日陰者はパッと去る
紫色は負の証だと、幼い頃からガントは刷り込まれた。
生まれ持った髪と瞳も紫色。もうそれは呪いだと諦め、負の道を突き進んでいった。
追いかけたのは父の背中。
負を負でという抹殺師の教えは、日に日にガントを蝕む。頭ではわかっていても心が追いつかない。成長していくたびに現実を知り、胸が締め付けられる。
とある国のスラム街。一人では小さな力でも、何人もの力が合わされば脅威となる。国の現状に不満を抱く者たちが報復を企てていた。
ガントは、その国の王の依頼でスラム街に向かう。荒れて枯れて寂れた区域は殺気立っていた。一歩足を踏み入れた途端、自分の全てを持っていかれそうになる。
大人が群れる中、自分と変わらない歳の子どもを見つけたガントは、精一杯殺気を抑えて接触を試みた。
だが、心の接触はナイフによって阻まれた。子どもがガントの腹を刺したのだ。子どもの目は必死だった。己が正義を信じて戦う目。だからガントはその目に応えた。
スラム街を潰したガントを待っていたのは、豪勢な褒美とは程遠いものだった。
依頼人である王の殺気がガントに向けられる。スラム街を潰す依頼で誘い出し、抹殺師を捕らえることが真の目的だった。
ガントに殺気を向けた時点で王の負けは決まった。
とある国は王を失い力を失う。その後の国の行く末はわからない。小さな小さな国の危機は、大きな国の危機で掻き消されていた。
* * *
「ガント……ガント!」
「……う……うぅ……」
ヨウの呼びかけにガントは意識を取り戻した。
「良かったぁ。何度呼んでも起きなくて焦ったよ」
「そう……だったのか。気絶なんざ久しぶりだ。おかげで少し昔のことを夢で見た」
「いい夢?」
「気絶で見るのは悪夢だ。忘れたい過去だ。で、ここにいた奴らは?」
「誰かいたの? あなた以外には誰もいなかった」
「誰もいなかった、か。我ながら恐ろしいな。もう偽抹殺師は現れない。安心しな」
「それなら安心――と思いたいけど、今は無理だ。自分が失ったものは大きすぎた」
「あんたの兄貴を守れなくて悪かった。俺がもう少し早くきてれば死ななかった」
「インが死んでしまったのは残念だよ。けど悲しんでばかりもいられない。自分は自分のできることをしなくちゃいけない」
「そうか。悲しむだけが全てじゃないもんな。あんたはあんたのやり方を貫けばいい。王じゃなくなっても一人の人間として生きていくことが、死んでしまった人たちへの供養になると思う」
「あなたは優しい人なんだね。負から足を洗うつもりはないの?」
「抹殺師は、簡単に付けたり外したりできるもんじゃない。簡単に洗い落とせる汚れじゃない。半端な覚悟でしちゃいけない」
「それは残念。あなたとなら、幸先のいい再出発ができると思ったのに」
「熱い掌返しだな。俺のことを信用できないんじゃなかったか」
「そっ、それは訂正する!」
「何動揺してるんだ。そんなんじゃ人の上に立てないぞ」
「支えられる側は卒業したよ。今度は支える側になる。どんな形でも構わない」
「立派なこと立派なこと。俺には眩しすぎる。ここでズラかるとするか」
「またね、ガント」
「……おう」
ガントは、紫色のリストバンドに視線を移す。本物の証であり呪いであり、これまで生きてきた証。
今一度心に誓う。世界の負を世界のために消すことを。それが償いで罰であると自分を律した。
* * *
ムロとナティはベンチに座っていた。二人はガントから話を聞いたうえで、信じて待つことにしたのである。しかしながら、ただ待つだけというのは辛いもの。腕を組んだり足を組んだりと落ち着かない。
「ちっ! やっぱオレも一緒に行くべきだったか」
「それは違うと思う。あれだけ力を求めていたのに、最終的に一人で行くと決めたんだから。本物の抹殺師としての覚悟なんでしょ」
「しかし驚いたなぁ。オレたちが聞いていた抹殺師が、実は偽だったなんてよ。まぁ、本物だって褒められたことしてないけど」
「アッシには何も言う資格ないし。だからこそ他人事と思えないんだけどね。それよかムロ……音」
「……ああ」
二人が会話をしているベンチに近付く足音。その足音はどんどん大きく聞こえてくる。
二人はいつでも戦えるよう戦闘態勢に入る。街を歩く人たちが変化に気付くことはない。
「……二人してどうしたんだ……こわ」
「「あ!」」
紫色の髪と瞳に防弾チョッキを着たガントが、ポケットに手を入れて顔を引きつらせている。
ムロとナティは顔を合わせる。本当に戻ってきたと驚きを隠せない。
「あんたたちのおかげで勝てた。ただいま」
「マジで一人で!?」
「信じてくれとは言っていない。俺は報告にきただけだ。じゃあ」
「待って。これからどうする気なわけ?」
「さぁ? 負のあるところに抹殺師あり、だ。もう会うこともないだろう。お二人さん、お幸せに」
偽抹殺師を倒したことだけ伝え、二人に背を向けたガントはパッと姿を消し去っていく。
別れに余計な言葉はいらない。抹殺師は日陰者なのだから、と。




