古巣
近衛騎士たちが慌ただしい。誰もが眼光鋭く街中を警戒している。
もっとも警備が厚いのは王城周辺。ネズミ一匹通さないという意気込みで構えている。
なぜ、こんなにもベルリスがピリピリしているのか。それは、シロとルリのことを気に掛けていた近衛騎士が殺されたからである。
「どうしてあの人が!」
王城敷地内の芝生で地団駄を踏むシロ。
ルリとリミリアは側で見ていることしかできない。
「落ち着きなさいな。そんなことをしても何にも変わりません」
「母さんは黙ってろよ! 俺の気が済むまで好きにさせてくれ!」
「ファルスの王子が取り乱してみっともありません。こういうときこそ毅然としてみせなさい」
「俺は子どもだ! 父さんみたいにはできない!」
「こういうときだけ子どもなのですね。弱い弱い」
「弱いかどうか試してみるか!」
母の胸ぐらを強く掴み睨むシロ。目付きは鋭いが、瞳は悲しみで揺らいでいる。頬を伝う涙は悔しさと悲しみから流れている。
母はそのままシロを抱きしめた。どんなに強気でいても十六歳の子ども。体を震わせ泣きじゃくる我が子の頭を撫でることで心を落ち着かせてあげる。
「お母様ぁ。カザト君は大丈夫なのぉ?」
「彼の腕なら心配いりません。現役の近衛騎士から頼りにされるほどです。シロの師匠を信じなさい」
「カザトお兄ちゃんを信じる」
ベルリス・近衛中央司令部。
昼夜問わず街の安全を守るべく近衛騎士が駐在している。
カザトは軽く会釈をしながら司令部を歩く。真っ直ぐ進んだ先には頑丈な扉。扉の前で大柄の近衛騎士がそびえ立っている。
「部外者は立ち入り禁止だ」
「はぁ? 俺を知らないのか!?」
「カザト・ルクスだろう? 伝説の騎士だと聞いている。だが、カザト・ルクス本人なのかわからない以上は通せない」
「証明しろってか? しょうがないなぁ」
カザトが身分証を提示する。しかし、目の前の近衛騎士の表情は変わらない。
「それでは証明にならない。いくらでも偽造できる」
「そいつはねぇぜ!? じゃあ、どう証明しろってんだ」
「簡単だ。実力で通って証明してみろ」
そこで近衛騎士の表情が変わる。一瞬にして雰囲気も変わる。
(なーるほど。俺を試しているわけか)
カザトは、わざとらしく顎に手をやり考える素振りを見せつつ、一歩一歩扉へ近付く。
近衛騎士は腰に携えた剣に手を伸ばす。大柄な体に似合わない素早い動きには目を見張るものがある。
「――!?」
流れるような剣捌きは芸術の域。しかし、その剣は空を切るだけ。
カザトの体は風となって消えたのである。まるで幻かのように。だが、それは幻ではない。れっきとした技である。
扉がガチャンと閉まる音を背中で聞きながら剣を鞘に納めると、近衛騎士はため息と共に呟いた。
「風分身か。この目で拝めることができようとは……見事だ」
大柄の近衛騎士が守る扉の先は団長室である。通常出入りできるのは、団長と秘書と許された者のみ。
部屋に置かれたソファーにどっかりと座ると、真正面に座る団長と目を合わせる。
「よう。調子はどうだい? 団長」
「おめぇに団長なんて呼ばれたかねぇぞ。なんでオラが中央を纏めねぇとなんねぇんだ」
近衛騎士の制服の上着を腰に巻いてソファーに深く座る男性。威厳はちっとも感じられない。ボサボサの黒髪を手櫛でさらにボサボサにして欠伸をひとつ。
「お前みたいなのが適任なんだよ。適当にこなせる奴にな」
「おめぇが騎士を続けてりゃあ楽だったのによぉ。オラ、誰かに指示出すのって苦手でしょうがねぇ」
「美人な秘書がいてくれるんだからいいじゃないか」
「美人? そうなんかぁ? オラ、全く思ったことねぇぞ。好みっちゅーのもわかんねぇ」
団長が腕を組み本気で好みについて悩む。その横でティーセットを持った秘書が体を震わせていることには気付いていない。
「く、クーゴ!?」
「どうしたんだぁ? そんなに慌てて」
「お前にはデリカシーってのがないのかよ!」
「でりかしー? いってぇ何言ってんだぁ?」
