受け継がれる剣
近衛騎士団とは、王族や王城、その他関係するものを守る組織。国にとっては矛であり盾である。
ファルスは絶対王政。王の判決なく人を裁くことはできない。だが逆を言えば、王の判決ならばいかなる人も裁くことができるのである。
今から三百年前、ファルスは荒れていた。
当時の王は冷徹――いや、残忍であった。ユグドラシル家始まって以来の暴君。そこに絶対王政とくればどうなるか容易く想像できる。
一方、当時の近衛騎士団長も暴君であった。自分に背く者を次々と力で従わせ、それでも背く者には罰を与えた。
騎士にとって剣とは、命を守るための矛である。守る意外のために人に向けていいものではない。
「団長……な、何を!?」
「何を? この団長に背く奴らを斬ったんだ」
黒地に赤の線が入った服は、すっかり返り血で赤く染まり上がっている。一面には死体と血の池。
団長が剣先を団員に向ける。剣も赤く染まっている。水滴のように剣先から垂れる血を見てほくそ笑む。
「同じ志を持っていても、同じ考えを持っているわけではない! そんなこと、わかっているでしょう!」
「知ったこと。団長に従えない奴は不要だ」
「し、知りませんでした。団長がこんなにも自分勝手だったなんて。厳しさも優しさだと耐えてきたのに!」
団員の手が、腰に携えた剣に伸びる。
「俺に勝てる気でいるのか?」
「勝つだなんて甘えじゃ抜かない。俺は、俺の命を守るために剣を抜く!」
二人の殺気がぶつかる。息遣いや心臓の音が騒音に感じる部屋の静けさが、逃げ場がないことを物語る。
「「!!」」
互いに風を纏い剣をぶつけ合う。
突風を起こし牽制して隙を狙う団員だが、それを予測していた団長が鞘を投げ飛ばし突風を防ぐ。
隙ができたのは団員の方だった。渾身の突風を鞘で防がれたという力の差に一瞬の同様が生まれる。
「風を風とでしか扱えない奴が、この俺に勝てるわけがないだろう!」
「ごふっ!?」
圧縮した風を鈍器のように叩きつける団長。団員の髪を掴み上げ、顔面に容赦なく喰らわせる。
「まったく。よくそれで騎士を名乗れたものだ。弱い弱い弱い!」
「がはああああああ!!!!」
団員の体を壁に叩きつけ、さらに圧縮した風を全身に喰らわせていく。骨が砕ける音が団員の悲鳴と共に部屋に響く。
団長は剣の血を払い拭うと、団員の左腕を切り落とし満面の笑みを浮かべる。
「これで剣は握れまい。はっはっは!」
「……恥め……」
「何?」
「……恥だと……言ったんだ」
団員の視界がぼやける。まともに団長の顔を見ることすらできない。それでも心ではしっかりと見ていた。
目で見ることを諦めた団員は目を閉じる。まだ辛うじて右手に力が入ることを確認すると風を纏う。
「悪あがきを。そっちの方が余程の恥だ。団員が生き恥を晒さないよう、しっかりと息の根を止めてやろう!」
団長の剣先が狙うは団員の心臓。風を纏った剣は一瞬で距離を詰め貫いた。
「なっ!?」
しかし、それは心臓ではなく壁。
心臓を狙われていた団員の姿は団長の頭上にあった。時計回りに体を回転させながら剣を振り下ろす。
「気衝閃!」
団長が団員を見ようと顔を上げたのが運の尽き。悲鳴をあげることはできない。振り下ろされた剣の勢いに首を落とされたのだから。
その場に転がる団長の首。目を見開いた表情は鬼の形相。決して穏やかでも安らかでもない。だからこそ団員は笑ってみせた。
「これで……みんなは……安らかに……」
そこで団員の命は潰えた。体に受けたケガと出血が致命傷。一撃喰らわせられたのは奇跡だろう。
この一件を経て、近衛騎士団は団長一強を改め、組織の在り方を改めた。個をねじ伏せるのではなく尊重し、それを上手く組織へと生かせる者が団長だと。
改められた近衛騎士団によって、残忍な王が命を落とした。国を守るための剣で王が死ぬとは世も末である。
※ ※ ※
「いててぇ。ちょいと気合いが入りすぎたかな」
「ちょっとは加減してくれよ!? 今のは死ぬかと思ったぞ!」
「悪い悪い。この剣を握ると気合いが余計に入るみたいだ」
「そういえばいつものと違う。新調したの?」
「先祖代々受け継いでいるだけだ。ファルスを変えた剣と言われているんで、あやかろうと思ってな」
「あやかる? 何か変えたいのか?」
「そりゃあ変えたいさぁ。どっかの王子の稽古嫌いをな!」
「できるもんならやってみろよ! カザト兄ちゃん」
カザトは剣を握る。守りたい人に降りかかる不幸を幸福に変えるために。