようにだ」
「黙れ。術がダメならば肉弾戦だ」
俊敏な動きで少年に拳を振るうオーマ。常人には一瞬の出来事である。常人にとっては、だ。
少年は拳が当たるスレスレで避けてみせると、風の風圧でオーマを吹き飛ばした。
「いい頭の回転だ。でも悪い。肉弾戦でも俺は負けないよ。厳しい人に鍛えられたからな」
「――がはっ!」
血を吐く現実と痛みに襲われるオーマ。彼の体は鋼のように鍛えられている。それでも耐えられない攻撃を喰らってしまった。よりによって胸の傷と同じところに。
「俺は世界を守る。世界の脅威になるというのなら全力で倒す。それが俺の決めた道なんだ」
「……儂の邪魔をする……ならば……戦意を消失させるまでだ……がはっ……!」
オーマは発動した。
魔法でも魔術でもなく、灰色の悪魔の力を。
時止めが解けてマオルたちが動けるようになったが、その目に映るは人ならざる者の姿。
「おまっさん、いったい何があった!」
「どうもこうもない。並行世界のお前が本性を表したんだよ。さっきの魔力の塊とか化け物なんざ比較にならない奴になったんだ」
「いったいどんな力なんじゃ。自分のことなのに儂にはわからんぞ」
「千年も生きてきたくせにか。千年生子が聞いて呆れる」
「儂は千年生子ではなかったのじゃ。無駄に生き続けるショタジジイじゃ」
「何勝手にトーンダウンしてるんだ。そんな顔でミルフィライトと会えるのか。目覚めの顔は笑顔でいけよ、マオル・ナナシノ」
「儂の名前を知っているのか!? それにミルフィライトのことも!」
「知ってるとも。ついでに話しとくとするかな。お前と、俺――シロ・ユグドラシルの真実を」
* * *
千年前、四大精霊と悪魔による戦いが繰り広げられていた。
悪魔の力は絶大だった。圧倒的だった。人々は手も足も出ず死んでいった。骨も残らず、母なる大地諸共。
四大精霊は無力を嘆く。これまで見守ってきた命が消えていく現実に奥歯を噛み締めることしかできない。
火の大陸、水の大陸、風の大陸、土の大陸。
そして――精霊大陸。人々から崇められる精霊の聖域。
大陸より発生する無尽蔵の魔力によって精霊は生き、力を使うことができる。だが、もう精霊大陸は消滅してしまった。悪魔の手によって。
無尽蔵の魔力を失った精霊に待っていたのは――死。精霊は実体を持たないことで己に対する全ての害を無力化していた。だがそれは魔力があってのことである。無敵の盾が解け、実体を手に入れるということは死を意味していた。
「精霊風情が……無に……還れ……!」
「「「「悪魔ああああ!!!!」」」」
最後の力を振り絞り悪魔を倒した四大精霊は、人々の前から姿を消した。
悪魔は滅びゆく間際に転生魔法を二回放った。一回目は上手く放てたが二回目は不完全なものとなり、四大精霊との戦いによって生まれた歪みに吸い込まれ並行世界に。悪魔が最期に見たのは、体を震わせる少年の姿だった。
悪魔は少年に不老不死の呪いをかけた。絶望に絶望が重なるとどうなるのかという興味本位で。
――時は流れ。少年は、一回目の転生魔法により生まれた悪魔と対峙した。
「もう一度だ。世界を無にしてみせようぞ」
「ふざけんな! 俺を不老不死にした挙句、女に振られた腹いせに世界を滅ぼすだと! お前の八つ当たりにみんなをこれ以上付き合わせてたまるか!」
悪魔に殺されてしまった師匠の形見の剣を握りしめ立ち向かう。誰に頼まれたわけでもなく、ただただ本能のままに。
「くだらぬ。与えられた呪いを逆手にとったつもりか。与えるということは、奪うこともできるということまで考えが及ばなかったようだな」
「……に……人間を……舐め……るな……」
悪魔の灰色の魔力が少年の体を貫く。悪魔の胸に傷ができたものの戦いはあっけなく幕を下ろした。
これが並行世界の少年――シロ・ユグドラシルと、悪魔――マオル・ナナシノの物語。
――では悪魔による二回目の転生魔法はどうなったのだろうか。
不完全に放たれた転生魔法は、もう一人のマオル・ナナシノとして形となった。不完全なために十歳で成長は止まり、悪魔としての力も失っていた。
