決定的な違い
階段地獄を乗り越えて塔の最上階へ到着したマオルだったが、膝を抱えて息を切らす時間すら与えられないことを察してガッカリしていた。
「ようやくの到着ご苦労様。久しぶりの再会なのに感動は思いのほか薄いわね」
「本当におまっさんの仕業だったとは。こうして向かい合うまで半信半疑だった」
「よく言うわ。元はと言えばあのとき、あなたが私の想いを振り払ったのが悪いのよ。私の何がいけなかったのかわからない。髪質も声も体も同じなら、年相応な性格をした私がいいに決まってるじゃない。髪型だって私の方が女らしいのよ」
三つ編みを揺らしてアピールするミルフィライトだが、それはマオルが望むミルフィライトではなかった。
「彼女を返してもらおう。その体はおまっさんのじゃない」
「私は私よ」
「違う。おまっさんは彼女とは違う。儂にはわかる」
マオルはすぐに見破っていた。
目の前にいるのがミルフィライトの体を乗っ取った、並行世界のミルフィライトであることを。
「何それつまらない。少しは私を見てよ。彼女にあって私にないものって何? 永遠の若さを手に入れた体だけじゃ不満? せっかくあなたにも永遠をプレゼントしてあげたのに」
「どうも伝わってないようだな。そもそも、儂がおまっさんに惹かれる可能性はゼロだ。こっちのミルフィライトと同じ条件になろうともな」
「意味がわからないわ。じゃあどうしたって永遠に私とあなたは結ばれないじゃない!」
並行世界のミルフィライトは混乱する。理解し難い現実を突きつけられ膝から崩れ落ちる。
自分にないものを手に入れるべく、不老不死の可能性を秘めた封印術をミルフィライトにかけ、遂に待ちに待った日を迎えた――にも拘らず。
「そうだ。ゼロと言ったがマイナスと言ってもいいかもしれん。ミルフィライトに封印という長い地獄を味わした挙句、望みもしない不老不死にしたのだからな」
「それは私を完璧にするため! あなたに振り向いてもらうため!」
並行世界のミルフィライトは、必死に自分を肯定して食い下がる。そうすることでしか精神を支えることができない。
「ふざけるな! おまっさんのわがままに振り回された相手のことを考えたことがないようだな。儂がいつ不老不死にしてくれと頼んだ? どこまでお花畑な頭なんだ」
「お花畑!?」
「おまっさんは、どうしたっておまっさんのままだ。おまっさんの代わりはいないし、彼女の代わりもいない。おまっさんは彼女の代わりにはなれないし、彼女になることもできない」
「どうして! 私とこっちの私、いったい何が違うっていうのよ!」
並行世界のミルフィライトは叫ぶ。
夢にまで見た体を手に入れて最初の叫びが苦しいこと、初めて流すのが悔し涙になろうとは思ってもみなかった。
重い愛は次第に憎しみへと変わっていく。自分のものにならないのなら、力ずくにでも手に入れたいという独占欲が憎しみを増幅させていく。
「そんなの決まってるだろう。儂が惹かれるか否か、それだけだ。それでも納得がいかないのならば、おまっさんが納得できるまで付き合おう」
マオルがカウボーイハットを放り投げる。
決して実らない恋ほど苦くて寂しい。何年経とうとも変わらない恋心は本物であろう。だが、それを無理やり実らせようとする時点で、本物は偽物と変わらない。
「私の想いを踏みにじった罪は重いのよおお!!」
並行世界の彼女もミルフィライトである。それを否定することは誰にもできないし、してはいけない。
マオルにとってのミルフィライトは、こっちの世界のミルフィライトだけである。マオルにその考えを改める気はさらさらない。
――私はあなたのことが好き。だからお願い、私と一緒にきて。
恋愛に興味がなくても、なぜか特定の女の子のことを見たり考えたりすることが照れ臭くなったりした十歳の頃の記憶が脳裏に浮かぶ。
――ごめん。おまっさんと知り合って日が浅いから、好きとか言われてもわからない。それにたぶん、これからも謝ることしかできないよ。俺の特別な気持ちをあげる相手は決まってるからな。
見たり考えたりしても照れ臭くならない、ということは特別ではない。十歳の男の子はそう判断して返事をしただけ。
「重い片想いというのは、しょうもなく面倒なもんだ。拗らせると面倒度が増す。長年生きてきて痛いほどわかってたつもりだったが、つもりじゃダメなようだ」
「獣装――ブレイドーラー。こうなった私を止められる者はいないわよ!」
「猫の耳としっぽを生やしたわけか。見た目だけなら文句のつけようがない。残念なのは中身が違うということだな。やはり儂にとってミルフィライトは一人だ。今からおまっさんのことをミルフィキャットと呼ぼう」
「勝手にすればいい。あなたを振り向かせるためならば、呼び名なんて些細なことなんだから!」
「そうかいミルフィキャット。でも案外、違う呼ばれ方も捨てたもんじゃない。マオルン、とかな」
マオルとミルフィキャット。
好きの矢印がお互いに向いてないだけで戦うことになろうとは酷なもの。戦わずに済む方法がわかっているのが余計に酷である。




