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相対する銀

 色がないといっても無色ではない。

 黒ほど主張するわけでもなく、白ほど引き立て役に徹するわけでもない、程よい陰で苦みのある灰色に街は染められていた。

 アロポリアに起きた異変に心当たりがあるウルを先頭に歩いていく。マネキンのように動かない人の前に立ってみたり、空中で止まった葉を掴んでみたりと試していた。


「自然の法則とかも覆しちゃってるがどうなってるんだ? 全てを停止させる魔術なんてあるのか?」


「並行世界に干渉できる魔術があるくらいだからあっても不思議ではない」


「二人共止まるって。どうやら俺たち以外にも歩ける奴がいるって」


 ウルの視線の先に人影があった。

 ボロボロの布に身を包んだその者は、ウルの視線を感じて身構える。


「見るからに怪しい奴だ。儂らを見るや身構えるとはな。こう言ってはなんだが、見た目が十歳の子どもを見て、普通は身構えたりはせん」


「その決めつけはよくないぜ、マーオ。誰に対しても等しく人見知りなのかもだ」


「なるほど、そういう見方もあるな」


「二人揃って呑気って。あれが俺の知る千年生子だって」


 ウルが千年生子という言葉を発した瞬間、布を身に包んだ者が動き出した。


「儂が行った方が早い。あまり揉め事は好まんのだがな」


 マオルも一歩二歩と前に踏み出す。


「…………」


「おまっさんが千年生子だな? そんなボロボロの布など剥いで捨ててしまえ。人と話すときは目を見て話せと言うだろう」


「……なるほど、これはそっくりだ。しかしながら隙だらけなのは残念だ」


 布がマオルの視界を奪う。


「いきなり何をするか! 捨てろとは言ったが投げろとは言ってないぞ!」


 マオルは布をどかすが人影はない。

 もうすでにグレンとウルに近付いていたのだ。


「あれの仲間か?」


「だとしたらどうだっていうんだ。マーオをどうこうしようだなんて企んでたりしちゃってるんじゃないだろうな」


「そんな小さいことを企んでいるように見えてるのなら残念だ」


「気に障ったんなら謝るぜ。だが、その目は普通じゃない。オレの経験上な」


「いい経験を積んできたようだな。だが足らん。儂と相対して言葉を交わすなど愚かだ」


「――ぐはっ!?」


 グレンの腹を激痛が襲う。たった一発のパンチに両膝をついてしまう。


「儂の名はマオル。わかりやすく言えば、並行世界のマオル・ナナシノだ」


 銀色の髪と瞳を持つ男。背高く逞しい体。胸に刻まれた傷は生きてきた歴史を物語る。強さの証だと言わんばかりだ。


「並行世界のマーオだと!?」


「もっと早く済ませるつもりだったが、やれやれ。何がマーオだ。こっちの儂は舐められてる」


「そう思いたきゃ思ってろ。並行世界のマーオの割に可愛げないぜ」


「儂にはいらない要素だ。そしてこの世界もいらない。彼女がいない世界などいらない」


 並行世界のマオルの銀色の瞳が静かに揺れる。遠く懐かしい記憶を思い浮かべているかのよう。

 両膝をついたままのグレンだが、その目はウルを見つめていた。無言の合図を送っている。


「つまらない男だぜ。そんなんじゃモテないぜ」


 並行世界のマオルと会話をしながらも、グレンの意識はウルに向いている。

 ウルは静かに動き出す。並行世界のマオルの背後に異空間の穴を出現させ、素早く中へと吸い込んだ。


「あっけない奴だったって。さてと、さっさと色を探すって」


「やはり、おまっさんを敵に回したくはないの。簡単に出られるわけではないのだろ?」


「俺の瞳術を破った奴はいるけど、そう簡単には出られないって」


「自信満々なこった。あまり余裕ぶってると痛い目に遭うぜ」


「お前みたいに殴られはしないから安心しろって。――っ!?」


 余裕の表情を浮かべていたウルだったが、それが嘘だったかのように左目を押さえて苦しみだした。


「ウル坊!」


「並行世界の儂だと言っていたな。これはすぐに穴から出した方がいい」


「そんなことをしたら襲われるって」


「今度は儂が相手をする。このままだと、おまっさんは左目を失うぞ」


「わ、わかったって」


 ウルは渋々、穴から並行世界のマオルを出した。


「せっかくの勝機を逃したな。目を失う恐怖には逆らえなかったか」


「当たり前のことを言うでないぞ、儂よ。誰だって目を失いたくはない」


「儂に言わせれば、目を失うくらい耐えてみせろ。自分の命以上のものを失うことに比べれば遥かにマシだ」


「それは、もしかしなくてもミルフィライトのことを言っておるのか」


「すぐに名が出てくるところから察するに、やはり彼女を殺したのは、こっちの儂か」


「殺さなければ殺されていたのでな、儂もミルフィライトも。勝利と引き換えにミルフィライトは眠ったままだ。眠りから覚ますためには、灰色に関する何かをどうこうしなければならない」


「灰色だと? そうか、そういうことか。どうやら、儂らは戦う定めのようだ」


 そう言いながら胸の傷を触る、並行世界のマオル。次第に体を小刻みに震わせながら、眼力を強めマオルを睨む。


「儂は戦いたくなどない。できれば話し合いで終わらせたいものだ」


「それは無理な相談だ。儂に胸の傷を付けた奴を殺し、邪魔者はいないと思っていたのだがな」


「おまっさんに何があったかなど興味はない。この街の灰色現象の元凶がおまっさんなのなら、今すぐ元に戻せ」


「断る。数多の並行世界を巡り、ようやく見つけたと思ったのにな。自由を手にしても決して幸せにはなれないと思い知った以上、邪魔者ごと消すまでだ」


「やれやれ身勝手な奴じゃの。ミルフィキャットといい、おまっさんといい、全ての不幸を周りのせいにしおる。おまけに揃って捻くれ者ときた。つくづく残念じゃよ、もう一人の儂よ。おまっさんにマオルの名は似合わん。オーマで十分だ」


 並行世界のマオル――オーマに睨み返すマオル。一触即発の雰囲気が立ち込めていた。

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