同じく十歳で幼馴染のミルフィライトに振り回されながらも平穏を満喫していた。だが並行世界よりきたというもう一人のミルフィライトによって状況は一転。
「私はあなたのことが好き。だからお願い、私と一緒にきて」
「ごめん。おまっさんと知り合って日が浅いから、好きとか言われてもわからない。それにたぶん、これからも謝ることしかできないよ。俺の特別な気持ちをあげる相手は決まってるからな」
マオルに悪気はなかった。告白されて嬉しかったが、それとこれとは別。自分の気持ちを素直に伝えることが誠意であると信じた。
一人の恋心を拒んだことに胸を痛めながらも、その足は幼馴染のところへと向かっていた。
失恋をさせてしまったからこそ自分に素直になろうと意を決して告白して成功。しかしすぐに交際は終わり、自らも失恋を味わってしまう。皮肉にもそれが魔術の目覚めとなり一度だけ並行世界へと渡った。
並行世界でマオルは恋をした。いや、失恋の傷を埋めようとする本能だったのかもしれない。相手はテトラと名乗り、天使のような笑みを浮かべてみせた。間髪入れず告白するも玉砕。しかも災難は続き、道端にできていた穴に躓く始末。
もう並行世界は懲り懲りと戻ってきたマオルは、幼馴染として会おうとミルフィライトところへ向かう。だがすでにミルフィライトは封印されてしまっていた。この日は満月であった。
それから長い年月が過ぎ、いつしか千年生子と呼ばれるようになっていた。容姿が変わらないことを気味悪がってか否かはわからない。
そんなある日のこと、マオルはある姉弟を見かけた。二人の様子を見て人々は微笑む。マオルはつられて微笑むと同時に弟の方から何かを感じ取る。
お願いをされたのもこの頃だった。
誰かに呼ばれた気がして向かった先は服屋。中に入り重厚な扉を開けると、金色の刺繍が入った赤い絨毯が敷かれた部屋が現れた。
応対してきた店主との会話もそこそこに声の主を探すマオル。すると一人の少女が顔を向けてきた。
「おまっさんが儂を呼んだのか?」
「そう。ワタシは自由に動けないから頼みたくて」
「なぜ儂なんだ。テレパシーだかなんだかわからんが、伝えるなら誰でも良かっただろう」
「ワタシのテレパシーは誰でも聞こえるわけじゃない。ワタシの声が聞こえたということは、それだけで十分」
「それで何じゃ? おまっさんを買ってやる余裕はないぞ」
「それは別の人に頼むからいい。あなたにお願いしたいのは――イグラズで封印された友を救ってほしい」
「友をじゃと? いったい誰を助けたいんじゃ」
「ミルフィライトという女の子なの」
これが切っ掛けでマオルは二年後、イグラズを訪れてミルフィライトの封印を解いた。どうして二年後に解いたのか。それはあの弟から何かを感じ取ったからに他ならない。
マオルの予感は的中。その弟を中心に世界は動き出し、大きな変化を遂げていった。
世界中が彼のことを忘れてもマオルは忘れなかった理由は、灰色の転生者という共通点があったからである。
* * *
「――とまあこんなもんか。俺が散々見てた夢は、並行世界の俺のことだったんだ。全く生い立ちが違ったのには驚いたけどさ」
「儂が悪魔の転生者じゃと!? にわかには信じられん。しかも儂の方が不完全とな」
「不完全で良かったじゃないか。おかげでお前は悪魔にならずに済んだ」
「それはそうじゃが。これで儂がオーマに敵わぬ理由がわかったの」
「まさか諦めたわけじゃないよな。言っとくが俺は勝ちにきたんだ。並行世界のためにも、俺の世界のためにも、これからの未来のためにも、ここでオーマを倒す。白世界樹の精霊術師――シロ・ユグドラシルとしてな!」
「眩しい奴め。その若さが羨ましいの。千年生きてきて今さら出生のことで悩むことになろうとは。だが悩むのは後にしておこう。オーマと儂は双子みたいなもん。ならば儂の手で責任をとらなければな!」
片や魔王の、片や悪魔の転生者。
白世界樹の精霊術師と千年生子にとって最後の戦いが始まった。




