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そこで悪魔が笑っている。  作者: BlindEar
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私と麗しき悪魔

 ふと気が付くと私の隣には悪魔がいた。


 最近の話ではない。ずっと昔からそこにいる。初めて出会ったのはいつ頃だっただろうか。どこでどのようにして出会ったのかも思い出せない。出会いのきっかけさえあやふやなまま、悪魔と共に暮らしてもう何年も経った。悪くはない生活だが決して良い生活ではない。無論、その悪魔のせいだ。

 けれど、私は悪魔を追い払おうとは思わなかった。むしろずっとそばにいて欲しかった。その悪魔は長く黒い髪を後ろで二つに結び、肌は透き通るように白い。健やかで無駄のない肉付きは触りたくなるほど美しい。悪魔は少女の姿をしたいた。私を魅了するには十分すぎる姿だ。おそらく本来の姿ではないのだろうが、彼女を見ていると全てどうでも良くなってくる。それでも、彼女には一つだけ普通の人間が持ち合わせていないものを持っていた。私はそれを見るたびに、彼女は人間でもなければ天使でもなく、純然たる悪魔であることを悟らされてしまうのだった。


 彼女のことをよく知り始めたのは、私が社会人となって間もない頃だ。当時、慣れない環境と仕事についていけず、帰路につくころには心身疲労しきっていた。

 重たい足を引きずりながら、やっとの思いで自分の住まうアパートにたどり着く。

「ただいま…。」

 普段は使うことのない言葉だった。言ったあとの静けさが耐え切れないため、最近は全く言わないようになったのだが、この日だけは不意にその言葉が出てきた。そして、この日は返事があった。

「おかえり。」

 あるはずのない返事にぎょっとした。若い女の声だった。真っ先に思ったのは心霊だの怨霊だの、そういった類のもので、その手の話が苦手な私は正体の分からぬ声に体がこわばり、ただ暗い部屋の奥を見つめることしかできなかった。しかし、闇の中に紫色に輝く二つの点があるのに気付いた。私はふぅ・・・と肺に溜まった恐怖を吐き出して、部屋の明かりをつけた。

 声の正体はやはり彼女だった。薄手の黒いパーカーに、桃色のホットパンツ。パーカーのチャックは大きく開けており、綺麗な白い肌が見えていた。

「やっと帰ってきたね。」

 そういうと、彼女はおもむろに私に近づいてくる。周囲には独特な香りが漂った。

「あんた、話せたのか。」

 私は彼女の名前を知らなかった。

「君の心の隙が広がったおかげだよ。その影響で干渉しやすくなった。」

 不敵な笑みを浮かべながら、彼女は私の胸を指でつついた。

「ンフフ、ワタシに聞きたいこともいっぱいあるでしょ?」

「あ、ああ・・・。」

 彼女は視線をこちらに向けたが、私はすぐそこにある胸元から目が離せなかった。それを知ってか知らずか彼女はクスリと笑うと、無防備だった私の左手を引き、小さなゴミが散乱している六畳間へ案内した。

「まあまあここに座って。」

 彼女は私が愛用している椅子を叩きながら言った。言われた通りに座ると、彼女は私と向き合うように私に座った。

「あの・・・。」

 少し重かった。けれど、自分の膝の上に座っている少女に見つめられ、私は彼女をどかすのが惜しくなってしまった。仕方がない。と自分に言い訳をして、大人しく彼女の椅子になった。

「ワタシの名はマテア。分かってるとは思うけど悪魔だよ。」

「ああ、分かってる。何が目的だ。やはり魂か。」

「魂は君が死んだときでいいよ。今ワタシが欲しいのは精気。」

「精気・・・?淫魔なのか?」

「半分正解。」

 そう言われ、では残りの半分は何なのか聞こうと思ったが、マテアが先に回答した。

「もう半分は魔女だよ。」

 魔女?魔法や怪しげな道具を使うというあの魔女だろうか。ひょっとすると、彼女は見た目以上に長い年月を生きているのかもしれない。

「それで?何故ひと思いに殺さない?そういう趣味なのか?」

「君を殺したら精気が取れなくなるでしょ。」

「人間なら他にもたくさんいるだろう。」

「それこそ趣味だよ。ここ数年は君の味がマイブームなんだ。」

 マテアは私を抱きしめ頬ずりした。彼女の頬はすべすべしていたが、やや冷たかった。

 悪魔に気に入られるとはツイていない。この辺りで腕の良い祓魔師はいるだろうか。

「迷惑料が欲しいものだな。」

「そのへんは安心しなよ。」

「は?」

 この悪魔は何を思って『安心』などと言っているのだろうか。こちらはこの先どうしたものかと不安で仕方ないというのに。私がムッとした顔をすると、マテアは既にニヤついている顔をさらにニヤつかせて言った。

