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夜月に狂う

 封印された日が夢に出る。

 いつまでも続くと思われた平穏が崩れた瞬間。

 警戒心など全くなかった。ただただ月を見上げて目を輝かせていただけ。


「あら、あなたも月を?」


 声をかけられミルフィライトは反応した。聞き覚えのある声に警戒心などまるでなかった。

 まさかその声の主に封印されるなんて思いもしなかっただろう。天国から地獄とはこのことであった。


「ぬぅわああああ!! ま……またか!?」


 夢にうなされて目を覚ます。

 マオルに封印を解いてもらってから、毎晩この調子で額に汗をかいて不快になり体を起こすまでがお決まり。

 たまらず夜風に当たり落ち着こうと窓を開ける。

 月に照らされた街は美しい。

 ホテルからとはいえ上から眺める景色は、地上から見上げたときと違って見えるのだから不思議なものである。


「私を封印したのは彼女に違いない。あの声を聞き間違えるわけがない」


 自分に何か非があったのなら謝ろう。

 どうして今も生きてるのかだなんてどうでもいい。言葉で伝えられるのならば伝えたい。

 ミルフィライトは気持ちを整理していく。すると、ある疑問が湧いた。


「マオルは誰から私の封印場所を聞いたの? そもそも、マオルは私が封印されたことなんて知らないはず」


 疑問は次第に疑惑へと変わっていく。

 初恋の相手で、長い封印から救ってくれた恩人を疑う方向に向かってしまう。


「私が十歳のままなのは封印されてたから。それじゃあマオルはなぜ若いまま? 私が聞かないことをいいことに何も話してくれてない」


 体が震える。寒いわけではない。

 考えれば考えるほど震えが大きくなる。指先が冷えていくのがわかる。


「私がおかしいの? それともマオルがおかしいの? 何かいけない気がしてきた」


 窓を閉めベッドに戻る。

 震える体が温もりを求めている。底知れぬ恐怖で正気を保っていられない。


「マオル、このまま信じていいさねえ?」


* * *


「なんか頭が重い。枕が合わなかったのか」


 マオルが起きたのは昼過ぎであった。朝にとても弱く一向に克服する気もない。

 ミルフィライトとは別部屋に泊まっていたため、彼女がチェックアウトしているのを知り外を歩いていた。


「儂が起きなくて呆れてしまったに違いない。昨日のスロットで儂の財布事情が変わってしまったというのに。まさか逃げたのか!?」


 嫌な予感をカウボーイハットを被り直して振り払い、あり得ないと呟く。


「しかし困ったぞい。街から離れているとは考えづらいが、となるとどこへ行ってしまったのか」


 マオルが考えていると、後ろから男性に声をかけられた。「どうかしたのか?」と聞かれたため、少しだけ警戒しつつ会話を続けることにした。


「ちょいと人を探してるんだ。儂と変わらない背丈で銀髪の女の子を見なかったかな」


「んー、もしかしてあの子かん? 顔を青白くして歩いてたのを見たぜ」


「青白くだと? 日差し知らずな肌だとは思うが、そこまでひどくはない」


「オレが見た印象は病人だ。普通じゃなかった。どこか上の空に見えた」


「腹でも壊したのか。人騒がせな」


「そんな風には見えなかったぜ。鎮痛剤でどうにかなるとは思えない」


「印象なんて人それぞれ。儂とおまっさんとの違いだろう」


「そういうことならいいんだけど、どちらにせよ早く合流しないとダメだぜ。女の子が一人で歩くなんて危険だ」


「危険だと?」


「ジャンジャラの首都の治安の悪さは底なしだ。気を抜いてると盗られるから用心しろ。オレ、用がなかったらこなかった」


「おまっさんも誰かを探してるのか」


「探してるっちゃ探してる。剣の腕が立つ兄弟子を」


「その兄弟子に勝負を挑んで逃げられてしまったか」


「師匠に認めてもらうやさっと行っちまって。お互い師匠に認めてもらったら一回やろうって約束したのを忘れてるんだ」


「会えるといいな、兄弟子に」


「そっちこそ。まだそう遠くには行ってないと思うぜ」


「親切にどうも。では儂はこれで」


 マオルは不思議そうに見つめていた。

 薄紅色の髪を同色のカチューシャで留め、兄弟子を探していると言いつつも屈託のない笑顔をしている男性のことを。


 頭を切り替えて街を見上げる。

 昨日と変わらない派手なビルが建ち並ぶ中、異彩を放つ建物が目に飛び込んできた。


「灰色の塔と言ったところか。この街には似合わぬのが引っ掛かる」


 何ものも近寄らせないとばかりに、その塔だけもやがかかっていた。

 マオルの長年の勘が働き軽く舌打ち。行けば全てが解決しそうな予感と終わる予感が同時に押し寄せてくる。


「儂を舐めてると痛い目に遭うことを思い知らせてやろうぞ。待ってろ、ミルフィライト。決して飲まれてはならん」


 カウボーイハットを深く被り塔を睨む。

 銀色の瞳の輝きを強く放つマオルを動かすのは、なんだかんだ初恋である。

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