夢と体質
いくつもの大陸が連なる上空で不敵な笑みを浮かべる者。灰色の髪と瞳は見るものに威圧感を与え、体から溢れる灰色のオーラは恐怖を与える。
赤、青、緑、黄の四色のオーラを放つ者たちが、灰色のオーラと向かい合う。人の姿をしているが人ではない。この世界を人知れず見守る精霊である。
「精霊風情が……無に……還れ……!」
「「「「悪魔ああああ!!!!」」」」
灰色のオーラは世界を――星を包む。曇り空とは明らかに違う灰色の空。
精霊たちは灰色を拒む。四色のオーラを一つに合わせて押し返す。もう一度青空を取り戻すために。
※ ※ ※
「……またか……」
シロは目を覚ました。不思議な不思議な夢を見て。悪夢なのは間違いないという直感。もう何度も見ている夢。毎回、正夢にならないよう祈っている。
まだ寝起きで回らない頭にこびりついている夢の残像を振るい払いベッドから出る。一人で使うには広すぎて十分すぎる部屋に置かれた鏡の前に立つ。
「……またかぁ……」
鏡に映るシロは幼かった。
後ろで束ねるくらいに伸びていた髪は肩に届くかといったところ。細めなくても鋭い目付きは大きく優しいものに。
着ていた服は当然ダボダボのためさっさと脱ぐと、クローゼットにしまってある子供服を取り出して着た。
「ちっともなれないなぁ。ぼくのたいしつらしいけど」
納得よりも諦めが先にくる。自分ではどうすることもできない体質に悩んでいる。悪い夢なら覚めてほしいとシロは思っているのだが。
リビングに向かうべく扉を開けた瞬間、シロの顔が柔らかいものに埋まる。すぐさま逃げようとするものの、小さくなった体を抱きしめられて動けない。
「起きていると思ったぁ。ショタモードも可愛いよぉ」
「ほぐぅ……! ほぐぅ……!」
精一杯力を入れて抵抗するが効果なし。次第に息苦しくなって意識が遠のいていく。
「静かになっちゃったぁ? そんなに私の胸が寝心地いいのかなぁ?」
ルリの柔らかな手がシロの頭を撫でる。
(……ヤバい……!)
遠のく意識を気合いで呼び戻し誘惑を振り払う。
ルリにうんざりしていることを思い出し急いで離れる。呼吸を整えて目の前にいる姉を見上げた。
「からかうのはやめろ!」
「からかうだなんてとんでもない。可愛がっているんだよぉ」
「どっちにしてもだ! ぼくは……お……ぼくは……おとななんだ!」
子どもが大人だと言い張っているようにしか見えない。どんなに威勢を張っていても説得力はゼロである。
ルリは「あらあらぁ」と黄色い声を小さく吐いてシロを抱きしめる。さっきよりも優しく子どもをあやすように。
「や、やめろってぇ!」
「照れないでいいんだよぉ? うふふ」
「……ほぐぅ……ほぐぅ……ぐぅ」
シロは抗うのをやめた。抗うだけ無駄だと察して諦めた。
ルリは、そんなシロの心情に気付く様子はなく頭を撫で続ける。優しい姉の愛は、今の弟には重すぎて苦しい。
しばらくシロを抱きしめていたルリであったが、何かを思い出したのかそっと体を離す。
「ねえちゃん?」
「そうそうぉ。母様が言っていたのだけれどぉ……シロに頼みがあるってぇ。何だろうねぇ?」
「それをはやくいってくれよ!」
ルリの能天気に呆れつつリビングに急ぐ。
体が小さいため、移動するにも時間がかかる。しかしながらどうにもならない。
「……っと。かあさん、たのみって?」
「なんだい息を切らして……そういうことね。いまだに慣れないの?」
「なれたくないよ。なれなきゃふべんなのはわかっているけど。それよりもぼくにたのみって?」
「ラバン家には色々と世話になっているからね。日頃の感謝にチョコレートを贈ろうと思ってね」
王家とて近所付き合いは重要である。いや、王家だからこそ重要なのである。近所付き合いを制せずに国を制することなどできないだろう。
ラバン家とはシロが生まれてからの付き合い。ママ友とでも言うのだろうか。子ども同士が繋がれば自然と繋がるものである。
「それとぼくのかんけいはなに?」
「お前にチョコレートを届けに行ってもらいたいの。外に出かけたがっていたでしょう? ちょうどいいじゃないの」
「ラバン……かぁ……」
う~んと難しい顔をして悩むシロ。せっかくの若々しい姿が台無しだ。
「嫌なの?」
「いやとかじゃないんだ」
「ケンカでもしたの?」
「してない。なんとなく気乗りしないだけなんだ」
「そんなことじゃ、この先大変。軽い気持ちで構わない。遊びに行く気でいればいい。そんなに緊張する相手ではないでしょう?」
「……わかった。ぼくだけでならいく」
「それじゃあお願い。ちゃんと周りを確認して気を付けること。知らない人には付いていかないこと。着いたらきちんと挨拶をすること。それから――」
「じゅうろくさいにいうことじゃないだろう。そこまでしんぱいされるとしじゃない。じゃあいってくる」
母からチョコレートを受け取ったシロは足早に王城を出る。なぜ足早に出たのか。それは、もうすでに厄介な気配に気付いていたからだ。