「ンフフ。迷惑料として、今夜からいっぱい気持ちよくさせてあげるね。」

 さすがは淫魔か。絶望と期待が混ざり合って胃に穴が開きそうだ。無意識に彼女の肉体を見つめる。そのとき、ふと一つの疑問が浮かぶ。

「待て。今夜から?数年も私にとり憑いていたのに何故今夜から?」

 マテアと会話したのは今日が初めてだが、私は彼女をずっと昔から知っていた。見えていた。だから、なおさら不思議に思った。私の精気が目的ならば、もっと前から搾取することができたのではないか。

「言ったでしょ。干渉しやすくなったって。昨日までは君が眠っている間にしか触れなかったんだから。」

 私は納得すると同時にとても損をした気分になった。自分の知らぬ間に精気をむしり取られていたということか。自分の状況とマテアのことが徐々に分かっていく。しかし、頭の整理が追いつかない。それにひどくだるい。そういえば仕事から帰ってきたばかりだった。今日はもう寝よう。祓魔師を探すのも明日にしよう。そう思って、マテアを膝に乗せたまま寝てしまおうとした時だった。

「寝るの?!やっと二人で気持ちよくなれるようになったのに!ええい!起きろぉ!」

 マテアが無理やり私の瞼を開けた。鮮やかに輝く紫色の瞳に私の姿が映る。吸い込まれるような瞳だった。いや違う。私の体に何かが注がれている。何だ・・・?体が熱い。マテアから良い匂いがする。ああ、しまったと思ったときには、すでに彼女を押し倒していた。


 目覚まし時計の爽快な音が部屋に鳴り響く。

「・・・今日こそ会社に行かなくては。」

 むくりと体を起こす。良し。行けそうだ。

「えー。会社行っちゃうのー?」

 隣で眠たそうな顔してマテアは言った。

「別に好きで会社に行くわけじゃない。」

「だったら、今日もワタシと気持ちいいコトしてようよぉ。」

「冗談じゃない。」

 マテアの誘惑を振り払い、洗面所へ向かう。鏡を見ると、酷く疲れ切った顔が映った。無精ひげも生えている。

「酷いな。」

 自分の顔に文句を言いながら、顔を洗い、ひげを剃る。会社の同期が、妻が朝鏡から離れてくれないから自分の身支度に時間がかかると言っていたことを思い出した。妻か。マテアが朝食の一つでも作ってくれれば、多少は生活が楽なのだが、どうやらあの悪魔は目玉焼きすら作ってくれないらしい。猫のように丸まって布団で寝ている。黙っていれば美しいものだ。悪魔であるのが実に惜しい。私がまじまじとマテアの寝顔を見ていると、彼女がふと目を開け、こちらを見た。

「う・・・。」

 今夜も気持ちよくなろうね。そう言いたげな瞳と、私を嘲笑うかのような微笑みがとても恐ろしく感じた。

「い、いってきます。」

「いってらっしゃあい。」

 私はサッとドアを閉め、足早に会社へ向かった。

 職場に着くと、早速上司の怒号が飛び交う。一番の矛先は私なのだが、他の人へも文句を言っているあたり、いつも通りだ。

「2日間も休んで申し訳ございませんでした。」

「全くだ。さっさと仕事しろ。」

 私は2日間休んだ。もちろん連絡はしたのだが、予定していなかった休みだ。他の人に迷惑をかけてしまった。それもこれもマテアのせいだ。2日前に催淫された後、私はほぼ1日盛っていた。反動で私は次の日動けなくなったのだが、マテアは平然と欲求してくるものだから恐怖以外の何物でもない。

 2日間で溜まってしまった仕事を片付けているとあっという間に昼時になった。私がぶつぶつ文句を言いながら食事をとっていると、後ろから馴染みのある声がした。

「なんだ、怪しい呪文を呟いて。休んだ2日間で何かあったのか?」

 同期の正樹だ。彼は向かいの席に座った。大盛ラーメンにチャーハン。プリンが2個。相変わらず良く食べる。体が大きいせいもあるだろうが、最近は横に大きくなっているような気もする。彼と知り合ったのは入社後だが、会社の中で一番話しやすい。名前が正樹だから私は彼を『マッキー』と呼ぶこともある。休暇がとれた日には一緒に遊んだり、お互いの悩みを聞きあったりする仲だ。今日まで会社を辞めないでいるのも彼のおかげであるところが多い。

