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フィリウス・ラバン

 ラバン家は花屋を営んでいる。ベルリスには何件もの花屋があるがラバン家は特別。その理由は単純で集客に繋がっている。

 王城から歩いて十数分。シロの表情は浮かないまま。心臓の鼓動が激しいのがわかり深呼吸。


「早くしないのぉ?」


「わわわ……わかってるって」


 シロの隣にはルリの姿がある。厄介な気配とはルリのこと。シロはルリを何度も横目でちらちら見ながら、震える指で呼鈴を鳴らす。

 すぐに二人を一人の少女が出迎えにきた。肩まで伸びたオレンジ色の髪と瞳は花のように綺麗だ。


「今日()ルリさんと一緒なんだ」


「あらあらぁ? 私が一緒だと都合が悪いのかしらぁ?」


(ヤバい! マジでヤバい!)


 シロが難しい顔をし、足早に王城を出た理由――それは姉と幼馴染の相性が合わないからなのである。一人でくるつもりでいたのに結局姉を巻ききれず気が重くなっていた。


「いえいえ。ユグドラシル様にはうちの花を贔屓(ひいき)にしていただけているのです。都合が悪いなんてとんでもない」


「そうよねぇ。とても素敵なお花を売っているだものぉ」


「「ははは……うふふふふ」」


 表面的には笑顔なものの明らかに歓迎の空気を二人が発していないことに気付いたシロは後ずさり。ゆっくりゆっくり静かにその場を去ろうとする――が。


「せっかくだから上がってって。おいしい紅茶を常連さんからもらったの」


「あらぁ。シロ、せっかくのお誘いだし甘えよぉ」


「へっ!? し、しょうがないなぁー」


(だれかたすけてええええ!!)


 シロの気はさらに重くなる。二人の顔を恐怖から直視できない。促されるがままにリビングへと通される。


「まぁまぁ座って座って」


 リビングはくつろぎの場のはず。しかし、座り心地抜群のはずのソファーに座っても全く落ち着けないシロ。手には汗が噴き出している。

 ルリは対照的に涼しい顔をしている。黒い髪を指先でいじり大人の余裕を見せている。


「シロ、感謝はぁ?」


「そそそ! かんしゃかんしゃ!」


 震える手で母から持たされたチョコレートを差し出す。今のシロの頭は髪のように真っ白。


「感謝? いったいなんの?」


「ひごろの、らしい」


「へぇ。わざわざありがとう! ささ! 紅茶飲んで」


 紅茶は綺麗に()んでいる。しかし、紅茶を覗きこむシロの表情は曇ったまま。むしろ悪化している。

 一口二口と飲むが味わえない。味わう余裕が全くない。


「もってきたのはチョコレートなんだ。こうちゃにあうんじゃないかぁ?」


 どうにか誤魔化そうとチョコレートを食べるよう提案。助けを求めるように手を伸ばし口に運ぶ――が。


「うぐぅ!?」


「このチョコレート、ビターねぇ。シロ、苦いのダメだったのよねぇ?」


 助けを求めたはずが追い討ちをかけられてしまった。紅茶を飲んで苦さを中和しようとするが、その紅茶も苦い。

 シロは幼馴染に目配せする。幼馴染はシロの好みをよく知っているからだ。


「……ふんっ」


(んな!?)


 シロの目配せに気付きながら目を逸らす。明らかに拒絶している。むすっと頬を膨らませてもいる。


(こんちくしょう!)


 気合いで苦みを呑み込む。小さくなったシロは八歳。さらに苦みには弱くなっている。目に涙をいっぱい溜めているさまは子どもそのものだ。


「偉い偉い。ご褒美にえーい!」


「……ごふ!? ほぐぅ……ほぐぅ!!」


 ルリの胸に顔を埋められるシロ。まさか幼馴染の家でもやられるとは思ってもみなかった。


「姉弟仲が良くてよろしい。羨ましい。でも――」


 シロの幼馴染――フィリウス・ラバンは、誰にも聞こえない声量で「むかつく」と呟いてオレンジ色の髪を指先でいじる。髪と同じオレンジ色の瞳でシロを見つめながらチョコレートに手を伸ばし口にする。


(……苦い)


