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一杯の紅茶

 ナティの顔に怒りが浮かぶ。拘束されている手足を激しく動かし暴れ叫ぶ。


「よくも仲間を殺したなああ! それでよくアッシに偉そうに説教かましたもんだ!」


「先に殺したのはそっちだ。正当防衛だよ正当防衛」


「売り言葉に買い言葉なわけ」


「仕掛けた側がよく言う。寝言は寝て言えってんだ」


 ムロは武装石を発動させる。

 右腕を覆う剣の先をナティの鼻先に向けると、ほんの少しだけ当ててみせた。


「痛!」


 ナティの鼻先から血が流れる。血の色は赤い。赤い武装石の影響が消えている証拠である。

 ぽたぽたと床に垂れる血を見たナティは目を見開いた。


「仲間に感謝するんだな。てめぇが生きていられるのは、この武装石にゴッツィズ七人の魔力が込められているからなんだ」


「みんなは、最期なんか言ってたわけ?」


「どうだったかなぁ。ひたすら叫んでいた記憶しかないが――いや、全員が同じ言葉を言ってたっけ」


 ムロはナティに背を向ける。炎の結界も手足の拘束も解いて、言葉を思い出す素振りを見せる。

 ナティは目を疑った。敵を自由にするだけでなく、背中を向けて隙を作っているムロが正気ではないと。それでもチャンスと行動に移る。髪に隠していた針を持ち、狙いを定める。


「死ねええええ!!」


 針を投げたと同時に叫んだ。魂の叫びを。どうでもいいと思っていた仲間の死が本当は辛かったことを自覚しながら。


「悪いな。そう簡単に死んでやるつもりはないんだ」


 炎の結界を瞬時に張って針を防いだムロは、檻を開けてナティを出す。


「アッシを出す目的はなんだ」


「てめぇは人質だ。ゴッツィズ最後の一人を誘き寄せるな」


「最後だって!?」


「ファルス唯一の学校の生徒によって殺されたんだ。にわかには信じられないがな。殺されたのは、太めの奴だ」


「ベオだ。そうか……ベオもダメだったか」


「運も実力のうちかもな」


「言っとくけど最後の一人――レオは強い。アッシやベオ、他の七人とは比べようがない」


「ゴッツィズの大将なんだろう? 考えただけでも面倒だ」


「精々頑張ることね。それはそうと、レオを誘き寄せる役割を果たせばアッシは殺されるのだから、せめて殺され方は自分で決めたい」


「わがまま言うな。残り少ない命を強く生きろよ」


「それじゃ償いにはならないでしょ。憎まれながら死ぬのがアッシの罰」


「残念ながら決めるのはてめぇじゃない。ファルスの王だ」


「じゃあもう一つのわがままを叶えてもらおうかな。死ぬ前に経験しておかないと」


 前を歩くムロのワイシャツを掴んだナティの顔は、ムロが振り向いたことで赤く染まる。


「殺せ逃せはもちろん、司令部から出ることもダメだ。それでもか?」


「室内で済むことだし、二人きりになれれば問題ない」


「で、いったいなんだ」


「あっ、アッシと寝てほしい。アッシを抱いてほしい」


「てめぇ、何言ってるのかわかってるのか!?」


「当たり前、もう十八歳。意味などとうに理解してる。経験せずに死んだら悔いになる」


 ナティは真っ直ぐムロを見つめる。それだけ本気ということだ。

 ムロもまたナティを真っ直ぐ見つめる。それからゆっくりと肩に軽く触れ、頭を撫でて――。


「まったく。男を誘惑するという恐ろしさを知らないんだなぁ」


 笑顔を浮かべながら優しくデコピンをかました。


「はう!?」


「自分を安売りするなよ。心の底から好きな奴としろ」


「心の……底から」


 デコピンされた額をさすりつつムロの背中を見つめるナティは、体が熱くなるのに戸惑いを覚えた。


 ムロとナティが向かった場所は団長室。ムロの視界に真っ先に映ったのは、ソファーでぐったりしているクーゴであった。


「オラ、もうダメだぞぉ~」


「何がどうなっていやがる。あんなに動ける奴が伸びちゃって」


「あれ」


 クーゴが指差す先には、団長の椅子にふんぞり返っているヒラがいた。

 口の中で飴を転がしてご満悦。血濡れた学校の制服の代わりに、近衛騎士の制服を着ている。


「ほーん、あんたがゴッツィズの。思っていたより可愛いじゃないか」


「何か」


「可愛い奴でも殺しをするんだとねぇ」


「アッシを殺したければ殺せばいい。遅かれ早かれ殺されるんだし」


「そいつは遠慮しとく。ゴッツィズのデブを殺した感触が残ってるもんで」


「あんたがベオを殺した奴だったのか!」


「あたしを殺したければ殺しな。問答無用で潰すけど」


 睨み合うヒラとナティ。殺し殺されによって引き合わされた二人の少女は一触即発。


「やめなさい。団長室に血が流れるだなんて勘弁だわ」


 空気を察してメトイークが割って入る。その手にはティーセット。二人に向ける視線は冷たく鋭い。


「邪魔しないでくれよ美人さん。これから面白くなるとこだったのに」


「あなたが面倒を起こすと団長が困るの。そんなこともわからないの」


「いっそあたしが死んだ方がいいんじゃないかい。あたしを飼うの面倒だろう」


「死んでも死なないわ、あなたは」


「買われてるんだねぇ、あたし」


「飼い慣らすためなら買うわ」


「おっかないねぇ。用心しとかないと殺される」


「殺されたくなければ大人しくしていることだわ」


 慣れた手つきで紅茶をいれるメトイーク。紅茶の香りが団長室に広がる。


「あたしはコーヒー派なんだけどねぇ」


「嫌なら飲まなくてけっこう。ナティで良かったわよね。はい、どうぞ」


「アッシに?」


「あなたもコーヒー派だった?」


「そんなことはない。いただく」


 ヒラとナティは紅茶を一口飲む。ファルスで普通に流通している紅茶だが、不思議と二人の心と体に染み渡る。


「これはこれで悪くないねぇ」


「アッシ、紅茶をおいしく感じたの初めて」


 ヒラとナティ。殺し殺されによって引き合わされた二人の少女を鎮めたのは、一杯の紅茶だった。

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