リミリア・テトラは幸せです
テトラと聞けば、ファルス国民全員が「精霊作家」と口を揃える。テトラと聞けば、誰もが頭に人物の顔を浮かべられる。
今は四つの大陸だが、その昔は多くの大陸が存在していた。しかし、人知れず世界滅亡を企んでいた悪魔と、人知れず世界を見守っていた精霊の激しい戦いの影響で大陸は減少。
「精霊が世界を見守っています。だから希望を捨てないで」
多大な被害を受けながらも生き残った人々が聞いた声。
絶望の淵にあった人々の心を救った声。
誰一人見た者はいない精霊。その精霊を信じて疑わなかった人物こそがホープ・テトラ――ファルスでは伝説の女性作家なのである。
「構いませんよ。こんな可愛い子を孫に迎えられるだなんて、まだまだ生きてみるものですねぇ」
ホープ・テトラ、七十五歳。
すっかり髪は真っ白に染まり、老眼鏡がなければ人物の見分けもつかなくなっている。しかし、腰は曲がっておらず杖いらず。好物のステーキを一枚ぺろりと平らげてしまう食欲と、それを可能にする健康な歯が元気の秘訣。
「おばあちゃん……なの?」
「そうよ。今日からあなたはテトラ――リミリア・テトラ。私の可愛い孫ですよ」
ルリが熟読している小説を書いたのもホープである。何度もテトラ家は王城に招かれており、長い付き合い。
ホープの息子夫婦は子宝に恵まれずにいた。奴隷を養子にと何度か試みたものの、正式な縁組前に全員が「嫌だ、帰りたい」と奴隷屋に戻ることを望んだ。
「本当に……いいのか?」
「無理強いはしないのよ?」
息子夫婦の顔は不安そうだ。また同じことを繰り返すことになるのでは、と。しつこく何度も聞き返す。
リミリアは笑みを浮かべて頷く。何度聞かれても首を縦に振る。そこに嘘偽りはない。
「ワタシは嬉しい。リミリアとテトラをもらえて嬉しい」
今日から親子三人で新生活が始まる――とはいかない。
息子夫婦は、火の大陸中を動き回る日々を送っている。夫婦揃って家庭教師をしており、短いときは半月で住まいを変えるほど忙しい。
本当は一緒に行きたい気持ちでいっぱいなのだが、思うようにいかない現実があった。そこで最低でも月に一回は必ず家族で過ごす条件つきで、王城にリミリアを住まわせることになっていた。
「勝手を許してほしい。時間ができれば帰るよ」
「ユグドラシル様の言うことを聞くのよ。できるわね?」
「うん。ワタシはできる」
青い髪を名残惜しそうに触りながらリミリアを抱きしめる息子夫婦。親子三人での初めての抱擁は、それはそれは優しさに溢れていた。
ホープと息子夫婦が王城を後にし心と体に寂しさを覚えたリミリアは、シロの手を握って体を寄せる。
シロはその手を振り払うことはせず、笑みを浮かべながら優しく握り返す。
「シロったらずるーいぃ。私にもリミリアちゃんを触らせてぇ。じゅるっ」
「いちいちよだれを垂らすなよ。それにリミリアが俺を選んだんだ。少しの辛抱だ、姉ちゃん」
「それは納得いかないよぉ。リミリアちゃんを可愛くしてあげたのは私だよぉ!?」
「姉ちゃん、こんな白黒はっきりした服持ってたっけ? レースやらフリルやらリボンやら、こんなに膨らんだスカートとか」
「私には似合わないと思ってしまっていたのぉ。すっかりクローゼットの肥やしになってたけれどぉ、こうして似合う子が着ると映えるわぁ」
「リミリアと自分を比べるなよ。姉ちゃんとリミリアは……ベクトルが違うじゃんか……可愛いの」
シロは、横で座るリミリアと八年前のルリを比べて、つい口が滑る。ぽろっと出てしまった本音を誤魔化すようにそっぽを向く。
「か、可愛いぃ!? 今、私のことを可愛いって言ったぁ!」
「ちっ、違うってのっ! あくまでリミリアのことを――」
「てーれーなーいーのー! シロもリミリアちゃんもこうだぁ!」
「……ほぐぅ……ほぐぅ……ほぐぅ……!」
「……気持ちいい……気持ちいい……」
突然のルリの胸埋めに抵抗するシロと、ルリの胸の柔らかさを気に入っているリミリアの反応は対照的である。
リビングで仲良く(?)している姉弟を見つめる父と母は胸を撫で下ろす。シロの暴走は、ただの魔力の暴走だったのだと確信した。
「もう大丈夫だ。心配はいらないだろう」
「他の心配ならしたいですけどね」
両親の心など知るよしもなく、シロとルリはスキンシップ(?)をとっていた。
シロの脳裏に、小さくなったときの自分とリミリアが並んで歩くイメージが浮かび上がる。
(リミリアって十歳なんだっけ!? え……俺の方が年下になるのか!?)
「あらあらぁ、そんなに私の胸が好きなのぉ? えいえーいっ!」
「ごふぅ……ごふぅ……ごふぅ……ごふぅ……!?」
「気持ちいい~」
シロは想像と現実に挟まれ、いつもより余計に悶える。
リミリアは胸の柔らかさをより堪能している。
ルリは二人の顔を胸に押しつけて喜びを表す。そこに悪気は全くないため、尚更厄介なのだが……。