痛みと照れと恐怖の朝
シロの朝に新たな試練ができた。
これまでも姉のルリによる目覚ましに悩まされていたのだが、そこに新たな目覚ましができたのだ。
「シロ、朝。起きてくれたら嬉しい」
ルリのお下がりの寝間着を着こなしたリミリアがシロの体に跨がっている。ちなみに寝間着は猫の格好。フードを被って「にゃん」と鳴けば誰でもメロメロだ。
「うぅぅぅぅ~!?」
「ねぇねぇ起きて。ワタシ、もう我慢できない」
シロは仰向けで寝ている。リミリアが動くたびに腹部が圧迫され苦しくなる。起きたことを目を開けて知らせるが、どういうわけかリミリアはどかない。確実に気付いているはずなのに。
「くるしぃ~!」
「起きて起きて起きて起きて」
「ごふぅ!?」
リミリアは腰を上下に動かして必死だ。
なぜそんなに必死なのかわからないシロは、苦しみに耐えながら自分が起きていることを確実に知らせるべく手を伸ばす。
「シロ……ダメ」
「ダメじゃないだろう。俺を朝から苦しめやがってまったく。ここ一週間こうだ」
「ワタシ……初めてなのに」
「安心しろ、俺が優しく教えてやる。絶対に痛くしない方法だ」
「難しくない?」
「すぐにできる。ほら、横になれ」
シロが寝ていたベッドに横になるリミリア。自分を見下ろすシロの口元が緩んでいることに身構えてしまう。
「絶対に痛くない? 簡単?」
「俺を信じろ。よし、お腹を出して」
「うん」
リミリアが緊張しながら寝間着を捲る。猫のモコモコの下から、白い肌が露出する。
シロはゆっくり肌をなぞっていく。へその周りを指の腹でじわりじわり。時々、触れるか触れないかというフェイントをかけてみたり。
「ほーれほれほれ」
「ひゃあん! ダ……メ……!」
「ダメと言われてもやめないぞ。こっからが本番なんだからな」
両手の指を動かして笑みを浮かべるシロ。狙いを定め一気に仕上げに入った。
「ああああーん! ひぃっく! あっ! あっ!?」
「おりゃああああ!」
「シ……ロ……ダメ! ワタシ……もうっ!!」
リミリアは限界に達した。呼吸を荒くして涙目に。汗をかいて顔は火照る。
「どうだ? これなら簡単に起こせるし痛みもない。激しく動く必要もないから疲れない」
「ワタシは疲れたぁ」
疲れてぐったりするリミリアを見て満足そうにしているシロ。要はくすぐりをしたのである。実に平和だ。
しかし、事情を知らない者が見たとき、二人の姿はどう映るのだろう。
「何やっとんじゃああ!」
オレンジ色の髪を掻き乱し、オレンジ色の瞳をギラつかせて迫るのはフィリウス。
「なんでお前がいるんだ!?」
「うるさい馬鹿野郎! そんな小さい子に手を出しやがって!」
「なんのことだよ!? 俺はただ、リミリアにくすぐりを教えてやっただけだ」
「教えることを口実に触りまくってたんだ。そんなに触りたければアタシを触ったら! ほらほらほら!」
服を捲り迫るフィリウス。強引にシロの手を取って腹を触らせる。その目は血走っている。
「やめろって!?」
「アタシのお腹は触れないっての?」
「そうじゃない!?」
シロは困惑している。どうしてここまでフィリウスがムキになっているのかわからない。
二人の押し問答は激しくなり、フィリウスがシロを押し倒す形になる。リミリアは何かを悟りベッドを離れた。
「リミちゃんは良くてアタシはダメな理由は何!」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないよ。落ち着けよ」
さらに体勢を崩し体が密着。それでようやくフィリウスは我に返る。恥ずかしさに顔を逸らす。
部屋に静けさが――と思いきや、「あらあらぁ」と言葉を発して二人を見つめるルリの姿が。
「ケンカ、ダメ。ルリお姉ちゃん連れてきた」
「「わああああ!?」」
「何を慌てているのぉ? 続けてぇ」
笑顔のルリだが声色は低い。いつもの雰囲気ではない。
「誤解だ姉ちゃん!?」
「そうですよルリさん!? あはははは」
「誤解? いったいなんのことぉ? うふふふふ」
シロはすっかり目を覚ました。痛みと照れと恐怖で。
今日のシロとフィリウスはいつもより優しくルリに接した。動きも笑顔も不自然であったが仕方のないことだろう。
「くすぐり、えへへ」
リミリアは自分の腹を見ては笑顔になる。リミリアの“初めてのくすぐり”をシロがもらったのは事実。
くすぐりをねだるために毎朝シロを起こすことが日課になったのである。