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カザト・ルクス

 シロはずっと考えていた。誰が自分を着替えさせたのかと。

 姉ではないと確信しているため、頭に浮かぶのは両親の顔や王城のメイドたち。王城内の近衛騎士たちの顔も浮かんだが、わざわざ自分を着替えさせるメリットがないと振り払う。

 足は王城に向かっていたが、せっかく一人で出歩けているので寄り道をしようと考え直す。賑やかな表通りから移り裏通りを歩く。道を一本外れるだけで別の街のよう。


「おや、また一人で出歩いているのですか?」


 シロに声をかけてきたのは、朝に出くわした近衛騎士の男性。黒をベースに赤のラインで締められているデザインの鎧は、強さと忠誠を表している。


「仕事熱心なこった。で、俺に用でも?」


「用がなければ声をかけてはいけないのですか? 声かけは防犯効果が絶大なのですよ。知りませんでしたか?」


「遠回しに俺を怪しんだって言ってるぞ」


「とんでもありません。ただの確認ですよ」


「ふーん。で、怪しい奴はいたわけ?」


「心配には及びません。このベルリスは平和そのもの。こうして一国の王子が護衛もなしに出歩けるほどです」


「それは感謝感謝だよ。これからもよろしく頼むわ」


 近衛騎士の男性に背を向けて軽く手を振り立ち去るシロ。わざわざラバン家へ取りに戻ったコートのポケットに手を突っ込み街を見ていく。

 王城と一般の家を比べるのはどうかと思いながらも、大小色々な造りの家を見る。何かを叩く音がして顔を上げると、集合住宅のベランダで布団を干している女性と目が合う。女性がにこやかに手を振ってきたので、シロもにこやかに手を振り返す。


(そういや俺、自分で家事をしたことないな)


 普段はメイドに家事全般を任せているからか、なかなか自分で家事をすることはない。何かの気紛れで手伝おうとすれば邪魔にしかならないだろう。十六歳にもなって包丁を握ったことも服を干したこともない。いくら王子とはいえダメだろうと思わず苦笑い。


(俺に誰かを疑う資格ないじゃねぇか)


 近衛騎士の男性をどこか軽く見ていたシロ。だが、彼のように熱心な者がいるおかげで街は平和なのである。そのことにようやく気付きため息を吐く。コートのポケットに突っ込んでいた手を出して頭上で組んで伸びをする。


「う~~んしょ! 王子だとか関係ないってんだ! これからは俺にできることをしていこう。父さん母さんの顔を(けが)すわけにはいかないからな」


 意識を改めることで変わった――気がする。左腕にしている腕時計に目をやると突然青ざめた。


「や、ヤバい! もうすぐ稽古の時間じゃねぇか!? 遅刻なんかしようもんなら殺される! 時間にルーズな奴は皆殺し――って言うくらい厳しいんだもんな!」


 靴ひもを結び直して走り出す。稽古は嫌だが怒られるのはもっと嫌なのだ。後ろに結んだ白い髪を揺らして街を走る王子を見て人々は喜びと驚きの声を上げている。


「……ぜぇ……ぜぇ……! やったぜこの野郎! 俺もやればできる――」


「できる奴なら余裕を持っている。いちいちそんなことで自分を褒めているとキリがないぞ」


「んだよ、少しは褒めてくれてもいいじゃねぇか! カザト兄ちゃんのケチ!」


「カザト先生、だ。稽古のときは先生と呼べと何度言えばわかるんだ」


「いちいち細かいんだよ先生。どうせ木剣をぶつけ合うだけだろう?」


「いいや。いつまでも木剣じゃ緊張感に欠ける。今回からは真剣でいこう」


「しし……真剣んんんん!?」


「やればできるんだろう? シロ王子」


 短く切られた黒髪と漆黒の瞳。白いワイシャツの袖を二の腕まで捲り、黒革のズボンの丈は左右バラバラ。おまけに靴は履いていない。おまけのおまけに両手には真っ赤な革の手袋。

 カザト・ルクス、十八歳。シロの剣術の先生であり元・近衛騎士。ひょいと片足で浮いてみせるや、白い歯をにやりと見せる。


「殺したりしないだろう……?」


「さぁ? でも、やる気がないと思ったら斬るぞ」


 剣を鞘から抜くや放り捨て、右手で鞘を鼻歌まじりに構えてみせるカザト。どう見てもシロのことを舐めている。左手をズボンのポケットに入れているのが証拠だ。


「舐めてると痛い目に――」


「口よりも体を動かしたらどうだ。死んだら喋れなくなる」


 シロが剣を抜くよりも、カザトの鞘がシロの眉間に届くのが先だった。舐めていたのはシロも同じだったが、稽古に対する姿勢まで同じではなかった。


「ズルいぞカザト兄ちゃん!」


「戦いにズルいもクソもあるか。これが殺し合いなら死んでいるってことだ」


「~~っ!!」


 鞘を向けられた眉間に(しわ)を寄せて悔しがるシロ。ぐうの音も出ない見事な負けっぷり。


「いくら稽古を積もうが、剣を抜く前に殺されちゃあ意味がない。そこんとこ胸に刻んどけ」


 シロの頭を軽く鞘で叩いてから撫でる。いくらでも教えることはできるが、最後に自分の身を守れるのは自分だけ。


「やっぱズルい! 風を使われちゃあ勝てないぜ!」


「浮くのに使っているだけだ。剣術には一切使っていない。だいたいお前、まだ使えないのか? 魔法」


「……使えなくて悪いかよ」


「決して悪くはない。だが、使えた方が有利なのは間違いない。誰もが生まれ持っているものなんだからな」


 人には生まれ持った属性がある。現在確認されているのは、火、炎、水、風、土、氷、雷、雪、光、闇。自然と使えるようになる者もいれば、しっかり習って使えるようになる者もいる。


「俺は無属性だったりして。生まれてすぐの属性検査でわからなかったみたいだし」


「どこまで腑抜けなんだお前。剣も魔法も使えない王子って馬鹿だろう」


「馬鹿言うなよ!」


「言われたくなければ強くなれ。一番になれとは言わないが、何か一つでも自慢できるものを手に入れろ。俺はお前に剣を教えることができる。まぁ、俺を超すなんざ絶対に無理なんだけどな! はっはっは!」


「言わせておけばこんちくしょう! 王子に対してのその態度を改めさせてやる!」


「お前こそ、先生に対しての舐めた態度を改めろよ」


 結局、シロはカザトにまんまと乗せられた。カザトの方が一枚も二枚も上手(うわて)ということ。

 カザトは実感していた。シロの剣の腕が確実に上がっていることを。それが嬉しくて口元を少し緩めた。

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