少年の名は
紫色の髪の少年から発せられている殺気は、間違いなくムロに向けられていた。
ムロはナティを自分の背中に逃がす。どんなことがあっても対応できるように神経を尖らせる。
「オレに用か」
「ああ」
少年は一歩足を踏み出すと、吊り上がった目をさらに力強く開く。ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま向かってくる姿は不気味だ。
「物騒な用ならお断りだ」
「安心しろ、すぐに片づく」
ムロまで数歩のところで立ち止まった少年は、その場で右足を軽く鳴らしてみせた。
「な!?」
ムロは困惑する。全く身動きが取れなくなってしまったのである。
「これであんたはサンドバッグだ。俺が魔術を解くか死ぬかしないと動けない。諦めることだ」
「ほ、ほーん。こいつは立派な魔術なこって。金縛りだなんて無敵じゃねぇか」
「ずいぶんと余裕だな。俺がその気になれば殺せるんだぞ」
「そりゃあ余裕に見せないとカッコ悪いだろう。オレの後ろにいる奴がガッカリしちゃう」
「後ろ? 誰もいない――」
「隙あり!」
そう。ムロの背後には誰もいなかった。一切動揺することなく自分のすべきことを察したナティは、少年の体に強烈な蹴りを喰らわせた。
「くはぁ!?」
ナティの蹴りで吹き飛んだ少年の頭の中は真っ白になる。ムロの他にいたことは遠目から確認していたが、正直気にも留めていなかった。舐めていたのだ。
「アッシの蹴りに対応できなかったところからして、金縛り中は動けなく、金縛りにかけられるのは一人でしょ」
「暴力女が」
「暴力女、悪くないし。こちとら修羅場を潜ってきてるもんで」
「ちっ。これだから年上は面倒なんだ。大人しくしてくれれば穏便に済んだのに」
少年は起き上がるために両手をポケットから出す。手首にはリストバンドがあった。
「立ち上がる根性は認めてあげる。けど加減はしない。ムロに金縛りをかけたんだから」
「できるもんならやってみろよ、加減」
少年のリストバンドが光を放つと同時に形状を変化させる。トンファーに刃を付けたような武器を両手に持つやナティに向かって走り出す。
「そんな武器でアッシが怖気つくとでも思ったか」
ナティは魔術を発動。異空間へと姿を消して相手に隙を生ませる。少年は突然のことに動きを止めて辺りを見回す。
「姿を消した!? だったらこの辺にいるだろ!」
武器を適当に振り回して抵抗してみせる少年だが、消えているわけではなく、異空間に身を移しているナティには当然当たらない。とはいえ、太刀筋は決して悪くはない。攻撃の間合いにいれば命取りになる。
「そこ!」
少年の攻撃のわずかな隙を見つけたナティが異空間を飛び出すと、がら空きの首に手刀を叩き込んだ。
少年は気を失い倒れ、武器はリストバンドに戻った。
「ずいぶん血の気の多い奴だったなぁ」
「どうする? ムロ。異空間に閉じ込めておこうか」
「目を覚ました瞬間に飛び掛かってくるかもしれないが、一人にしておくのは危険だ。オレも一緒に閉じ込めてくれ」
「ふざけたことを言わないで。アッシも一緒に決まってるでしょ。離れたく……ないもん」
「悪い。最後なんて言った?」
「なっ、なんでもないっ!」
気を失った少年を連れて、ムロとナティは異空間へと入る。何もない真っ白な空間。
少年が目を覚ましたのは十数分後。視界に飛び込む二人を見るや瞬時に起き上がった。
「普通の人間の動きじゃねぇよ、てめぇ。いったい何者だ」
少年の動きを見て殺気を放つムロ。
少年は再びリストバンドを武器に変えようとするが、それは無駄なことだとすぐに気付いた。
「てめぇがほしいのはこれか?」
「俺が気を失っている間に! どこまでも面倒な奴だ」
少年の目の前でリストバンドが揺れている。ムロが指でつまんで遊んでみせているのだ。
「返してほしけりゃあ名乗れ。そんでもって全部吐け」
「人に名前を聞くときは自分から名乗るもんだろう。赤毛野郎」
「オレは赤毛野郎じゃねぇ。オレはムロ・クライムだ」
「アッシはナティ。こっちは名乗ったし」
「あっさり名乗りやがって。俺の名前はガント、十四歳。あんたらを狙ったのは用があったから」
「年齢まで言うとは思わなかったなぁ。ガントだな。して、どんな用で?」
「あんたの武装石をよこせ。それが用だ」
「どうしてオレが武装石を持っていると思うんだ?」
「簡単な話だ。俺が――抹殺師だからだ」
少年――ガントは、ムロとナティを前に狼狽えることなく堂々と話す。紫色の髪と瞳だけでも目立つのに、紫色の防弾チョッキを着ているからか威圧感がすごい。
「てめぇ、抹殺師がどんな風に思われているのか知ってて言ったのか」
「話は最後まで聞いてくれよ。今は、だ。あくまで潜入中だ」
「潜入中ってどういうわけ。そうやってアッシたちを油断させるつもりでしょ」
「俺は誰も殺しちゃいない。俺の本当の目的は、抹殺師を潰すことだ」
「抹殺師を潰すだと!? たった一人でかぁ!?」
「一人だ。だから戦力がほしかったんだ。すでに抹殺師は、あんたが武装石を持っていることを知っている。抹殺師に狙われる前に武装石をよこせ。じゃなきゃ命が狙われるぞ」
「なんだそりゃ。そんなに武装石がほしいのか」
「死にたくなけりゃあよこせ。命より重いもんはない」
「知ってるよ。でも、悪いが武装石は渡せねぇ」
ちゃんと名乗った褒美として、ムロはガントにリストバンドを返した。




