シロ対魔王
リミリアの瞳は美しい。しかし、それを知った者の命はない。
目で見えなくても心では見える。普段は目を開ける必要はない。いや、開けるべきではないのだ。
『不老不死か。そうか納得だ。全く変わらない容姿に驚いてしまった』
「あのときは精霊たちに頼っていた。魔王に通用するのかわからなかったから。でも今は迷ってられない。ワタシが立ち向かわないとダメなんだ」
「危ないよ、リミリア。君が不老不死なのはわかってるけど」
「シロ、心配してくれてありがとう。あとはワタシに任せて」
「任せてって、魔王に一人で戦うつもり!?」
「こういうときは年上を立てないと、だよ」
リミリアはシロに背を向けたまま会話をした後、視界に魔王を捉えて歩き出す。
魔王の体が動かなくなる。見た目は十歳の少女だが、中身はもう何十年も生きている立派な女性に睨まれて。
『こんな姿を晒すことになろうとはな。魔王としての威厳が下がるというものだ。さて、どうしたものか』
「さすが魔王、簡単には死なないね。けど、ワタシの魔術から助かった者は皆無」
『皆無、それは前例がないというだけだ。ならば我が成し遂げようではないか。ふん!』
魔王の灰色の魔力が溢れ出す。
魔王から離れているシロですら震えてしまうほどの恐ろしさがファルスに広がっていく。
「どうしたらいい。俺はリミリアに守られるだけでいいのか。俺が原因だってのに」
今のファルスにシロの白い髪は浮いていた。魔王が放つ灰色の魔力の方が馴染んでいるくらいだ。この場に自分はふさわしいのかと考え、迷いを振り切る。
『我は魔王だ。精霊だろうと不老不死だろうと関係ない。我の邪魔をするのならば排除するまでだ』
魔王の予想外の抗い。それはリミリアを苦しめるには十分であった。魔術が通用しない相手など初めてであり、通用しない以上、対抗策はない。
『ワタシの魔術が通用しないなんて!?』
死の恐怖で体が震えてしまう。大丈夫だと頭で理解していても、人間の本能がそうさせていた。鳥肌が立ち、冷や汗をかく。恐怖に対する反応としておかしくはない。不老不死の人間が死を恐れていることを除けば。
「選手交代だ、リミリア。やっぱ俺が魔王を倒す」
「サラマンダーもいないのにどうやって倒す気なの!」
「まだサラは踏ん張ってるよ。俺が覚悟すればなんとかなる」
「それってまさか……ダメ! そんなこと許さない!」
「他の国まで滅茶苦茶にされたら嫌なんだ。俺が終わらせないといけないんだ。頼むリミリア」
「ワタシの方が年上だよ! 年上の言うことが――」
「俺はファルスの王子だぞ。王子に意見するつもりか」
「……ズルい」
「ズルくてけっこうだよ。魔王と共に滅びるのにふさわしいしな」
リミリアは目を閉じる。シロの意見を受け入れたということだ。
シロはリミリアの頭を軽く触る。感謝の気持ちを込めた柔らかな手は、名残惜しそうに頭から離れていく。
『我に勝つつもりでいるのか?』
「そうだよ。俺はファルスの王子だからな」
『くだらん』
「それはお互い様だろうよ、魔王」
シロが魔王に向かって走り出す。何も持たない状態で、ただただ突き進んでいくだけ。それは勇敢ではなく無謀に映る。
だから魔王は、たかが人間の悪足掻きと嘲笑う。放つ魔力に気合いはない。
「効かないぞ! そんなもんなのかよ!」
灰色の魔力はシロに触れると消滅していく。シロには全く効いてない。しかし魔王の攻撃が弱いわけではない。シロから逸れた魔力が落下したところは大きく抉れてしまう。
魔王は、今度こそ終わりだとばかりに気合いを入れて魔力を放つ。だが魔王の魔力はシロ以外を破壊していく。
『なん……だと……!?』
魔王はようやく気付いた。自分の攻撃が効かないことに。シロの体から放たれている白い輝きに。
シロは拳を握りしめ速度を上げる。魔王の攻撃が自分に効かない理由に気付くことはなく、ただ魔王を殴りたいという気持ちを強く持って。
「俺はファルスの王子だああああ!!」
『ぐふぅ!?』
シロの拳が頰を抉る感覚、四大精霊にやられたとき以来の痛みに襲われる。痛みを与えられたことに屈辱を覚え、攻撃を受けたことに自己嫌悪。魔王としてのプライドをズタボロにされたのだ。
「どうだ、馬鹿魔王」
『馬鹿に……馬鹿に……馬鹿なのは……愚かなのは』
「地雷踏んじゃったか」
シロはようやく気付いた。魔王が全く本気ではなかったことに。殺気が込められた灰色のオーラが出ていなかったことに。
魔王は拳を握りしめ姿を消すと、一瞬でリミリアに接近。リミリアは到底反応できず、普通ならば即死の拳を受けることしかできなかった。
急いで駆け寄るシロだったが、視界に入ってきたのは無惨なリミリアの姿であった。
不老不死――どんなことがあろうとも死ぬことはなく、死ねない。そんな彼女には酷な状態。
「リミリア!?」
『無駄だ。不老不死でも碌に口も利けないはずだ。ついでに両目も潰してやった。どうする王様』
「こ……こんなことが……こんなことが許されてたまるか! これ以上……好きにはさせない!」
シロが魔王に掴みかかる。怒りを爆発させながらも理性は失わない。かすかに感じる気配を信じて。
『離せ』
「絶対に離すもんか。俺は一人じゃない――やれ、サラ!」
『その覚悟、認めてやらあ!』
サラの業火がシロと魔王を貫いた。
してやったりとシロは笑みを浮かべながら、してやられたと魔王は苦悶の表情を浮かべながら倒れるのだった。




