若さ溢れる拳
バスは止まらない。歩行者がいようとも、自転車や車がいようともスピードを緩めようとはしない。
幸い負傷者は出ていないものの、乱暴な運転による損害は少なからず出ていた。
「いちいち道端を気にするな! 邪魔なもんはどんどん轢いてけ!」
「へい」
車内は地獄そのものである。少しでもおかしな動きをしようものなら撃たれるからだ。筋肉隆々の男の両手には銃が握られていた。
「少しでも妙な動きをしてみろ。その瞬間、躊躇なく撃ち抜いてやるからな!」
筋肉隆々の男の脅しに車内の空気はさらに重くなり、一分一秒が途方もなく長く感じてしまう。だがそれは気持ちの問題ではなかった。
バスが止まる。
園児と教員の動きが止まる。
ロイズそのものの時が止まる。
「犯人は二人。一人はマッチョ、一人はガリ。武器はリボルバー二丁。負傷者は運転手が一人。他に負傷者はいないって」
ウルは冷静に現状を把握していく。筋肉隆々の男から銃を奪い、運転手を異空間に繋がる穴に放り込む。
「おまっさんの穴は便利だな。変幻自在に場所と場所を繋ぐだけでなく、異空間へと物体を移動できるのだからな」
「使いこなすまでが大変だったけどな。さて、これからどうしてやろうかって。運転手にはもう少しだけ耐えてもらうとして、この場をどうするか」
「ずっと儂の魔術を発動させておくわけにもいかんからな。こやつらの動機も知りたいのだろ」
「バスを物理的に止めることはできるから心配してないけど、あまりやりたくないって。子どもたちを驚かせちゃう」
「確かにな。バスのタイヤに向けて銃を撃つのは大変だろう」
「なんのことって? そんなことしなくても止められる。とりあえず魔術を解いてって」
「お、おう」
マオルは、ウルの言葉に首を傾げつつ魔術を解く。再び全てが動き始めた。
筋肉隆々の男の視界にウルが入る。それは同時に恨みを深くさせる。
「なんでお前がここにいやがる!? いったいどうやって乗ってきやがった!」
「そんなことどうでもいいって。お前の武力は削いだ。観念しろって」
ウルの登場に驚いているのは犯人だけではない。バスの園児たちも同じく驚いていた。しかし状況が状況のため沈黙したままである。
「武力は削いだだと? どうやって銃を奪ったのか知らないが、一番の武力を俺の相棒は握ってるんだ」
筋肉隆々の男は得意げにハンドルを指差す。
「このままどうするつもりだって」
「ロイズ司令部に突っ込んでやろうと思ってよ。俺たちに報酬が低い任務しかさせない罰だ」
「お前たちも軍認なのか。それは大変だろうって」
「同情なんざいらねえんだよ! お前みたいなガキが高報酬の任務をどうして紹介されるんだ! 納得できるわけがないだろうが!」
筋肉隆々の男は感情に任せて車体を殴る。拳から血が流れようとも構うことなく。
ガリガリの男が運転するバスの目と鼻の先にロイズ司令部が見えてきた。
「幼稚園バスを選んだ理由はなんだって」
「若いのが得するってんなら、早いうちに潰しておこうと思ったまでだ。俺たちは事故る直前で脱出する」
筋肉隆々の男が手を水に変えてみせた。
「そういうことか。なんて腐った思考の奴らだって。馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」
「そうやって馬鹿にしてればいい。全員あの世行きのバスなんだからなああああ!!」
バスの速度が上がる。急ブレーキをかけたところで間に合わない。
――ガッシャアァアアン!!
ぶつかった衝撃でバスが激しく揺れる。だが、園児たちも教員たちも、犯人たちも無事である。
「まったく。あまり乱暴な止め方はしたくなかったんだって」
外には、向かってきたバスに拳を振るったウルの姿があった。
「ば、バスを殴って止めたってんのかよ!?」
「へい」
「タイヤを撃った方が楽だろうに。若いとは素晴らしいの」
ロイズ司令部にも衝突の音は聞こえていたようで、中から軍人たちが次々出てきた。その中にはセラテシムン元帥の姿もある。
「これはこれは賑やかなにょん。バスを殴って止めるなんて、さすがはウル君」
「ごめんって、にょんちゃん。もう少し静かに済ませられたらよかったんだけどさ」
「気にすることないにょん。ケガしてる人はいるにょん?」
「運転手が撃たれてる。急所は外れてるから大丈夫だって」
異空間から運転手を引き出して元帥に見せると、ウルは運転手と共に消えてしまった。
「どこ行ったんじゃ?」
「運転手のケガを治してもらいにいったにょん。ウル君は顔が広いからね。それよりもこっちにょん」
元帥は単身バスに乗り込む。
ガリガリの男は大人しく拘束されるが、筋肉隆々の男は黙ってはいなかった。
「いくら元帥でも俺を捕まえることはできない!」
体を液状化させて逃げ出そうとする男だったが、その企みはすぐに潰えた。水がどんどん蒸発していく。
「にょんちゃんは、ありとあらゆる時を操ることができるにょん。水は時間が経つと蒸発していくにょん。早く戻らないと死んじゃうにょん」
「な、なんてこった!? こんなはずじゃなかったのによ!」
「元に戻ったということは死にたくないってことだよね。でもね、みんなも死にたくないにょん。わかってるにょん?」
「綺麗事を言いやがって!」
筋肉隆々の男が、隠し持っていたナイフで元帥の顔を狙った。仮面がナイフを防ぎ吹き飛ぶ。
元帥の美しい素顔が厳しい形相を作っていた。
「――私をテレサ元帥と知っての行動か! こうなると罪が重くなるぞ!」
「はひっ!?」
仮面の有無で雰囲気が大きく変わる元帥に、筋肉隆々の男は恐怖した。一国の長は只者ではないと思い知らせるには十分の覇気に。
「それはそうと、君が噂の千年生子だね。悪いけど身柄を拘束させてもらう。バスジャックの解決に協力してくれた分は考慮する――にょん」
セラテシムン元帥――テレサは、静かに仮面をした。




