明かされた謎
ある朝、シロは風邪と診断された。
いつもの時間に稽古も勉強も関係なく、カザトとハヤが見舞いにきていた。
「色々あって疲れが溜まっていたんだろう。たまにはゆっくり休むといい」
「勉強は元気にするもの。風邪をひいたときにしても苦しみが増すだけなのだ」
カザトとハヤはすぐに帰ったが、少ししてルリが様子を見にきた。その手にはオニオングラタンスープ。
風邪でも腹はすくものだが、食欲があるかどうかは別の話。シロは顔をオニオングラタンスープから逸らす。
「食欲がないのはわかるけど、ちゃんと食べなきゃ治らないよぉ。お姉ちゃんが食べさせてあげるからねぇ」
ふぅー、と息を吹き掛けオニオングラタンスープを冷ますルリ。スプーンを差し出し「あーん」と笑みを浮かべる。
ルリの機嫌を損ねたら面倒だと割り切り、観念して口を開ける。風邪のせいで味がわからず、ゴクリとするも喉の痛みが襲ってくる。
「もう一口頑張ろうねぇ。あーん」
姉の優しさが痛い。喉が痛い。
胃は満たされても心はへこむ。だが、生きるためだと割り切り耐える。
早く治さなければと処方された薬に手を伸ばすが、そこでシロの顔が曇った。
「あらら。そういえばシロ、粉薬が苦手だったねぇ。でも好き嫌いはダメだよぉ。良薬は口に苦し」
シロは泣く。
オニオングラタンスープの味はまるでわからなかったのに、粉薬の苦みははっきりとわかってしまうことが。粉薬が喉を通るときも泣いてしまう。痛いものは痛い。
「頑張りましたぁ。ちゃんと寝てないとダメだからねぇ」
ルリが部屋を出るとき、シロは顔を逸らした。寂しいだとか思われるのが面倒だからである。
薬が効いて眠りにつく。眠っている間は風邪を忘れられる。
次にシロの視界に映ったのは、心配そうにしているリミリアだった。シロが起きたことに安堵して笑みを浮かべる。
「大丈夫?」
シロが頷くとリミリアは手を握ってきた。リミリアの温もりが手を通して伝わる。不思議と気持ちが落ち着く。
「早く風邪が治ることを祈ってる。元気なシロを待ってる」
名残惜しそうに手を離したリミリアは、部屋を出る際に手を振った。
手を振り返したシロは、体のだるさが消えていることに気付く。良薬は口に苦し。やれやれと頭を掻くしかない。
『人望があるのは素晴らしいよ』
どこからともなくシィが現れる。だが、現れたのはシィだけではない。
『ようやくご対面ってわけだ。しかし風邪とは気の毒だな。代わりたいとは思わないけどな』
燃えるような赤い吊り目、肩ほどに伸びた赤い髪、平たい胸。サバサバとした男勝りな火の精霊――サラマンダー。
『呆れて何も言えない。そんなんでよく生きてこられたわね』
腰まで伸びた青い髪、全て見透かすような青い瞳、主張が激しい胸。なかなか素直になれないツンデレな水の精霊――ウンディーネ。
『痛み、飛んでいけ、飛んでいけ』
黄色いパッツン前髪で目元を隠し、ほんわかした雰囲気を纏い、全くほんわかしていない胸を揺らす。癒し系な土の精霊――ノーム。
「シィの……仲間の……精霊」
シロの視界に四人の精霊が映る。しかし、すぐに顔を逸らした。無理もない。シィ以外の三人は全裸なのである。
『女の裸の一つや二つでだらしない。男なら堂々と見ろっての』
『服の一枚や二枚差し出す心はないの?』
サラマンダーとウンディーネは呆れている。病人のシロに要求するのは違うと思っていないようだ。
シィはシロに頭を下げる。二人は決して悪気があって言っているわけではないと。
「気にしないでよ。それよりもなんでここに?」
『もうすぐ封印が解けるんだよ』
「封印?」
『自覚がないの? これまた面倒な子だわ』
『ウンディーネ、そういう言い方、ダメ。シルフ、説明、お願い』
『うん。シロ、実はその風邪は普通じゃないんだ。封印が解ける兆候なんだよ』
「俺にいったいなんの封印が?」
『――魔王だよ』
シィは声を低くして告げる。落ち着いて聞いてほしい気持ちがそうさせた。悲しみの表情ではなく、ただただ真剣な表情を向けたまま話を続ける。
『暴走した覚えはない? 灰色の髪と瞳……すさまじい力……どう?』
「あるよ。それでカザト兄ちゃんを傷付けた。自分で自分が恐ろしくてたまらない。そうか、俺に魔王の力が封印されているのか」
『昔、精霊と魔王が戦った。火、水、風、土の四大精霊は、全身全霊で魔王を倒したけど、魔王の攻撃で世界の大陸は四つにまで減ってしまった。魔王は世界に何かを放って尽きたのを見逃さなかった四大精霊は、力を蓄えるため眠りについた』
「四大精霊……四大陸……なるほど。みんなが大陸を守っていたんだなぁ」
『魔王が放ったのは、転生魔法だった。時は流れて十六年前、魔王の転生が叶った』
「十六年前!? ああ、そういうことかぁ。なんてこった。馬鹿な俺でも気付いちゃった。それなら四大精霊がこのタイミングで集うのも当然かぁ。俺が魔王の転生者なんだろう?」
『うん。黙っててごめん』
「シィが謝ることないよ。みんなが魔王を倒してくれなかったら、今の世界はないんだ」
『労い、ありがとう』
『病人に労われても微妙ってもんだ』
『まったくだわ。さほどリアクションも大きくないからつまらない』
「風邪で普通の精神状態じゃないんだ、許してよ。ねぇ、シィ。俺の体が小さくなるのも関係あるのか?」
『それも封印が解ける兆候だよ。よく夢を見た後小さくなってなかった?』
「言われてみればそうかも」
『ボクたちがこうして集まったのは他でもない。転生した魔王を倒すためなんだ』
シィの表情は真剣なまま。
シロは全てを理解した。風邪で満足に動けない今が絶好のチャンスなのだと。
「あはははは……。ダメだ、笑う元気もないや。この機会を逃すわけにはいかないよなぁ。でもちょっとだけ待って。未練で成仏されなかったら困るだろう」
『抵抗しないのかよ。潔すぎだな』
「俺の犠牲で全てが丸く収まるのなら。存在していることそのものがダメなわけだ。でもわがままを言わせて」
『面倒なわがままだったらダメだわ』
「倒されるのは寝ているときがいい。寝ていれば恐怖が薄れる。それと、会いたい奴がいるんだ。少しの間でいいから、体を動かせるようにしてもらえると助かる」
『それ、大切な、人?』
「うん。こういうときでもないと言えないからさぁ。ちゃんと伝えたいんだ」
『ボクたちにできることなら協力する。シロに未練が残らないよう協力する!』
シィの表情が崩れた。緑色の瞳から流れる涙。
シロはシィの頭を撫でる。自分のために泣いてくれることが嬉しく、笑みを浮かべてみせた。




