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長命の明暗

 塔に響く、殴る蹴るの攻防の音。

 二人共、当たり前のように宙を飛びながら、少しの気の緩みも許されない戦いを繰り広げていた。


「はあ!」


 マオルが右拳を突き出せば――。


「甘い! もっと私を納得させたかったら! もっと殺気を乗せてきなさい!」


 ミルフィキャットがその右拳を受け止めひねってみせる。そうして苦悶の表情を浮かべるマオルの反応を楽しみつつも、時計回りの蹴りを繰り出すが――。


「どうしたよ、殴りに比べて蹴りにキレがないぞ。そんなに儂に足を触ってほしかったのか?」


 右側に迫った色白の足を容易く受け止めたマオルが、ミルフィキャットの足をしっかり掴んだまま振り回す。


「やぁああ……いやああああ!!」


 ブレイドーラーを発動すると布面積が極端に減る。猫を模した格好と言えば聞こえはいいが、下着と言ってしまえばそれまでだ。

 ミルフィキャットは焦っていた。足を掴まれ振り回されていることではなく、触られていることに。


「だらしない声出してるんじゃないぞ。もしかして三半規管が弱いのか?」


 ミルフィキャットが恥ずかしくて叫んでいるとは微塵も思ってないマオルは、振り回した勢いを殺さず足から手を離した。


 ミルフィキャットは壁に叩きつけられた挙句、体に伝わる痛みと、壁の壊れ具合を背中に感じながら血反吐を流す。さらに、せっかく生えた猫耳としっぽが萎れてしまう。


「馬鹿……ね。不老不死の体には……無意味なわけ――」


「知ってるさ。だから教えてやる、死なない恐怖を」


 マオルの瞳から優しさが消える。彼は小脇に成人女性の体を抱えていた。

 腰まで伸びた銀色の髪と異性を魅了する肉体美を誇るミルフィキャットの元の体を。


「なっ、何をする気!?」


「わかりやすいところに置いとくとは浅はか。どうしてさっさと処分しなかったのか。いや、できなかったの方か」


 ミルフィキャットの元の体は生きていた。体温があり、心臓は元気よく動いている。

 マオルは目敏い。ミルフィキャットの元の体が誇る巨乳に挟まれている短剣を見つけると、さっと手に持ち空で遊ぶ。


 すると、ミルフィキャットの呼吸が荒くなる。

 バクバクと心臓の鼓動を高め、カッと目を見開き、体中に汗をかく。


「やっ、やめて!」


「断る。おまっさんの言葉に耳を傾ける気はない。その様子だと当たりのようだな」


 じわじわと短剣をミルフィキャットの元の体の、今も元気に動く心臓へ近付けるマオル。


「やめてやめてやめて!!」


「しつこいぞ。しつこいのは嫌われるんだ。それでなくてもおまっさんに対する好感度は低いのに。まだ完全にミルフィライトの体を奪ったわけではないとわかった以上、これ以上のおいしい脅し材料はない」


「なんでもするわ! あなたの望むことならなんでもする! だからお願い、お願いよ!」


「ほーん。なんでもと言ったな、言ったな?」


「言ったわ! 神に誓っても構わない!」


「何に誓おうとおまっさんの勝手だ。だが自分の発言には責任を持つことだ。では、今すぐその体から離れろ!」


 マオルは目をカッと開く。


「……わかった……わよ」


 ミルフィキャットが自分の体へ戻る。

 力の抜けたミルフィライトの体が床に落下するが動かない。


「やればできるじゃないか。素直な方が世渡り上手でいられるぞ」


 褒め言葉とは裏腹にマオルの瞳に優しさは戻らない。小脇に抱えられたままのミルフィキャットと目を合わせても眉ひとつ動かさない。


「いい勉強になったわ――うぐっ!?」


「冥土の土産に教えてやろう。素直さは命取りになるんだ。疑う心を忘れてはダメだ」


 マオルは、顔色を変えず短剣をミルフィキャットに刺していた。彼女から鮮血が流れていくのを見つつ、容赦なく傷口を抉っていく。


「なんで……こんな!?」


「どの口が言うんだか。どさくさ紛れにミルフィライトに催眠系の魔術を使ったな」


「目敏……い」


「おまっさんを殺さないと目覚めないと判断した。違うか?」


「半分正解だけど……足りないの。私を殺すだけじゃ目覚め……な……い」


 ミルフィキャットから生気が消えようとしていた。

 成人状態のもっとも盛った頃で老化は止まっているが不老不死ではない。マオルから負った傷が決定打とはいえ、そもそも限界がきていたのだ。


「いったい何が足りないんだ」


「前に一度教わっただけだから……うろ覚えよ。あの……灰色の……」


「――おい! おい!!」


 言葉半ばでミルフィキャットは息絶えてしまう。

 マオルは亡骸を床に置いて手を合わせる。これまで何人見送ってきたのだろうか。死に直面しても悲しみはない。

 眠りから覚めないミルフィライトをお姫様抱っこし、両手に体温を感じて安堵するが気持ちは休まらない。


「これはどうしたもんか。封印されてたときよりも悪化してどうするんだ。これでは顔向けできんなぁ。おまっさんにも、おまっさんの友達にも」


 マオルは塔の天井を見上げ、誰にも聞かれないのを利用して、ちょっと弱音を吐いてみた。

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