「クソクーゴおおおお!!」
秘書がクーゴの頭上にトレーを落とす。可愛くちょこんなどではなく、勢いよく振り落とす。
「いっ!?」
ようやく秘書の行動に気付いたクーゴ。反射的に動き避けるのかと思いきや、右手の人差し指でトレーを受け止めた。
秘書はクーゴの反応に驚くことはなく、右足を即座に蹴り上げる。
「よっ。いきなり何すんだぁ。オラじゃなけりゃあ失礼になっぞ」
「秘書が美人じゃなくて悪かったわね! ちっとも見向きもしないほど魅力がなくて悪かったわね!」
「まぁまぁ落ち着こう、メトイーク。こいつに言ったって無駄なことくらいわかってるだろう」
「わかってるから悔しいんじゃありませんか! あーし、自信が日々減っています!」
近衛中央司令部・団長秘書――メトイークは悔し泣き。容姿は決して悪くない。薄緑色の長髪とミニスカートから伸びる足にそそられる者は多い。だが、相手が悪かった。
「ははは! わりぃわりぃ! そういうのに鈍くてよぉ」
クーゴは悪人ではない。ただ単に女心がわからないのだ。
カザトはうなだれるしかなかった。そしてメトイークに同情した。
「お前殺されるぞ。いつか背後からメトイークに」
「そんなことはねぇぞ。メトイークのことを信じてっからな」
メトイークに向かって無邪気に微笑むクーゴ。そこに計算などない。全てに正直なのが取り柄であり弱点でもある。
「はっ、反則ぅっ」
顔を赤らめて小さく呟くメトイーク。クーゴに気付かれないように顔を逸らすところが意地らしい。
「えーっと……こほん。少々脱線したが戻すぞ」
申し訳なさそうに咳払いをして空気を戻したカザト。真剣な目をクーゴに向けて姿勢を正す。
「何のこったっけ?」
「……はぁ?」
カザトの姿勢はすぐに崩れた。まるで緊張感のないクーゴの一言に釣られて力が抜けてしまう。
「クーゴ団長、今朝の事件のことです。仲間の近衛騎士が殺された事件でカザト先輩を呼んだのは団長です」
「そうだったそうだったぁ! 話に夢中で忘れてたぞぉ!」
「忘れてたじゃねーよ! ベルリスが緊張と恐怖に包まれてるんだぞ! お前も少しは緊張感を持てよ!」
身を乗り出して緊急事態であることを再認識させようとするカザトだったが、それは余計なお世話だったようだ。
クーゴの目付きが明らかに変わる。さっきまでの能天気さは消え、近衛騎士団長としての雰囲気を醸す。
「熱くなると火傷すっぞ。こういうときこそ頭を冷やすんだ。感情に任せていたら自滅しかねぇ。非情になれとまでは言わねぇけど、あえて一歩下がってみろ」
「まったく。抜けてるんだか抜けてないんだか。お前に言い負かされるのは久しぶりだ」
「そんなつもりはねぇ。おめぇはすげぇよ」
「お前に言われると自信になる。さて、話を進めるぞ」
カザトとクーゴの間に置かれた現場写真。思わず目を逸らしたくなるほど残忍に殺されたにも拘わらず、最後まで剣を離さなかった近衛騎士の姿があった。
「どう思う?」
「近衛騎士が狙いとは思えねぇ。だったら今頃死体だらけだ」
「民間人が狙いか?」
「それもねぇ。だったら今頃死体だらけだ。何か別の目的があったんじゃねえかと思う」
カザトとクーゴは見合う。写真に強烈な違和感を覚えたからである。
「メトイーク。おめぇ、吸血鬼を信じるか?」
「はい!?」
「ありったけの血が抜かれてるんだよ。現場に血痕がなさすぎる。吸われでもしたかのようにな」
「そう言われればそうですね。どうして彼を狙ったのだろう?」
「血液型とかかんなぁ?」
「それはないだろう。彼はA型だ、珍しくない」
「王族と親交のある人、とかですかね?」
「あり得るかも。王族に対する見せしめとすれば納得いく」
「王族と親交のある奴なんかわかんねぇぞぉ」
「わからなければ誘き出せばいい。俺に制服貸してくれ」
「おめぇが囮になるっていうんか」
「さっさと終わらせたい。不安を払拭してやりたいんだ」
カザトが拳を突き出すとクーゴも拳を突き出した。
二人にとっての合意の合図。二人の雰囲気がまた変わった。