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伝説のひと振り

 カムアが殺気をシロに向ける。

 黒剣を構え狙いを定め、紫の瞳をギラギラさせながら口元を緩める。戦いたくて仕方ないといったところだ。

 シロは及び腰。丸腰で対抗策はない。魂の状態でなければ、生身であればひとたまりもないことは容易く想像できる。


「き、君の不戦勝でいいよ。俺、負けるの嫌じゃないしさ」


『アタシに勝ちを譲るって? 冗談は顔だけにしてくれない。不戦勝なんてお断り。勝ちってのは自分で掴むもの。誰にも誇れない勝ちに価値はない』


「ずいぶんと真っ当な価値観だ。だがよ、たまにはダラけてもバチは当たらないと思うぞ」


『アタシの気が済まない。だから付き合ってもらう。言っとくけど、ここでは魂も斬れるから』


「えっ!?」


『せーの、始め!』


 カムアが人間離れした動きで近付いて黒剣をシロの鼻先に突きつける。シロをからかい遊んでいる。

 魂も斬れると聞いたシロはすかさず後退。鼻先に触れると鮮血が。


「おいおい、シャレになってないだろう。命のやり取りなんざ嫌だぞ」


『だったら攻撃しな。アタシは堕天使。何するかわからない』


 カムアの黒剣から禍々しいオーラが溢れ出る。触れただけで全てを無にしてしまいそうな見た目をしている。


「冗談じゃないようだな。おっかない堕天使なこった」


『そう、アタシはおっかない。どんなことをするかわからない。せいっ!』


 オーラを斬撃として放つ。放った先は花の絨毯。オーラに斬られた花は一瞬で消滅した。


『今のは挨拶。次はお前がこうなる番――』


「うおおおお!」


『ごぶっばぁっ!?』


 カムアの頰に強烈に襲い掛かる拳と痛み。衝撃で体は宙を舞う。その間だけ時間がゆっくり流れ、地面に落下した衝撃で現実に引き戻された。


「はぁ……はぁ……!」


『な、殴られたっての!?』


「女の子を殴るのは抵抗があった。でも相手は堕天使なんだからと割り切った。悪く思わないでくれよ」


『痛い』


 カムアは少しでも痛みを和らげようと頬をさする。何度も何度もさする。奥歯を噛み締めてさする。頬をさする手は次第に震え、自然と泣き声を漏らす。

 シロの顔が次第に強張る。女の子を殴り泣かした罪悪感に襲われる。倒れているカムアにゆっくりと近付き、恐る恐る声をかけた。


「い、痛みの具合は……ど、どうですか?」


『ひっく……ひっく。痛いっての』


「ごめん。謝って痛みがなくなるなら苦労しないけど謝る。どんな理由であれ殴った俺が悪い。どんな感じか見せてくれ」


 シロがカムアの頰を見る。変色も腫れもなく安堵すると、カムアの体を優しく起こす。


『チャラになるとでも思っているわけ』


「そんなんじゃないよ。ハンカチハンカチっと」


 シロは、カムアの目に溜まった涙を指で拭ってみせてからハンカチを差し出した。


『なななっ!?』


「驚いてないで拭きなよ。鼻水出てるよ」


『うっ、うっさい! こんなんで……ズー! ズー! こんなんで許すわけないでしょ』


「許してもらおうだなんて思ってないよ。女の子が痛みや苦しみで泣いてるのが嫌なんだ」


『どうしてそういうことを恥ずかしげもなく言えるの。どんだけ自分に自信あるのかしらね』


「自信がないから言えるんだよ。自信があったら殴ったりしない」


『ふん。そういうことにしといてあげる。ハンカチどうもね。洗って返すわ』


「俺は気にしないよ」


『アタシが気にする。貸してくれた相手に、鼻をかんだハンカチを返したいと思う?』


「そう言われればそうかもなぁ」


『気が利くようで利かないところも似てる。なんでムカついてたのかわかった』


「ん?」


『お前が知り合いに似てるって話。なんというか雰囲気がね』


『やっぱりカムアちゃんも思ったですか。わたしも初めて会ったときから思ったです』


「いったい俺が誰と似てるんだよ。気になるじゃないか」


『うっさい。どうせ会うことはないんだから聞き流して。勝負はアタシの負け。早く帰りなさいよ』


 黒剣をしまい、戦う意思がないことを表すカムアだが、顔全体が赤くなっていることに本人は気付いてない。

 やれやれと思いながら帰ろうとしたシロだったが、ユグドラシルが突然光り出したため動きを止めた。


『カムアちゃん、これって?』


『この光り方はもしかして!?』


 首を傾げるネルガと、驚くカムア。

 光りが消えて現れたのは、白い花を咲かせたユグドラシルだった。


「はえー! 金ピカの次は白ってか。この木は七変化するのかぁ」


『そんなに変わらないし、ていうか珍しい現象だわ。お前はユグドラシルに認められた。伝説も伝説、とんでもないこと』


「認められた? 俺、何かしたっけ」


『アタシに聞くな。そんなことより準備して。飛んでくる』


 ユグドラシルの枝先から何かが飛んでくる。それはシロの目の前に突き刺さった。


「これは?」


 白い花に負けない、いや、それ以上の白さを放つひと振りの剣が凛々しく輝く。

 シロは無意識に近付き握る。その瞬間、剣の感情が全身を駆け抜け、たまらずシロは冷や汗を流した。

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