「憑かれてんだよ。気にするな。」

「過労か。まあ無理でもしなくちゃやってられないからな。」

 正樹はパキッと割りばしを割って、幸せそうにラーメンをすすった。

「過労じゃなくて・・・いや、そうだな疲れてるのかもしれない。良い医者を紹介してくれよ。頭の。」

「頭ぁ?どっかぶつけたのか?」

「ぶつけてはいないけど、悪魔と喋れるようになった。」

「重症だな。」

 おそらく正樹は冗談として聞いているだろう。こちらとしてもそのほうが話しやすい。

「それで?その悪魔さんとはどんなお話をしているのかな?」

「私の精気が欲しいんだとよ。」

 フフフとチャーハンを口からこぼしそうにしながら正樹は笑い、私もその様子を見て笑った。

「お前の性欲が具現化しただけだよ。良かったじゃないか。」

「良いものか。強姦されている気分だ。」

 私が溜息をつきながらそう言うと、正樹は姿勢を変え、まじめな顔で言った。

「もし、本当に悪魔に憑かれてるのなら、早いこと祓ったほうがいい。俺の親戚に祓魔師がいる。腕が良いかどうかはわからないけど、それ一筋で生計を立てているらしいから、それなりの技術は持っているだろう。」

「本当か?良かった。じゃあその人に連絡しておいてくれないか?」

「任せとけ。」

 思いもしない収穫だった。まさかこんなに早く祓魔師を見つけることができるとは。精気を奪う悪魔と離れることができれば、きっと仕事で体力を使い切らずに済むだろう。そうなれば、仕事以外のことにも体力を使える。今までよりももっと充実した日々を過ごせるはずだ。

 その日の午後はいくらか気が楽になり、仕事も順調に進めることができた。帰りは偶然正樹と帰る時間が一緒になったので、そのまま二人で帰ることにした。人通りが少ない路地に入った辺りで、正樹がスマホを取り出しながら言った。

「そうそう。祓魔師の件。連絡先持ってたから話だけでも聞いてもらおう。だいぶ昔の連絡先だけど、たぶん繋がる。」

「助かるよ。てっきり、信じてもらえないかと思ってた。」

「いや、お前いつも全然嘘なんかつかないからよ。それに身内に祓魔師なんているから余計な。お、繋がった。もしもし?藍田ですけど、はい、そうです。ご無沙汰しています。」

 正樹は悪魔に憑かれているかもしれない友人がいると話し、私にスマホを渡した。

「もしもし、お世話になります。栗原と申しますが。」

「初めまして。神通川と申します。悪魔に憑かれているとのことですが、その悪魔について詳しく伺ってもよろしいですか?」

 ゆっくりとした口調で電話の向こう側から話しかけられた。声は低めで、ややしゃがれている。

 私はマテアのことについて何から何まで話すつもりだった。しかし、"マテア"の名前を出したあたりで

「ああもう結構です。わかりました。うーん、どうしたもんかな・・・。」

 と、神通川が私の話を遮った。あのマテアと名乗った悪魔はかなり有名な悪魔なのだろうか。それとも、ただ単に神通川にマテアに関する知識があったのか。いずれにせよ、その反応から察するに、すぐに解決できるものではなさそうだ。

 小さな街灯が夜道を照らす。街灯の下には1匹の黒猫がいた。


 人間が蒸気の力を利用し始めるより少し前の話。人間の街に1人の魔女が暮らしていた。その街の人間たちは魔女を街から追い出すだけの力を持っていなかった。だから、できるだけ魔女に近づかないように注意し、家に魔除けを施した。

 そんな魔女が住む街で、一人の子供が買ってもらった飲み物に夢中になっている。

「ほら、行くよ。」

 母親に声を掛けられ、慌てる。まだ飲み終わっていない。しかし、母親は先に歩き出してしまった。ここら辺は買い物をするときにいつも来ている場所だ。迷子にはならないだろうが、少し人が多い。

「待ってママ。」

 子供は飲みながら歩く。いつ人とぶつかってしまってもおかしくなかった。案の定、子供はぶつかり、飲み物も相手の服にこぼしてしまった。

「あう・・・。ごめんなさい。」

 子供は尻もちをつきながらも相手に謝罪した。見ると、飲み物をこぼした相手の服は、その部分以外は綺麗で、ほつれもない上等な衣服だった。

「あら坊や、大丈夫?ちゃんと謝れて偉いねぇ。」

 相手はしゃがんで子供に手を差し伸べた。その人の肌は白く、手荒れもない。子供は恥ずかしそうに相手の手をとる。やや冷たかった。手の感触に驚いて、ふと相手を見る。サラッとしている長いブロンドの髪。顔立ちは整っていて、『美女』という言葉がぴったりな女性だった。子供は彼女に見惚れた。いや、彼女の瞳の虜になった。宝石のようにキラキラしていて、ずっと見ていても飽きない紫色の水晶のような瞳。

