耳が喜ぶ恋日和
近衛中央司令部の団長室でメトイークは連絡を待っていた。いつ鳴るかもわからない電話を見てはため息を吐くばかり。
一方、ヒラはソファーに深く座り退屈そうにしている。もう何杯コーヒーを飲んだのか本人にもわからない。
「美人さん、そんなことしててもしょうがないだろ。待てど暮らせどで時間を無駄にしてるだけじゃないか」
「待つことしか私はできないの。団長代理も楽じゃないわ」
「団長代理は関係ないと思うがねぇ。それにしても恋する乙女は野暮ったい。はっきり言っていれば今頃まったりといれたんじゃないかねぇ」
「そこを突っ込まれると痛いわ。自分でも驚いているくらい。こんなに奥手だったんだって。普段の調子じゃなかなかいかないもの」
「待つのに慣れるのも考えもんだ。相手が待っているという考えにならないから。そこんとこどうなんだい」
「わからないわ。私と彼の間に特別なことはなかったもの。待つも何もなかった」
「そういうとこが奥手だってんだ。美人さんなら、愛嬌振り撒けばイチコロだ」
「愛嬌振り撒けるくらい器用なら苦労しないわ。こうして待ってもいないわよ」
団長室の空気は重い。すると、そんな空気を壊すように扉をノックする音がした。
重い腰を上げ立とうとしたメトイークを止め、ヒラが扉を静かに開ける。
「どこのどいつか知らないが、勧誘や押し売りは勘弁して――」
「勧誘でも押し売りでもないから安心してくれ。だいたい同じ時間にきてるはずだろう」
「やれやれ、ちょっとは乗っかってくれてもいいんじゃないかい。なんでも遊びがないと疲れる。あたしは、堅苦しいのは嫌いなんだよねぇ」
「堅苦しいのが嫌いなのは俺も同じだ。けど俺はノリが悪いんだ。それよりも連絡あった?」
「あれ見りゃあわかるべ。連絡ありゃあキュン死してる。キュン死してれば部屋中フェロモンが充満しているねぇ」
やってきたのがカザトだったため面白くないと、ヒラはソファーに座りなおす。
カザトはコーヒーをカップに注いでメトイークに手渡し、おもむろに新聞に目を通す。
「大きな事件は起きていないようでホッとするよ。この頃は色々あったからさ。ここ最近で慌てたのは、シロが風邪をひいて寝込んだことくらいかな」
「うふふ。他人の風邪で慌てるなんて」
「俺にとってシロは弟みたいなもんだから。どうも弟というのに憧れがあるみたいでなぁ」
「カザト先輩は、優しいお兄さんなのね」
「優しいだけじゃダメなんだよ。厳しくしなくちゃと思ってやってみても、なんだかんだと甘くなっちゃってさ。あの顔見てると弱くなってしょうがない」
「それでいいんじゃないかしら。それで上手くいってるのならばね。なんとも微笑ましい師弟愛だこと」
カザトは新聞を置き、空気を入れ換えるために窓を開けた。気持ちのいい風が三人の体を撫でる。
「助言どうも。じゃあお返しを。メトイークは明るく元気でいないとダメだぞ。せっかくの美人が台無しだ」
「あっ、ありがとうっ」
「やるねぇー。そうやって何人もの女を口説き落としてきたんだねぇ」
「平然と嘘を混ぜないでくれ。俺は本音を言ったまでだよ。口説き落とそうとはしていない。俺にだって落としたい人はいるけどなぁ」
「カザト先輩、気になる人がいるの? 全然そんな様子ないから驚きだわ」
「えぇ、全く相手にされてないけど。毎日顔を合わせているから、俺に対してそういう感情が湧かないんだと思う」
「焦れったいねぇ。ウジウジしてっと誰かに取られちゃうかもしれないねぇ。度胸みせて当たって砕けてみたらどうだい? 砕けたら拾ってやってもいい」
ヒラは完全に他人事だと楽しんでいる。誰かをからかいながら飲むコーヒーも悪くないと思うくらい。
「砕けるのは避けたいんだがなぁ。とりあえず俺のことは横に置いとこう。クーゴから連絡があったら知らせてほしい。それじゃ」
「わかったわ。色々とありがとう。助かるわ。」
カザトが団長室を出たので静かになる。また空気が重くなるのかと思いきや、そうはさせまいとばかりに電話が鳴り響く。
どうせ業務連絡だろうと思い電話に出たメトイークの表情が変わる。気だるそうな目が大きく見開く。
「……ふぇっ!?」
受話器を持つ手の震えが止まらない。恐怖で震えているわけではない。驚きと嬉しさが一気に押し寄せてどうしようもないのだ。
「さーて、トイレトイレっと」
メトイークの電話の様子を見てヒラは立つ。
コーヒーの飲みすぎには気を付けようとか思いつつ、どこか嬉しそうに団長室を出ていった。
「ずいぶん待ちましたよ。連絡が遅くなった理由は聞きません。でもっ……ふぇっ……何か事情があるのなら聞かせてください。いっぱい声を聞かせてください……クーゴっ!」
電話で繋がる上司と部下。いや、それは野暮かもしれない。少なくともメトイークの表情は部下のそれとは違う。
この日は快晴。上を向けば心が晴れる。
白い雲がない、絶好の洗濯日和。
そして、絶好の恋日和だ。