 口に広がる苦みに顔をしかめる。シロに要求されても出さなかった砂糖を紅茶にこっそり投入。甘くなった紅茶を口に含むことで心を落ち着ける。

 目の前で繰り広げられるシロとルリの美しき(?)光景。羨ましいというのは本心ではあるが、それは同時に悔しさでもある。姉や弟が羨ましいわけではない。


(どうしてアタシはこうも不器用なんだ)


 シロとは生まれてからの幼馴染。いつも一緒にいるのが当たり前で、それはずっと続いていくものと思っていた。だがそれは甘い考えであったことをフィリウスは痛感している。

 幼馴染とはいえシロは王子、フィリウスは庶民。身分の格差は覆らない。個々の感情では埋めようのない現実が存在しているのだ。


「ふふふ!」


「ほぐぅ……ほぐぅ……!!」


 王子が幼馴染というのは絶対のステータスなのか。はたまた足かせになるのだろうか。なんにせよ一度芽生えた気持ちはそう簡単には消せない。現実を頭では理解していても。


「……ごほん! アタシの目の前でいちゃつくのは遠慮してくれない。そういうことは自宅でどうぞ」


 フィリウスにとって精一杯の抵抗。それで空気が壊れようが構わない。どれだけ望んでも自分にはできない芸当をやってのけるルリへの抵抗。


「あらあらぁ。ちょっと見苦しかったぁ? 私、シロと一緒にいるだけで嬉しくて嬉しくてぇ」


「くるしかったのはぼくのほうだ! しぬかとおもったぞ!」


「あーあ。今の発言は、世の男性を敵に回すよ。ルリさんの胸に憧れている人がどれだけいるのか知らないの?」


「そんなのしるわけないだろう。だいたい、ねえちゃんによくじょうしないしな」


「よく言うねぇ。なんだかんだ楽しそうに見えたけど」


「それはごかいだ。いいかげんにやめてほしいとおもっているのに」


「それは残念。お姉ちゃん悲しいぃ」


「かってにかなしんでいろよ。ぼくはかなしくない」


「あんたは贅沢だ。こんなに美人な姉がいるのに。男性の憧れの胸を好き放題にできるのに」


 フィリウスはルリの胸を凝視する。ちょっと動くだけで揺れる胸に憧れているのは男性だけではない。女性もまた憧れている。フィリウスも例外ではなく、憧れと嫉妬の眼差しを向けている。


「それが残念なことにぃ、シロの理想はちっぱいらしいのぉ。ちっぱいが大好きらしいのぉ」


「だ、だれもそんなこといってない! かあさんがいっているだけだ」


(ちっぱい!? シロは小さい胸が好きなの!?)


 フィリウスが自分の胸に触る。僅かに膨らむ胸が憎くて仕方のないフィリウスに思いもよらない情報がもたらされた。

 今一度髪をいじる。シロにルリと比較されるのが嫌で切った髪を。髪質には自信があり、ルリに劣らないと自負している。


「ホント贅沢な王子だね。王子ってだけでも贅沢だってのに」


「ぜいたく? ぼくはなんともない」


 シロは顔を赤くしている。少なくとも恥ずかしいことには違いない。

 フィリウスは砂糖をシロに差し出した。ルリに負けているところが強みだったことが判明したからである。


「紅茶飲んでよ。砂糖入れたかったんでしょう?」


「なんだよ? きゅうに。ありがたくつかうけどさ」


「べーつに。気が変わったの」


 フィリウスは紅茶を口にする。砂糖を足していないのに甘さが増した気がして笑みをこぼす。乙女心は気紛れである。


※ ※ ※


 ラバン家を後にしたシロとルリは、王城に帰るや自室に入る。シロは精神的な疲労が溜まってくたくた。ベッドに体を預けるとすぐに眠りに入る。

 ルリは全く疲れた様子はなく、机で本を読んでいた。何度も読んでいるが飽きていない。内容は恋愛小説。


「何度読んでもいいものねぇ。憧れちゃうぅ」


 机に置いている写真に視線を移す。

 家族全員で撮っているものが一枚とシロとのツーショット写真が一枚。ルリはツーショット写真を手に取り優しく見つめた。

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