それぞれの日常
ゴッツィズの件が済んでから一週間が経ち、四大陸に平穏が訪れていた。
ゴッツィズの一員であったナティの無罪放免を宣言したファルスの王に対し、「犠牲者が生き返ったからといって許していいのか」という言葉を放つ人たちは少なくない。万が一に備え、王城は厳戒態勢に入っている。
今朝のシロはショタモード。久々の体に違和感を覚えつつ朝食をとっていると、隣に座るリミリアがシロにサラダを差し出した。
「どうぞ」
「ぼくにサラダをよこしてどうするの。ちゃんとたべなきゃダメだよ」
「体にいいから食べて」
「ぼくのはあるよ。リミリアのはリミリアがたべないとダメだよ」
シロはサラダをリミリアに返す。
リミリアは不満そうに頬を膨らませ、サラダを憎しみの目で見つめる。
「リミリアちゃん、サラダ嫌いだったっけ?」
「今日のサラダはダメ。この赤いのが邪魔」
「赤いの? あらあらリミリアちゃん、トマトがダメなのねぇ。なんて可愛らしい好き嫌いなのぉ」
リミリアのトマト嫌いを知り喜びの反応をするルリ。そこはきちんと言わなければならないのだが、好きな子には甘いのがたまに傷である。
父と母は何も言わない。なぜ言わないのかというと、その答えは二人のサラダにあった。
「とうさんとかあさんのせいだぞ。ふたりしてトマトをいれてないだろう。ぼくがたべろといってもリミリアがふまんにおもうにきまってるじゃないか。おとながてほんにならなくちゃ」
「シロ、大人は賢いものなんだ。覚えておくといい」
「食べられないのなら最初から入れなければいいのです。ですがリミリアは子ども。好き嫌いはいけません」
「なんだよそれ。まったくせっとくりょくないぞ」
「シロはうるさいのです。黙って自分のを食べていればいいのです」
「しょうがないわねぇ~。ここはルリお姉ちゃんが食べてあげよう。でもひとつだけお願い。リミリアちゃん、あーんしてぇ」
「うん。ルリお姉ちゃん、あーん」
「あーん。んん~! こんなにおいしいトマトを食べたの初めてぇ! リミリアちゃん、もう一回」
「うん!」
(だ、ダメだこりゃ。あきれてなにもいえない)
シロは言葉を失った。甘い、甘すぎると思いながらも呑み込む。幸せ中のルリの機嫌を損ねたらどうなるか。想像しただけで鳥肌ものだ。
リミリアが不老不死で自分よりも年上であることをシロは家族に話していない。今のままで問題ないと踏んだからであるが、余計な詮索をされたくなかったのもある。
不老不死は夢物語と言ったことを振り返り頷くシロ。やはり人間は、生き物は老いて死ぬのが世の理。犠牲の上に成り立つ不老不死は望まない。それが本音だと認めた。かといって隣で座るリミリアを認めないというのは違うと頷く。生まれながらにして不老不死ならば話は別だと。
「シロ、食事の手が止まっていますよ。自分の分は自分で食べなくちゃと自分で言ったのを忘れたのですか。大人が手本にならなくちゃ、なのでしょう?」
母が口元を緩めて仕返しとばかりに言ってきた。シロの口撃を許さないと目の脅し付き。
「そ、そうだよ、わかってるよ。ちゃんとたべるにきまって――」
シロのフォークがぴたりと止まる。目をサラダから母に向けて不満そうな顔をする。
「何か言いたいことでも?」
「なんではいってるんだよ!」
「は?」
「ぼく、タコはきらいなんだ。しってるだろう」
「あらら。料理長の気紛れかしら」
「ちっ! ねえちゃんたべてよ」
「シロにも食べられないものが入ってたのねぇ。食べてあげるのは構わないけど、その代わり、私に食べさせてぇ」
「なんでそうなる。こどもじゃないんだから――」
「子どものリミリアちゃんにできたことができないのぉ? まだまだシロも子どもだよぉ」
「シロ。ルリお姉ちゃんに食べさせてあげて」
手本にならなくちゃなんて言わなきゃよかったと心から後悔するシロ。タコを食べずに済ます最善の方法は他にない。葛藤の末、タコにフォークを刺しルリに向けた。
「ほっ、ほらっ」
「ちゃ・ん・と・し・て」
「うぅ~っ! あっ、あーんっ!」
「あーーん! んん~! シロからのタコは格別だよぉ」
(こんちくしょー! はずかしぬわ!)
朝からシロはぐったり疲れてしまった。自業自得なのだから仕方のないことである。
* * *
近衛中央司令部の前にムロとナティが立っている。
見送りに出てきたのはメトイークとカザトとヒラ。クーゴの姿はなかった。
「クーゴの奴はいないのか。オレのおかげで生き返っているはずなのに」
「そう言うな。司令部にも来ていないところからして何か用事でもできたに違いない。そのうち顔を出すだろう」
「団長が戻ってくる間、私がしっかりと団長代理を務めますので安心してください」
「美人さんは言うことが違うねぇ。こりゃ恐れいった。寝首に注意しないとだ」
「大変お世話になった。命を救ってもらった恩、決して忘れない。いつか必ず返すと誓う」
ナティは髪をばっさり切っていた。肩までの長さに切り揃えられた黒い髪が風で靡くたび、整った彼女の顔が際立つ。
「恩返しなんて後回しでいい。犠牲者が生き返ったとはいえ、君たちゴッツィズがした罪の事実は消えない。本当に反省しているなら、生き返った人たちに罪滅ぼしをすることだ」
「うん。レオとベオの分までアッシがする。ゆっくり少しずつ」
シロの案でレオとベオは蘇生されていない。レオは自殺の危険があること、ベオはヒラに殺されたことが引き金となって自殺してしまう危険があるからだ。せっかく生き返っても死なれては意味がない。何度も死を経験させるのは心が苦しい。二人が必ず自殺すると決まったわけではないが、生きているナティを思ってのことである。
「じゃあ行くか。仲間と顔合わせないとなぁ」
「本当にアッシが一緒に行っていいわけ?」
「オレといた方が安全だろう。なーに、大船に乗ったつもりでいてくれ」
「わかった。そうする」
ナティがムロに向ける眼差しは眩しい。心から気を許せる相手になったのもあるが、この一週間で気付いた秘めたる想いがそうさせていた。
司令部を出発して数分。想いをいつ打ち明かそうかと考えるうちに顔を赤くする。隣で歩くムロと肩が触れ、さらに顔を赤くした。
「どうした? ナティ。そんなに暑いかぁ?」
「なっ、なんでもないしっ。ほら、守ってくれるんでしょ? しっかりしてよね大船っ!」
「……やっぱ暑いかもしれねぇ」
ムロも顔を赤くする。それは気温のせいなのか、はたまた隣の笑顔のせいなのか。年中過ごしやすいファルスで暑いとは思えない。




