虹色の武装石
ムロに助け出されたフィリウスの瞳には輝きが戻っているのだが、シロが目を合わせようとしても目を逸らすばかり。
「フィリウス、朝だよ」
「朝、朝ね」
「あれから五日経った。立ち直れないのか?」
「立ち直れない? いったい何から?」
「ゴッツィズのことだよ。忘れたわけじゃないだろう」
「ゴッツィズ……ゴッツィズ……うぅ!?」
フィリウスの脳裏に浮かび上がる記憶。ナティにされた羞恥の数々。
一刻も早く消し去りたいという思いが閉じ込めていた記憶は、フィリウスの心を抉っていく。
「フィリウス!?」
「ああああ! いやあああ! こんなことって……こんな……もうダメ」
爪を立てて体を傷付けるフィリウス。痛みで記憶を消し去ろうとしているというよりも、ナティに弄ばれた体を自分で傷付けることで羞恥を帳消しにするかのよう。
すぐにシロが止めに入るが、それでもまた繰り返す。涙を流しながら必死に。
「そんなことしてなんになるんだよ」
「なんになる? アタシは体をいいようにされた。傷付いた体を傷付けて何が悪いの!」
「いいようにって。ナティは女だ。何も気にすることはない」
「同じ女だからこそよ。この悔しさは男にはわからないよ」
「だからって!」
「もうほっといて! アタシに関わらないで。王子が関わっていい存在じゃなくなったの。見ず知らずの同性に弄ばれて快楽に溺れてしまった幼馴染なんかと――」
「ふざけるな!」
フィリウスの頬を叩くシロは泣いていた。手を出してしまったことを謝罪するようにフィリウスを抱きしめる。
「離してよ! こんなアタシと一緒にいちゃダメ」
「うるさい黙れ。お前がどんなに突き放そうが離れてやらない。お前は俺の幼馴染だからな」
「アタシのことは忘れて。こんな傷物の女のことなんて忘れてよ」
「勝手に傷物認定すんな。そうやって自分を追い詰めてどうする」
「孤独になれば死ねるでしょ。誰にも邪魔されずに」
「死んでどうするんだよ。まだ十六年しか生きていない小娘め」
「アタシは変わっちゃった」
「そんなことはない、医者のお墨付きだ。お前は何も変わってない」
シロはフィリウスと再度目を合わせる。
フィリウスの目は涙で潤っていた。押し込んでいた辛さを溢れさせる。
「どうして……あんたは」
「幼馴染を元気付けられなくて王子ができるかよ。せっかくのオレンジ色が台無しだしな」
「幼馴染と王子。アタシとあんたは変わらないってことね」
「そうだ。他に変わりようがないだろう」
「ばーか。後退しないのはいいけど、進展しないのは嫌だ」
「進展?」
「そう進展。だってアタシは――」
「ああああ! もうすぐ約束の時間だ。これを破ると出歩けなくなる。悪いが話はまたな。お前は家で大人しくしてるんだぞ」
シロは、慌ただしくラバン家を出て行く。護衛の近衛騎士に挟まれ窮屈そうに。
「最後まで言わせる時間はあったでしょうに。空気が読めない王子だよ。今度会ったら言ってやるんだから!」
涙を拭いたフィリウスの顔に笑顔が戻る。
戦いではカザトやクーゴ、ムロには敵わないが、幼馴染の心に潤いを与えることができたのはシロだけだ。
「危なかったぁ。その場の雰囲気に流されるところだった」
シロは自分の胸に手を当てて冷静になると、笑みを浮かべるのだった。
* * *
ナティの姿は、近衛中央司令部・地下牢にあった。
手足を縛られただけでなく目隠しまでされており、さらに檻には結界が張られている。
結界の魔法の使い手はムロである。属性は火。燃え盛る壁に触れるものは燃やされる。
「熱いか? 悪いが絶賛結界中だ。迂闊に歩くと火傷じゃ済まないから気を付けてくれな」
「火の魔法を使っているわけ?」
「そうだ。結界張るの疲れるんだがなぁ。仲間がうるさくてよぉ」
「アッシ、死んだはず」
「死んだって自覚はあるんだな。だがてめぇは生きている」
「いったい何をしたわけ?」
「オレの武装石で君を蘇生したんだ」
「蘇生!? 何を素っ頓狂なことを」
「そんなに驚くことかぁ? 不老不死のために作ったんじゃなかったっけ」
「それは失敗したんだ。アッシは身を持って知ったさ」
「そうそう。不老不死は夢物語だ。老いず死なずなんざあり得ない」
「蘇生だってあり得ない! 絶対に!」
「残念ながらあり得たんだよなぁ。それがてめぇだ」
ムロが武装石を取り出す。無色透明なはずの武装石は虹色に輝いている。
「透明でも赤くもないだと!? なんだそれは!」
「こいつは、完成形武装石。てめぇが使った赤い武装石は、いくつもの武装石を合わせたことで限界を超えたもの。だが、この武装石は違う。一個の武装石に全ての属性の魔力を注入したものなんだ」
「血だけじゃなく魔力を注入したわけ!?」
「かなり苦労したんだ。ちょっと入れたくらいじゃダメなんだからなぁ。限界の限界まで魔力を振り絞って。オレだけじゃ完成しなかった」
「げ、限界の限界までって……そんなことをすれば!?」
「体にも負荷がかかる。下手すりゃ死ぬ。ちょっと魔法を使いすぎたとは違う」
「仲間にさせたの?」
「まさか。もっといい奴らが七人いたんで利用したまでだ」
「ま、まさか!」
「察しがいいみたいだなぁ。そうだ。てめぇの仲間に協力させたんだ」
ムロの目が鋭く光る。




