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変わり方

 近衛騎士殺人事件の衝撃はすさまじく、街を歩く近衛騎士の顔が強張る日々が続いていた。事件そのものは解決しても、一度生まれた恐怖は簡単に消えるものではない。


 いつも王城から抜け出すことを考えているシロだが、ここ数日は違っていた。あれほど嫌がっていた勉強と稽古に真剣に取り組んでいる。

 教える身としては嬉しいはずなのだが、ハヤもカザトも嬉しさより恐怖が先行していた。


「シロ、そろそろ休憩に――」


「集中してるんだ。俺のことは気にせず休んでいいよ、ハヤ姉ちゃん」


 シロの部屋から出たハヤは膝から崩れた。糸が切れた人形のように。

 カザトはハヤに手を差し伸べる。カザト自身の表情も困惑していた。


「弟子がやる気を出してくれたのは喜ぶべきなのにな。どうも調子が狂うよ」


「私もだ。私がちょっとからかうと、シロも負けじと私をからかうのがお約束なのに、ちっとも反応がないのだ。からかっても楽しくないのだ」


「事件がきっかけなのは間違いない。生きている人間の責任を果たそうとしているのかもな」


「シロには何の責任もないのだ」


「理屈じゃないんだろう。勉強も稽古も死んだらできない。生きているのにやらないのは死者への冒涜だと思っているのかもな」


「先生でもわからないのか?」


「その言葉、そのまま君に返すよ。耳が痛いだろう?」


「耳だけじゃないのだ」


 ハヤは胸をぎゅっと押さえる。年上で先生なのに何もできないことが苦しくてたまらない。

 カザトはポケットから石を取り出す。ただの無色透明な石にしか見えないが、男性が言っていた通り、とても珍しい石であることが判明した。


「それは?」


「水の大陸で発見された石だ。騎士殺しの犯人が義手に埋め込んで使っていたんだが、こいつがちょいと厄介な代物でね」


「ただの綺麗な石にしか見えないのだ」


「だろう? ところがどっこい。すでにこの石には一人分の血が入っているんだ」


「血ーぃ!?」


 ハヤは驚きでまた崩れた。カザトに手を差し伸べられても掴めない。血という言葉に弱いらしい。


「驚くのはまだ早いぞ。この石は魔法の増幅器にもなるんだ」


「それはすごいのだ。けど素直に喜べないのだ」


「血を吸われた本人が一番喜べないだろう。安らかに眠れやしないはずだ。だから俺、この石と共に戦うと決めたんだ。少しでも供養になればなってね」


「カッコいいこと言うじゃないか。さすがは元・近衛騎士。元を返上するつもりはないのか?」


「これっぽっちも。組織が堅苦しくて嫌なことに変わりはない。そっちこそメイドに戻ろうとは?」


「これっぽっちも。客観的に見れば見るほど大変なのがわかる。私には先生が合っているのだ」


「じゃあ立とうぜ先生。肩の力を抜くことの大切さを、可愛い教え子に教えてやろうじゃないか」


「そうだな。無理やり詰めてもしょうがないのだ」


 カザトとハヤが扉を開けて部屋に入る。

 シロは机に突っ伏して寝息を立てていた。


※ ※ ※


 我が物顔で世界を作っている人間が憎くてたまらない。優れているのは認めても、最強だとは認められない。

 悪魔の死に際の走馬灯は、喜怒哀楽を見せつけている人間の姿でいっぱいだ。憎くてたまらないはずなのに。


(世界は万物全てに与えられた箱庭のはず。なのに人間は強欲の限りを尽くし世界を掌握した。人間のエゴで世界は変わった。いや、変わってしまった)


 悪魔は命の欠片を掌から大地に放つ。最期の悪あがきというやつである。灰色の髪を数本抜いて撒き散らす。


(人間を……いつか……必ず)


 体が消滅していくのを実感しながらも野心を消すことはしない。灰色の瞳に映る青空を睨み付けながら消えていく。命が尽きる最期まで悪魔らしく。


※ ※ ※


 シロが起きた頃には夕方になっていた。

 机に置かれたままの課題を視界に捉えて目をパチパチ。自分が寝落ちしたことに気付き部屋を飛び出す。


「姉ちゃん!」


「そんな大声を出してどうしたのぉ?」


「カザト兄ちゃんとハヤ姉ちゃんは!?」


「とっくに帰ったよぉ。課題は明日見るって」


「やっちまったああ! どうして寝落ちなんかああ!」


「そんなに自分を責めちゃダメだよぉ。シロは頑張りすぎていたのぉ。体が休みたがっていたんだよぉ」


「俺に休んでいる暇なんてない。俺は俺にできることをしなくちゃいけないんだ。それが俺の罪滅ぼしなんだ」


 髪を掻き乱ししゃがむシロ。眠気覚ましに頬を叩いて立ち上がると、ルリに背を向ける。

 ルリの目に映るシロの背中は、ここ数日で大きくなったように見える。でも頼もしさは感じられない。見れば見るほど寂しさしか感じられない。


「シロ!」


 後ろからシロに抱きつくルリ。寂しさしか感じられない背中を温めたい気持ちがそうさせた。

 シロは目を見開く。いつもなら必死に抵抗して逃げ出そうとするが、今は全く逃げ出したいとは思わなかった。それでも行動に移す。素直になってはダメだと自分を追い込む。


「離せって」


「ダメ。絶対に離さないよぉ」


「今は、姉ちゃんのおふざけに付き合っているわけにはいかないんだ」


「ふざけているつもりはないよぉ。私はいつも本気。弟のことが好きでたまらないお姉ちゃんなのぉ」


「姉ちゃん!」


「お願いシロ! そんなに自分を責めないで! 事件のことで責任を感じているみたいだけど、事前に騎士さんが狙われることを知っていたとしてシロに何かできたわけ? 何もできなかったでしょう? 私だって何もできなかった」


「俺は王子なんだ。なのに守られてばかりだ。俺たちは守られてばかりでいいのかよ!」


「王子だから守られているんだよ。この国の未来を託せるにふさわしい人になってもらうために。お父様の跡を継げるのはシロだけなんだから」


「俺、ちゃんと生きなきゃって思ったんだ。だけど苦しくなっちゃってさ。自分自身を偽っているみたいで」


「シロはシロなんだよぉ。それを無理して変えたところで苦しいだけ。変わるなら、苦しまずに変わるべきなのぉ」


「苦しまずに変わる、か」


「わかればいいのぉ!」


「うぐっ!? くりゅ……しぃ」


 ルリの愛の抱擁を受けて苦しむシロ。さっきまでの息苦しさとは違う苦しさに体をバタバタ。それでも嫌な気はしない。それは慣れなのか、愛なのか。それは本人にしかわからない。

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