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千歳で十歳の男女

 世界が泣けば雨が降る。

 世界が笑えば空が晴れる。

 世界が落ち込めば空が曇る。

 世界が怒れば雷が落ちる。

 世界の概念は人によって異なる。国であり、人であり、夢であり、心であり。世界の終わりの決め手もまた然り。


 では彼はどうだろう。彼にとっての世界とは、世界の終わりとは。

 ボロボロだった服装を最近改めたがしっくりこず、ずっと着続けてきたボロボロの布を羽織る。目元以外を外から確認することはできない格好は怪しさを生み出す。


「あの騒動からもう二年か。死人が生き返り、国が再生された。そんなこと誰も覚えてないが」


 新聞と睨み合うがただのポーズ。活字を読むことが大の苦手な彼にとっては長い一分。

 布で目元以外わからない者を怪しむなという方が無理な話だ。もう何度も繰り返してきたやり取り。


(さっさとズラかってくれないかね。この国にきた用事が済んだら儂もズラかってやるさ)


 長い一分の終わり。怪しむ目が去っていく。

 肩が凝ったのをほぐすために回す。肩を、首を、そして目を。


「お会計を」


「ちょっと待ってくれ店員さんよ。ぼったくりじゃないかい? ケタが多いと見受ける」


「何を言っているのですか。これは正しい金額ですよ。しっかりと払ってください」


「これはとんだ災難到来。手持ちは大変潤っているので問題ないが、提示された金額に問題があるので了承しかねる」


「払わないのなら通報します」


「それは困るのではないか? お互いに。儂が頼んだのは串焼き一本と果実水。どう考えてもおかしい金額を請求しているということが発覚すればどうなるか」


「脅しをしようとも無駄です、お客様。この店での正当な金額なのです」


「やれやれ、厄介な正当だ。うまそうな匂いに誘われ入ったが最後の地獄だったとは。長生き者には敬意を表してほしいものだ」


「何を呟いているのです。どうやって逃げようか考えているのなら――」


 店員の言葉が遮られる。額を軽く突かれて一瞬目が虚ろになるがすぐに正気に戻った。


「会計を頼めるか」


「は、はい」


 支払いを終え店を出た彼の肩凝りはすっかり治っていた。胃が満たされたことで活力が湧く。どんなに長生きだろうとも食事は欠かせない。


「水の大陸には何度も足を運んでいるが、ここまで厳しい国は初めてだ。イグラズと言ったか」


 ――イグラズで封印された友を救ってほしい。


「年寄りをコキ使うとは。儂はもう千歳だということを忘れてはいないか」


 何もない空間からベルトを取り出すと腰に巻く。それから身なりを整える。ワイシャツに黒のサスペンダーと茶色のズボン、茶色の革靴、カウボーイハットを被って完了。


「我ながらなかなかのセンス。これなら紳士に見えることだろう。きちっとした格好は好まないが、さっきみたいなやり取りを繰り返すのは避けたい」


 カツカツと革靴を鳴らしながら歩く。人々の視線が集まっていることに恍惚を覚えながら。

 しかしながら様子が変だ。彼を見る目は優しいが、どこか違うのだ。大人を見る目ではなく、子どもを見る目なのである。


「やはり、か。いくら長生きしようとも見つからないものがあるのを痛感してしまう。誰の陰謀か知らぬが困ったものだ」


 ――千年生子せんねんしょうし。誰が言い出したのはわからない。いつの間にか彼はそう呼ばれていた。

 世界の終わりの決め手を彼は知らない。終わりを探して世界を歩み千年。十歳で老いが止まったのは呪いか、祝福なのか。


「なんでもいい。長生きは構わぬが大人になりたい。精神ばかり大人になろうと威厳がなければ生きるのに難儀」


 彼――マオル・ナナシノ。肉体年齢は十歳、精神年齢は千歳の願いはただ一つ。早く大人になりたい、である。そのためならばなんでもやると決めていた。


 マオルは腰に手を当てる。彼の魔術は、並行世界に干渉できる能力。この魔術の目覚めは失恋だった。初めて行った並行世界でも失恋し、運悪く落とし穴に落ちてしまった苦い経験をしたため、並行世界に行ったのはその一度きり。腰に巻いた金色のベルトは一番のお気に入りであり、気持ちを切り替えるスイッチでもある。


「上物が邪魔だ。仕方ない」


 マオルは魔術をイグラズ全体にかける。すると一瞬でイグラズが消失してしまう。まっさらな大地が露出し地震が起きた。

 揺れる、揺れる、揺れる。静かにではなく大胆に。それから巨大な魔方陣が描かれ発動。魔方陣から現れたのは、マオルの初恋で失恋相手の少女。


「なんの因果か因縁か。あの頃のままの姿で現れるとは嫌がらせのつもりか。何年経とうと失恋の傷は深く癒えないものよ」


「恋は儚く冷たく傷を作るもの。すれば甘さと辛さを味わえる魔性の蜜。恋という味を覚えれば最後、死ぬまで求めてしまうもの」


「大人びすぎて引いてしまう。儂には不釣り合いだったに違いない。だが忘れられない」


「それは私を? それとも恋を?」


「どちらもに決まっておる。儂は強欲で有名でな」


「諦めが悪いだけだろうに。諦めを覚えることも成長だろうに」


「体の成長は受け入れよう。しかし、これ以上の精神的成長は受け入れられない。儂は十分大人である」


 マオルはカウボーイハットを取る。銀色の髪と瞳を持つ、見た目は美少年の失恋の傷は癒えるのか。

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