プロポーズ
四大精霊の力を借りて風邪の症状を抑えたシロは、パッと見は明るく元気で軽やかに歩く。
しかし内心は穏やかではない。これからシロがしようとしていることは、とても勇気のいることなのである。
王城から徒歩で十数分。ユグドラシル家贔屓の花屋。
目と鼻を楽しませてくれる花が咲き誇っているが、そんな花に負けない笑顔を咲かす、オレンジ色の髪の少女がシロに気付いた。
「これは珍しいお客さん。白い花を咲かせちゃってぇ」
「久々に会っての第一声がそれかよ。花屋の看板娘が聞いて呆れるよ」
「ただ突っ立ってるだけが看板じゃないの。四方八方に笑顔を振り撒いて人を呼ばないとねぇ」
「俺はそんなのに引っ掛かりはしない。お前の笑顔なんて見飽きてるよ」
「へぇー。そんなにアタシの笑顔見てるんだぁ」
「だってそれくらいしかないだろう? お前の取り柄」
「ずいぶんと言っちゃってくれちゃって。どうせアタシには看板娘がお似合いよ」
「わかってるならよろしい。それじゃあ看板娘のフィリウスさんよ、ちょっと時間いいか?」
「店先から看板を持ち去ろうってわけね。高くつくけどいい?」
「ばーか。花屋の看板は花だろう。お前目当てでくる奴なんて数える程度さ」
いつものように軽口を叩く二人。
場所をラバン家に移しても軽口は続く。二人にとってはなんでもない挨拶みたいなもの。
「それで用件は何? 電話で済むことならこないよね」
テーブルにカップが置かれる。中身は紅茶だ。
シロはカップを持とうとするが、手が震えて持てない。
「ご覧の通りだよ。受話器を持ったら手が震えてさぁ。まさかカップまでとは」
「ということは、本来なら電話で済んだ話なのかぁ。ファルスの王子がわざわざご足労なこと」
「まったくだ。面と向かって言うだなんて勘弁なんだけどなぁ」
「面と向かって話すには重い系? 下世話な話とかなら嫌だよ。花屋の娘だもん」
紅茶に映る自分の顔を見て落ち着こうとするシロ。瞬きをして深呼吸。手の震えが止まったところで紅茶を飲む。
幼馴染だから、軽口はいくらでも叩ける。身分差とか性別とかは関係ない。いつまでもそれは変わらないと思っていた。だが違った。距離が近いからこそわからなく、当たり前すぎて気付けなかったもの。
「俺さぁ……お前のこと……すっ、好きみたい」
「それは光栄ね。人に好かれなきゃ商売は始まらないから」
「違うっ! もっと特別な意味の好きだっ!」
「……へっ……!?」
フィリウスは目をパチクリさせる。鳩が豆鉄砲を食ったような反応をする。シロが発した言葉の意味を理解すると、湯気が出そうなくらい顔を赤らめた。
「ここんところ色々あったから、言わなきゃなって思ってよ。後悔だけはしたくないんだ」
「……頭は冷えてる? なんかの影響だったりしない? だってだって! アタシは花屋の看板娘で! あんたはファルスの王子で! 住む世界が違うんだよっ!?」
「だったらなんだよ。生まれや育ちだけでしか相手を選んじゃダメなルールがあるなら変えてやるよ。俺はファルスの王子なんだ。国民の憧れであり理想である王族が自由に恋愛できないなんてあり得ない」
「でもアタシ、花の扱い以外はまるでダメでっ!? 不器用で寂しがり屋で甘えん坊でっ。自分で言うのもアレだけど馬鹿だよっ!?」
「そんなことは知っている。何年の付き合いだと思ってるんだ。全部を引っくるめてお前のことが好きなんだよっ!」
シロはソファーから立ち上がり、フィリウスに小さな箱を渡す。そしてフィリウスが箱を開けると同時に
片膝をついた。
「えっ!? えっ!? ええええっ!?」
「驚いてないで、それに左手薬指が入るか確かめてくれよ。それ、ユグドラシル家で代々受け継がれているものなんだ。不思議なことに、渡す相手の指に合うんだと。合えば運命、合わなきゃ勘違いだ」
シロの心臓はドキドキ高鳴りっぱなし。まさか自分がすることになるとは思いもしなかったシチュエーション。それが合うか合わないかで全てが決まる。
「――入ったああああ!!!!」
フィリウスが喜びのあまり叫ぶ。左手薬指に輝く指輪をシロに見せた。
「ふぅー、やれやれ。こんなに緊張したのは初めてだぁ~」
「アタシ……アタシ……! はわわわわ!?」
喜びもつかの間、自分の左手薬指に収まる指輪を見て動揺するフィリウス。これが指す意味がなんなのかは、さすがにわかるからだ。
シロは、フィリウスの左手に自分の手を添える。そして真剣な表情を向けて言葉を紡ぐ。
「――フィリウス・ラバン。あなたことを心の底から愛しています。色々と至らぬ私を支えてください。それで私は、あなたを支えることができます。私と共に人生を歩んでほしい!! 私と結婚してください!!!!」
シロ・ユグドラシル、一世一代のプロポーズ。
返事を待つわずかな時間が長く感じてたまらないが、想いを告げたことに後悔はない。
「――シロ・ユグドラシル王子。あなたのプロポーズ、喜んでお引き受けします!! 幸せになることを誓い、幸せにすることを誓います!!!!」
嬉し涙を流しながら返事をしたフィリウス。恋する乙女の想い、願いが叶ったのである。
しばらくして真剣な空気は解け、いつもの空気が生まれ二人を包む。
「まぁ、なんだ……惚れてくれてありがとうなっ」
「それはこっちの台詞だってのっ」
シロが手を握ればフィリウスが握り返す。
初恋が実った十六歳の王子と十六歳の看板娘は、肩を寄せ合いながら紅茶を楽しむ。二人にとって忘れられない味と香りになったに違いない。




