赤い髪のムロ
フィリウスは、一人の客に心を奪われていた。
高鳴る心臓に手を当て、「これは恋!?」と顔を赤らめる。髪をさっと整え、接客モードに。
「いっ、いらっしゃいませぇっ!」
声は上擦り、笑顔はぎこちない。口角を無理に上げているのがバレバレ。目も泳いでしまっている。
客は花を数種選ぶと、フィリウスに包んでほしいと頼む。
赤い髪を軽く上げ、黒のワイシャツとズボンというシンプルな格好。ワイシャツのボタンを三つ開けている見た目とは対照的に、赤い瞳は少年のように輝いている。
「ファルスどころか、火の大陸そのものが久々だ。やっぱ気持ちいい」
「どこの大陸からきたんですか?」
「水だ。他の大陸と比べて、水の大陸は寒くて困る。気を抜いたら死ぬ」
「そんなに寒いんですか!?」
「ははは! 少々大袈裟だったかも」
「もうっ、からかったんですねっ」
客に花束を渡すフィリウスの顔は、さらに赤くなっていく。体温が上がっているのを実感する。花束を渡す手が震えてしまう。
「大丈夫か!?」
「はっ、はいっ! なっ、なんだろうなぁ~!?」
「初心を忘れないのは大事だ。何事も、慣れて油断すると危ない」
「痛いですね。時々、常連さんには気を抜いて接客しちゃうので」
「それでもくるのが常連だ。こんなに素敵な看板娘がいるんだ。花は、看板娘に会うための口実だったりしてねぇ」
「お客さん、上手です」
「オレの名前は、ムロ。しばらくファルスにいるから、また寄るかも。じゃあ」
「はい。お買い上げありがとうございます!」
フィリウスの目に映るムロの背中。
シロとは違う魅力に自然と惹かれていることを自覚すると、首を左右に振り払う。
買った花を鼻に近付け匂いを嗅ぎながら、ムロが向かった先は近衛司令部。門の前で呼吸を整え、一歩踏み出す。
「止まれ。部外者を通すわけにはいかない」
近衛騎士の制服を着た門番が凄む。ムロよりも頭二つ高いため、かなりの威圧感。
「かったいこと言わない言わない。この花束を渡すだけなんだ」
構わず門を通ろうとするムロだが、門番に腕を掴まされてしまい困惑。作り笑いでやり過ごそうとするが通用しない。
「花束に何を隠している?」
「そりゃないぜ騎士さんよ。疑ってばかりじゃ肩凝るよ?」
「安心しろ。肩は丈夫だ」
肩の丈夫さを伝えるために、ムロの腕を振り回す。
簡単に吹き飛んだムロは地面に転がってしまい、その拍子に花束が地面に落下。ムロにしか目がいっていない門番は、意図せず花束を踏んでしまった。
「ああああ!」
「おや失敬。悪気は――」
「なに踏んづけてるんだ! 馬鹿野郎!」
「うぐぅ!?」
花束を踏まれたことにブチギレ、反射的に門番の顔を殴るムロ。相手が近衛騎士だろうとお構い無し。鋭い目付きで鬼気迫る。
「どうしてくれやがるんだ! 大事な花の落とし前、どうするんだ!」
「お……落ち着け。このままではお前が不利だ」
「けっ! そういう脅しに屈する気はないんでね。王だろうと恐かない」
馬乗りになり拳を見せるムロ。自分が納得できなければ、問答無用で殴ると威圧する。
「こっちも脅しには屈しない。花をダメにしたのは謝る。だが、疑わしき者を中に入れるわけにはいかない」
「ほーん? じゃあいいな? オレの気が済むまで殴らせろ」
拳に息を吐き合図。カウント代わりに拳を振り上げる。
門番は覚悟を決めた。殴る方はどうかしていると思いつつも、自分にも非があったと後悔。
ムロの拳が振り下ろされる。当たれば痛いじゃ済まない勢いで。当たれば、だ。
「司令部前で乱暴とは。お前、いい度胸してるじゃないか」
ムロの拳は止められた。剣の鞘によって。欠伸をひとつして呆れ顔のカザトによって。
「邪魔すんじゃねぇ!」
「邪魔じゃない。ただの眠気覚ましだ。今日は無性に眠くてたまらん。憂さ晴らしなら、俺が代わりに受けてやるよ」
「何者だ?」
「カザトだ。言っておくが、俺は近衛騎士じゃない。ちょっとした剣士だ」
「そんなことはどうでもいい。オレの拳を受け止めたことに変わりはない」
近衛司令部の門前で向き合う二人の男性。
白と黒という対照的な色のワイシャツに袖を通した両者が構える。
剣と拳という対照的な武器を持つ両者が睨み合う。
「「!!」」
互いの殺気を感じて踏み込む。剣と拳をぶつけ合い、まさに火花を散らそうかとなった瞬間――。
「両成敗だっぞぉ!」
カザトの剣とムロの拳を簡単にいなして涼しい顔をする男性。ボサボサの黒い髪と、腰に巻いた制服が特徴的なクーゴである。
「クーゴ!?」
「カザト、門前はダメだぞぉ。街の人が恐がったら困っぞぉ」
「な、なんだ!?」
「おめぇもだ。なんでもかんでも暴力で解決ってわけにはいかねぇ。話は聞いてやる。どうしても戦いたいってんなら、オラが相手になっぞぉ」
騎士団長としての凄み。圧倒的な威圧。普段の能天気な姿からは想像できない頼もしさ。
クーゴの普段を知らないムロでさえ爪を引っ込めた。泣く子も黙るほどの鬼気を前に。




