ヒラッと参上
東方司令部の取調室に座るヒラは不満げだ。
頬杖をついて催促している。何を催促しているのかというと、食事である。
「取り調べといえば飯だろう。どうして何も出ないんだよ」
「そんなものはない。どんなに催促されようが出さない。どうしてもっていうのならば自腹になる」
「ケチ。あたしの空腹は限界なんだっての。何か食わせろ馬鹿野郎おお」
「馬鹿は君の方だ。確かに君はヒイラギを救った。だが、同時に大勢の人に恐怖を与えた。救い方が問題なんだ」
「あんなヤバいのを野放しにしろってことかい。それこそ大間違いだね。あたしが殺さなきゃ大量の血が流れていただろう」
「まったく。ファルスが絶対王政で良かったな。君を裁くのは王だ」
「もしあたしを裁くってんなら、王も大した奴じゃないってことだ。お手並み拝見拝見」
「王を侮辱するとなれば別問題だが?」
近衛騎士が手を剣に伸ばす。
ヒラは悪びれることなく、拘束された両手を上げてみせる。
「こんな状態の乙女を斬るってかい。そいつは面白い。騎士道に反しないのかねぇ?」
「ちっ!」
剣から手を離した近衛騎士は、一枚の紙をヒラに差し出した。
「あん?」
「これに指印をしろ。それで解放してやる」
「なんのつもりだ?」
「指印で解放してやる、だ」
「わかったよ。どうしてもあたしを解放したいらしいねぇ。しょうがない。あたしの心が広くて良かったねぇ」
近衛騎士が朱肉を差し出す。
ヒラは朱肉を払い除けると、親指の腹を歯で噛み切ってみせた。
「なんのつもりだ!?」
「どうせならと思ってねぇ。朱肉に毒でも入ってたら嫌だし。あたしの血は良質だ。綺麗に押せる」
血が紙に染みていく。正真正銘ヒラの手によって。拘束を解かれ肩を回したヒラは、制服に目を落として青ざめた。
「だいぶ血に染まっている。それは捨てるしかない」
「あちゃー。二、三日で用意できるわけないか。これじゃ授業受けられないねぇ」
「入学の際に三着買うはずだが?」
「これが最後だったんだ。この制服は脆くてしょうがない」
「いったいどういう学園生活を送っているんだ」
「食って殴って食って蹴って食って殴って食って蹴って――」
「もういい、わかった。今回のことは学園にも伝わっている。学園が君に処分を下すのかまではわからない」
「停学かねぇ」
「それで済めばいいがな。退学もあり得る」
「そいつは絶対にない。学園はあたしを買っているんだ」
「こんなことを言うのはどうかと思うが、とても成績優秀には見えない」
「人は見かけによらないって知らないの? とにかく退学は絶対にない。あり得ない」
自信満々のヒラ。その表情は清々しいほど黒い。いったい何を企んでいるのだろう。
* * *
東方司令部から送られた亡骸を見たクーゴとメトイークは絶句する。肉は剥がれ骨は砕けた状態は、とても人間がやったとは思えなかったからである。
「オラでも引くぞ……これは」
「力うんぬんではない。こういうことができてしまう心が問題だわ」
「こりゃあわっかんねぇぞ。街を救ったことを考慮しても、重い処分を下されるかもなぁ」
「それがですね……ははは……停学でも退学でもないんです。予想の斜め上の展開でして――」
「ここが中央司令部ねぇ。近衛司令部ってのは堅苦しいってのは十分身に沁みた。早くシャバに出たい」
メトイークの言葉を遮るように言葉を発したのは、今回の功労者であり問題児でもあるヒラ。頭の後ろに腕を回して呑気に構えている。
「おめぇが噂のヒラか」
「もう伝わっているとは恐れ入るねぇ。その血だるまと一緒に送られたのはムカつくけど」
「血だるま、ですか。その血だるまにしたのはあなたでしょう」
「したんじゃない、させられたんだ。過剰防衛だとあたしを責めるかい。そいつはあんまりだねぇ、美人さんよ」
「び、美人さん!? 私が!?」
「おや、無自覚とは恐れ入る。さぞかしおモテと見受けるけど?」
「あなたの目は節穴のようですね。生憎、私にそのような浮いた話はありません。ありぃまぁせぇん」
眼鏡を曇らせ俯くメトイーク。両手に拳を作り不満を表す。
「おめぇも言うんだなぁ。オラの周りはそればっかだ。オラにはさっぱりわかんねぇ。メトイークのどこが美人なんかなぁ?」
クーゴは首を傾げて困り顔。自分がわからないことが、身近な人のことなので余計にである。
「伊達にあたしも女やってない。恋愛に興味はないがわかるんでねぇ。まぁ、頑張りな」
ヒラはメトイークの肩を優しく叩く。
メトイークは余計に落ち込んだ。年下に応援されることは嬉しいのだが、同時にそれが切なくなる。
「ま、いっか。で、ヒラの扱いはどうなってんだ」
「私の扱いを――いえ、ごほん! 彼女の扱いですが、クーゴ団長預かりの警護対象者となります」
「オラ聞いてねっぞ!?」
「今言いましたので当然です」
「マジかい。あたしを自由にしとく気はないってわけね。オーケーオーケー」
「余計なことをしなければいいだけよ」
「それは約束できないねぇ。あたし、血の気が多いもんで」
ヒラは不敵に笑ってみせる。
クーゴとメトイークは不安で仕方ないのだった。




