覚悟の風
カザトの頷きを受け歩を進めるシロ。
右の瞳は金色、左の瞳は緑色。両目でしっかりとライズを捉え左手を翳す。
「ふきとべ」
左手から風が放たれライズを壁に叩きつける。
ライズの黒い仮面が攻撃の衝撃で割れる。仮面の下から現れた素顔を見たシロは苦悶の表情を浮かべた。
「丈夫な仮面が割れただと!?」
「ざんねんだよ。うそだとおもいたい。それがほんとうのすがたなんだね」
シロの瞳は悲しみに揺らぐ。永遠の別れよりも辛い現実に胸を締め付けられる。
カザトはライズを見て目を見開いている。目の前で、にわかには信じられないことが起きている。シロがどういうわけか生きていることにも驚いているが、それ以上の驚きに襲われているのだ。
「俺は夢を見ているのか!? 驚きがすぎるってもんじゃないぞ」
「勝手に俺を死亡扱いして何を言う。とんだ奴に狙われはしたが問題なかった。血を抜かれたのは気に入らんが」
「……血を抜かれた、か。今まで身分を偽っていたようだが、どうやら本人らしいな。生きているのだから喜ぶべきなんだろうが、そんな祝い気分にはなれない」
「ライズってなまえだったんだな。はじめてしったよ。いつもさえないひとのままでよかったのに」
「冴えない? 能ある鷹は爪を隠すもの。そっちが勝手に思っていたにすぎない」
「ライズ、どうやって司令部を抜け出した? そう容易くはないはずだ」
「いいや容易かった。仮面をしていても気にもされない。どんだけ気が抜けているのかと笑ってしまった。俺の遺体も見抜けないとは情けない」
「もう、ぼくやねえちゃんにやさしくしてはくれないんだね。あのえがおをみせてはくれないんだね」
「優しくだと? 勘違いされては困る。あれは敵を油断させるための演技。ただの作戦だ」
「そうか。あらためてだんげんされるとへこむ。はぁ、わかったよ。かくごをきめた!」
いつも自分を気にかけてくれた近衛騎士の姿が脳裏に浮かぶ。殺されたと知ったときは深く悲しみ、心からの冥福を祈った。
生きていたことは嬉しくても、近衛騎士を、正義を、優しさを捨てて悪へと染まったのなら話は別。王族への殺意は本物で、そのために無差別の殺しも辞さないというのなら止めなければならない。シロは心を鬼にする。
「俺を殺せると? 自信過剰な王子だ」
「ぼくはおうじだ。だけど、それいぜんにおとこだ。おんなのこをきずつけられてだまってられない」
「傷付けた? 殺したの間違いだろう」
「かってにころすなよ。リミリアはいきている」
シロは、両方の掌に風を集めて大きく腕を振る。風は緑色に染まり、剣の形になった。
「無駄だ無駄だ。俺を細切れにしようと無駄だ。俺の体は再生するからな」
「いきているからだろう? おまえはふしじゃない。しなないわけじゃない」
シロが風の双剣を構え突っ込んでいく。八歳の体で剣を振るうことができないはずなのに、もっと高難易度の双剣を扱えるのか。疑問はすぐに振り払われた。
ライズが体を硬化して防御をとる。カザトの気衝閃を難なく防ぐほどの頑丈さを誇るのだ。その顔に不安など微塵もない。攻撃を受けるまでは。
「な……に……!?」
簡単に切り落とされた腕。クーゴの命懸けの雷速拳を受けても折れただけの腕がぽとり。切り口は血塗られている。目の前のことが嘘ではないことを物語る。
「すきあり!」
「ぐっ!?」
痛みを感じ下を向く。地面との距離が近いことに気付く。そう、上半身しかないのである。横を向くと、無惨にも倒れている下半身が。ライズの顔は恐怖で強張る。
「ぼくのくびをおとしたくせに。なんとまぁなさけないかお。はやくさいせいしなよ」
無敵の盾が破られたことに気が動転してしまい再生を忘れていたライズは、シロに言われるがまま再生を試みるができない。それどころか、氷化することもできない。
「な、なぜだ!? 何もできない!」
「じぶんにとってありえないことがおきたとき、ふつうでいることが、いちばんむずかしいんだ」
「だ、だったらなんだ! ちょっと気が動転しただけだ。こんなものすぐに――」
もう一度再生を試みる前に、無敵の盾で守られていた心臓が貫かれた。口ほどに物を言う目は開いたまま、恐怖に震えていたこと伝えてくる。
「いっただろう? かくごをきめたってさ」
シロは、風の双剣を解いてライズの目を手で閉じる。今度こそ間違いなく死んだのだ。シロの心は複雑である。何が正解だったのかはわからない。
「シロ、大丈夫なのか?」
「いきているんだから、だいじょうぶなんだろう」
「リミリアのことは……その……」
「カザトにいちゃんまでかよ。かってにリミリアをころすな」
「お前の気持ちはわかるが、残念だが生きちゃいない」
「じゃあ、ほんにんにきいてみようか」
床に倒れているリミリアの柔らかな頬をぺちぺち叩くシロ。朝寝坊している妹を起こす兄のように。
リミリアの指が動く。腕が動いて足が動く。色々動かし体を起こす。何もなかったように。
「終わったの?」
「おわったよ。ぼくもぶじだ」
「良かった」
「よかないよ。こっちはこっちでたいへんなんだ」
「大変なの?」
「たいへんだ。ライズをたおすよりもずっとな」
シロから灰色と緑色が消え、いつもの姿に戻る。
カザトは首を傾げながら、苦しそうにしているクーゴに肩を貸す。
「クーゴが危険だ。早く処置しないと命が危ない」
「まって。ぼくがなおす」
「はぁ!? 冗談を言っている場合じゃないぞ」
「じょうだんじゃないよ。はやく!」
クーゴの胸にシロが手を当てる。手元が一瞬緑色に光ったと思いきや、シロは手を離した。
「おぉ! こいつはすっげーぞ!! あんなに苦しかったのが嘘みてぇだ!!」
「それはよかった。ぼくのためにたたかってくれたことはうれしいけど、それでしんじゃったらこまる。わざ、できればやめてほしい」
「考えておく。それよか驚きだぞぉ。てっきり死んじまったかとばかり」
「ぼくもしんだとおもっていた。だけど、たすけがあったんだ。かぜのせいれいの」
「風の精霊!? それは本当かぁ!? 会ってみたかったぞぉ」
「あっさり信じるのかよ! 俺は信じられないぞ」
「助かったのは確かじゃねぇか。オラは信じっぞ!」
「はぁ、まぁいいか。で、リミリアの方の説明は?」
「かぜのせいれいがいってたんだ。リミリアは、ふろうふしだって」
「不老不死だと!? それこそ信じられないぞ」
「カザトは頑固だぞぉ。信じてやるのも大人の務めなのに」
「お前は簡単に信じすぎだ。うー! 俺が一番驚いてないか!?」
「あたまがかたいからだ」
「頑固頑固」
「納得できないぞ。すっごく納得できない。頑固だからで納得できるかー!」
カザトは納得できず落ち着かない。シロとリミリアが助かったことは素直に嬉しいのだが。精霊やら不老不死を信じろと言われて信じられれば苦労しないのは確かである。




