奴隷少女は名付けられて喜ぶ
カザトは街を見回っている。近衛騎士だった期間は短いが、元々の正義感から日課になっている。
色々な店が建ち並ぶ中、一際年季の入った店の前で立ち止まる。そこは老若男女問わない品揃えを誇る服屋。だが、カザトは服屋という認識をしていない。
店に入ってすぐの階段を下りると扉が一つ。重厚な鉄の扉を開けて視界に広がるのは、金色の刺繍が入った赤い絨毯が敷かれた部屋。
「いらっしゃい」
中年の太った男性店主がカウンター越しに出迎える。胸の前で両手を組んでへこへこ。白髪交じりの髪の間から覗く目が妖しく光っている。
「最近騎士がきたのはいつだ」
「一週間前です」
「一週間前だと!? ちっ!」
「騎士の出入りが減ってきています。そのうち誰もこなくなるんじゃないですか?」
「悪いがそれはない。俺が続ける」
「そう、ですか。近衛騎士を辞めたのに熱心な」
「俺がきちゃダメなのか。都合が悪いか」
「い、いえ!? いつでも大歓迎ですよ!?」
顔に脂汗を浮かべながらも笑顔を作る店主だが、カザトの目には疑わしく見えている。
そもそもこの服屋の地下で何を売っているのか。服屋で服以外に売られているもの――それは人間。
(嘘が下手すぎて不快だ!)
部屋には、麻の服を着た少年少女。手足に鉄の枷をして動きづらそうにしている。
「本当に誰も買われないんで?」
「俺は奴隷に興味ないんだ。国が認めていても俺は認めない」
「強情ですね。きっとお気に入りが見つかりますよ」
「絶対に買わない。タダでいいんなら別だがな」
「そいつは勘弁してくださいな!?」
「……あんたも十分強情だよ」
カウンターに背を向けるカザト。店主のしつこい言葉には耳を一切貸さないが、誰かが階段を下りてくる足音には敏感に反応し顔を伏せてやり過ごそうとする。
「カザト兄ちゃん……!?」
カザトは自分を呼ぶ声に顔を上げて驚く。
目の前に立っているのは紛れもなくシロだった。シロもまた、カザトがいることに驚きを隠せていない。
「シロ……どうしてここに!?」
「説明するのが難しいんだけど……えーっと……声が聞こえたんだよ」
「声?」
「うん。俺に助けを求める声が聞こえて、その声に従ってきたんだ」
「……本当か……?」
「じゃなきゃこないよ、ここには。奴隷館へ近付くたびに心臓がうるさくてうるさくて」
「わかった、お前を信じてやる。それで誰なんだ?」
「……あの子だと思う。聞いていた特徴と一致している」
シロが指を差した先には、肩ほどまで伸びた青い髪が目立つ少女がいた。
「あの子がいいので? あまり良品ではないですよ」
「何かわけありなの?」
「目が見えないのですよ。確かに綺麗な顔をしてはいますがね」
店主は顔をしかめる。余程苦労しているらしい。
シロは少女と目を合わせる。実際に少女の目は開いていないのだが、少女は口元を緩めた。
「こっちを見て笑っているようだぞ」
「カザト兄ちゃんもそう見えた? 目を閉じているはずなのになんでだろう?」
シロが疑問を口にすると、少女がゆっくりとカウンターに近付いてきた。
シロは少女の目線に合わせるようにしゃがむ。たとえ少女に自分の姿が見えなくとも自然に体は動いていた。
「ワタシの声が聞こえたの?」
「うん。俺の気のせいだった?」
「わからない。ただね、助けを呼んでいたのは確か。早くここから出たくてたまらない」
「そうか。でも困ったなぁ。俺、奴隷を買えるほどの手持ちないよ」
「お客さん、もしかして王子だったりします?」
「そうだけど……王子には売れないの?」
「め、滅相もない!? それどころか王子から貨幣をいただくなどできません! お好きなのを連れて構いませんよ!」
店主の顔の脂汗が増している。目の前にいるのが王子とわかって寿命が縮む思いをしている。
「じゃあその子をお願い。本当は全員を連れていきたいんだけど、それは現実的じゃないから」
店主の手が震えている。緊張と恐怖がそうさせる。枷を無事に外せた店主は疲労困憊。一気に老け込んだようにげっそり。
少女は枷が外れて大喜び。手足を動かして伸び伸びしている。
「ありがとう! ワタシの名前は……名前は……」
「もしかして名前ない? なら、俺が名付けてもいいかな?」
「本当に!?」
少女の顔が喜びに溢れる。シロの手を握ってぴょんぴょんと跳ねて体でも喜びを表す。
シロは指をこめかみに当てて名前を考える。正直いってシロにネーミングセンスを求めるのは酷。横に立っているカザトの表情は暗い。
「うーん……よし! 今日からお前の名前は――リミリア!」
「リミリア……リミリア……ワタシはリミリア!」
青い髪の奴隷少女は、リミリアの名前を得た。
名付けたシロはどや顔で誇らしくている。本人渾身の名前のようだ。
「それじゃ行こうか。俺と手を繋ごう」
「それはダメ。ワタシ汚いよ。これでもちゃんと見えているから大丈夫」
「見えている? まぁいいか。手、繋ごう」
リミリアが単純に遠慮していると思ったシロは、半ば強引に手を繋ぐ。
そそくさと店を出ていく二人の背中を追うカザトは、自分を見つめている店主の視線が清々しいことに気付いて舌打ち。
「奴隷を嫌う奴隷屋、か」
「可笑しいですか? 好きなら売りませんよ」
「別に。奴隷屋のことを理解するつもりなんざない」
カザトは舌打ちをして店を去る。店に残された奴隷たちに後ろ髪を引かれながら。