ヒイラギのヒラはクレイジー
ゴッツィズの出現に備え、ファルス国内の近衛司令部は警戒を強めていた。
自然に囲まれている北方司令部の騎士は、自然界で強く生きる動物と日々攻防しているため、他の地方の近衛騎士よりも耳が冴えている。地面に落ちた針の音までとはいかないが、草木のちょっとした音を聞き分けることができる。
他の大陸からの移住者や観光客が多いファルス東側にある東方司令部の騎士は、その土地柄、人を見る目が鍛えられている。少しでも不審な動きをする者がいれば、すぐさま反応できる。
国内でも食文化が栄えた西側にある西方司令部の騎士は、味覚と嗅覚の訓練を受けさせられている。そのため、人よりも味覚が鋭く、とても味にうるさい。毒が食事に盛られてても、鍛えられた味覚と嗅覚で回避できる。
ファルスの中でも気温が高い南側にある南方司令部の騎士は、剣だけでなく、銃や弓なども扱えるよう訓練されている。他の司令部では行われていない。騎士道に反するという意見が出ているからだ。
「殺す。殺す。殺す」
体を赤く染めた大柄の男性。黒いローブに身を包む者――ベオ。
ファルス東の街――ヒイラギに身を隠している彼の目は血走っている。獲物を狙う獣のようだ。
「どいつから殺す」
ヒイラギは若者が集まる街。魔法と魔術を伸ばすための学校がファルスで唯一あるのだ。ファルスでは一般的に自宅学習のため、他の地方には作られていない。
ベオは、一人で歩いている眼鏡をかけた少女に狙いを定め魔力を高める。全身の筋肉と血管が浮かび上がり、体からは蒸気が噴出。地面に手足をついたかと思えば、常軌を逸した速さで少女に近付く。
「殺す!」
口を大きく開き肩を狙う。歯は牙のように尖っており、一度突き刺さればひとたまりもない。
だが、そこでベオに予期せぬことが起きた。突然視界が奪われたのだ。両目を激痛が襲う。赤い武装石で人間を超越したはずなのに。
「うげぇー。マジでマジのマジマジかい。噂も馬鹿にできないったらありゃしない。目潰しくらいには使えるだろうと持ってて良かったねぇ。木剣も馬鹿にはできないってもんだ」
「痛い痛い痛い! 痛いことした奴は誰だ!」
「襲ってきた奴がよく言う。相手を痛い目に遭わせようとするくせに、自分が痛い目に遭うの嫌だってのかい。そいつは虫が良すぎってやつだ」
「誰だ!」
「名乗りたくないっての。なんでわざわざ死に沼に片足突っ込まなくちゃいけないんだい。そんなのお断りだね」
「名乗らない。殺す」
視界が奪われたとはいえ、聴覚と嗅覚が鋭敏になっているベオには関係ない。音と匂いで確実に狙いを定め飛び掛かる。
「しつこいねぇ。あんたみたいなの趣味じゃないんだ。力で全てを支配しようとするようなことしかできない奴はお断りしてるんで。周りの迷惑になると面倒だ。一気に終わらせる」
少女は眼鏡を外す。肩ほどに伸ばした黒い髪を殺気で靡かせ、木剣を力強く握り飛び上がる。
ベオは音で判断して頭上を見上げる。一度体勢を低くし、勢いよく飛び上がった。だが、それは間違いであった。
「うが!!」
視界を奪われたため、何が起きているまではわからない。それがベオの命取りとなってしまう。頭に強烈な一撃を喰らった後、体勢を崩したところを狙われ首と胸を素早く突かれた。
少女は笑っていた。この状況を楽しんでいるかのように。それは愉快なものではない。第三者から見れば、恐怖の対象に映ってしまうものだ。
「殺すってことは、自分が殺されても文句は言えないよねぇ。あんたは殺し甲斐がありそうだ。この木剣を血で染めるのが夢だったんだ」
「殺――」
「やーはっはっはー! 何言ってるかさっぱりきっぱりお断りー! 先にケンカ売ってきたのはあんただ。買ってやったんだから感謝感激雨あられだろうが!」
肉をえぐり骨を砕く音が響き渡る。
ベオの声は聞こえない。聞こえるはずもない。もう息絶えているのだから。
「うひひぃー! 超久々の人間サンドバッグ。血、血、血! もっともっと出てこいってのおおおお!!」
聞こえてくるのは少女の興奮。指を差して笑えるものではない。第三者から見れば、どちらが元凶かわからないくらいの惨状。
ヒラ・クレイジー、それが少女の名前だ。現在十六歳。ファルス唯一の学校の制服は純白なのだが、すっかり黒血に染まっていた。
周りの人たちは誰一人として近付こうとはしない。いや、できない。関わりたくない。二人から逃げるように走っていく。
「はぁ、はぁ。まだまだ足りないけど、木剣が折れちゃったねぇ。拳で殴ってみるとしますか」
「そこまでだ! 近衛司令部まできてもらう」
「なんで? ヒイラギを救ってやったのに」
「救い方が問題なんだ。君はやりすぎた」
近衛騎士に拘束されたヒラは、ベオの亡骸と共に東方司令部へと連れて行かれる。しかし、ヒラは喜んでいた。近衛騎士が移動に用いる道具でワープできたからである。若さ故の、なのだろう。




