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ドジな神様の天使な顔が迫った

 シロが元気よく走り、ルリが追いかける。街では見慣れた光景だ。

 しかし、人々の反応がおかしい。シロを見る目は、どこか心配しているよう。


「ここ最近の王子、大丈夫なのかしら?」


「どこか、心ここに在らずって感じに見える」


「王子として苦労が絶えないのかも」


 口々に聞こえてくるのはシロの様子がおかしいという言葉。いったいどういうことなのか。


「さっさと付いてこいよ。だらしない姉ちゃんだな!  へっへーん!」


「もう待ってぇ! 私の体力は無尽蔵じゃないのぉ」


「デカい胸を揺らして走ってりゃあそうだろう。まだまだ成長するってか」


「風邪が治って嬉しいのはわかるけどぉ。あんまり疲れることをすると、ぶり返しちゃうかもぉ」


「ぶり返すわけないだろう。精霊が風邪ひくなんてあり得ない」


「精霊? シロ、なんのことぉ?」


「あ、やっべ……。あはは! 人並み外れてるってことだ姉ちゃん。そんだけ元気元気!」


 シロは冷や汗をかく。困ったように髪を掻く。だが、その髪の色と瞳の色は、燃えるような赤である。

 今のシロはシロではない。シロの体にサラマンダーが憑依しているのだ。


「元気ならいいんだけどぉ。お姉ちゃん心配で心配でぇ。髪が赤くなったことなんてなかったでしょうぉ」


「そういうもんなんだ、気にするな。姉ちゃんのボディーガードくらいできるぜ」


「近衛騎士さんがいるから大丈夫。シロも守ってもらう側だよぉ」


「あまり性に合わないがしょうがない。姉ちゃんとのデートを邪魔しないでくれな」


 護衛の近衛騎士に聞こえるように叫ぶ。声色はシロだが口調はサラマンダーだ。

 どうしてルリといるのにシロが精霊を憑依させているのかというと、今、シロの魂は――。


* * *


 魂が行き着くところは天国だと言われている。

 生きてきた証である記憶や経験の全てが消されて、別の魂へと転生される。


 しかし、とある魂は天国に行かず、記憶を消されない代わりに転生されない。

 誰に言っても信じてもらえないところにシロの魂はあった。


「死んだわけじゃないんだよなぁ。肉体がないのに意識がはっきりしているだなんて不思議だよ」


 辺り一面を埋め尽くす白い花。青空はどこまでも続いているかのよう。そしてなにより一際目をひくのは、一本の大木だ。

 大木の側に寄るシロだが、触ろうと手を近付けると弾かれてしまった。


「見えない壁でもあるのかぁ?」


 つまらなそうに花の絨毯に寝そべる。

 どこを見ても誰もいない。何もすることがない。何もできない。寝るといっても肉体がないため眠くならない。


「本当にこんなことで解決するのかなぁ? 四大精霊が言うんだから間違いないだろうけど、魔王の要素を俺から引き離すだなんて、いったいどうすれば。せめて話し相手くらいほしいよなぁ」


 ただただ空を見つめることしかできない。日々の忙しさでわからなかった感覚を味わう。

 脳裏に浮かぶのは、楽しかった思い出ばかり。だからこそ死にたくないという思いが強くなる。


「さてと、これからどうしよう。精霊もわからない以上は自力で方法を見つけるしかないわけだよなぁ」


 上体を起こし腕を組む。考えたところで無駄なことはわかっているが、こうしないと気が済まないシロ。目を閉じているため、耳が敏感になっている。


「うん?」


 自分以外には誰もいないはずなのに声がする。一度目を開けて辺りを確認するが誰もいなく、シロは首を捻って目を閉じたが、すぐに声が聞こえ目を開けた。

 今度は、空を見上げたことで視界に捉えることができた。悲鳴を上げて落ちてきたのが只者ではないことは一目瞭然だった。


「だ、大丈夫?」


『えっへっへ~。またドジしちゃったです』


 落下したことを気にすることなく、体に付いた花びらをさっと落とした少女は、背中に生えた白い翼をパタパタと動かし確認する。


「君は誰? 俺はシロだよ」


『あなたがシロくんですね! 精霊ちゃんたちから話は聞いているです。わたしはネルガといいます。こう見えて神様なんですよ』


「神……様……はい? いきなりそんなこと言われても信じられないよ」


『ごめんなさい、わたし説明が下手なんです! よくそれを注意されてて。えへへ』


「まあいいや。精霊たちから話を聞いているなら楽だ。俺はどうしたらいいんだ?」


『簡単です。あの大木――ユグドラシルに生る果実を食べるだけです』


「それは無理だよ。さっき木に触ろうとしたんだけど弾かれた」


『それは魔王のせいです。汚れた手で食べると食中毒になっちゃいます』


「それは困ったなぁ。その汚れを落とすために食べたいんだよ」


『心配には及ばないです。わたしの力で触れるようにすればいいのです』


「なんだ、できるならやってよ」


『いいんです? わたしとキスするんですよ?』


「えっ!?」


『わたしは神様だから仕方なくです。恥ずかしいですが頑張るです!』


「それしかないの!? ちょっと準備不足なんだよ。あのときキスしとくべきだったよ。いい雰囲気になったけど、二人して照れてしなかった」


『シロくん、どうするです?』


「えーい! 今の俺は魂だけの存在だ。肉体でするわけじゃないからノーカンだ! 迷ってる場合でもないしな。お願い神様」


『わかったです。では、お手柔らかにっ』


 金色の髪と瞳が眩しい少女で神様のネルガ。目を閉じてシロに近付く顔は天使である。

 二人の唇が軽く触れ合った。一秒にも満たない。だが、しばらくシロの唇にネルガの唇の柔らかさが残った。

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