「迷子なのかな?じゃあアタシと一緒にママを探そっか。」

 彼女の声が響く。綺麗な声だ。子供はずっとその声を聞いていたいと思った。彼女は立ち上がると、子供の手を引き歩き出す。白く綺麗な手だ。子供はずっとその手を繋いでいたいと思った。このまま母親が見つからなければ、ずっと彼女と歩いていられる。ずっと彼女と一緒に居られる。子供が彼女の手をしっかり握ろうとした時だった。

「アズ!!!」

 自分の名前を呼ばれ、子供は振り向く。血相を変えた母親がいた。母親はアズの手を強く握り、自分のほうへ引っ張った。アズの手と冷たい手が離れる。

「あら、ママが見つけてくれたみたいね。」

 紫色の瞳の女性が優しく微笑む。アズの母親はアズをぎゅっと抱きしめ、その瞳を睨む。

「ンフフ、子供の面倒はちゃんと見なくちゃダメよ。じゃあね、坊や。ママとはぐれたら、また会いましょう。」

 そう言って、彼女は人ごみの中へ消えた。

 ある時は一人で夜道を歩いている少女が。ある時は妻と喧嘩して家を追い出された夫が。老若男女問わず、街から人間が消えていった。そして、人が一人消える度に淫魔が一体街に現れた。淫魔は人間の精気を搾取し、それを魔女へ捧げた。やがて、街に棲むのは淫魔だけとなった。淫魔は淫魔と交わり、また新たな淫魔を産む。魔女も淫魔を召喚し、造り出し、そして産んだ。淫魔の数が増えて一つの国となりそうなとき、人間の軍が攻めてきた。結果を述べると、人間が勝利し、魔女は処刑された。けれど、魔女の血を受け継いだ淫魔を駆逐することはできなかった。それもそのはずだ。魔女が産んだ淫魔は444体。その淫魔たちがそれぞれ逃亡するのだから、探し出すのにも年月を要する。1世紀かけて処刑できたのは440体。淫魔との接触を疑われたり、淫魔そのものと疑われた人間も殺された。しかし、そのほとんどが関係のない人間だった。

 魔女が処刑されてから約3世紀。現代までで魔女の血を受け継ぐ淫魔は443体処刑された。どの淫魔も普通の人間とは異なった姿をしていた。しかし、魔法で姿を変えなくとも、ほとんど人間と変わらぬ姿をした淫魔が1体だけいた。魔女が産んだ444体のうち、未だ処刑されずに現代を彷徨う淫魔。魔女の血を最も色濃く受け継いだ淫魔。その淫魔はとり憑いたを人間をすぐに殺すことはしない。お気に入りの玩具のように、"壊れるまで"大事に使う。真の名を知る者はいないが、その淫魔は自らこう名乗る。

『マテア』と。


 ドアをゆっくり開ける。部屋を覗くと、紫色に光る点を見つける。

「おかえりー。」

 マテアは起きていた。寝ていてくれれば私も襲われずに済むのだが、そうもいかないらしい。

「はぁ。ただいま。」

 灯りを点け、部屋に入る。夕食など用意されているわけもなく、洗濯物もそのままだ。私の精気を奪っているのだから、その分家事ぐらいしてほしい。私は部屋着に着替えた後、洗濯物を片付ける。マテアはその様子をじっと見つめていた。

「なんだよ。」

 視線が気になり、マテアに問う。

「ワタシに話すこと、あるんじゃない?」

 マテアは不気味に微笑む。私は図星を突かれ、たじろぐ。

「言ってごらん。大丈夫。殺しはしないよ。」

 その言葉を信じていいのか分からなかったが、察されてしまっては仕方がない。私は彼女の正面に立った。

 私は神通川にある提案をされた。神通川の話によると、現代の祓魔師の力だけでは、マテアを祓うことはほぼ不可能だという。大勢の訓練された軍人に協力してもらえるなら話は別だが、悪魔など信じてもらえないだろう。金だって必要になる。だから、逆に受け入れ、契約してマテアの力を有効に使えるようにするのが得策とのことだった。気を付けるべきことは、契約の際、相手が有利となるような条件にしないこと。

「マテア、お願いがある。私と契約してほしいんだ。」

「やだ。」

 即答されてしまった。だが、ここで折れてしまってはマテアにいいように使われてしまう。

「頼む!この通りだ!」

 人生で頭を下げる機会は何度かあったが、土下座したのは初めてだった。マテアからの返事はない。私も頭を下げたまま、しばらく沈黙が続く。どのくらい時間が経っただろうか。マテアの口が開く。

「はぁー、もぅー。こんなの初めて。」

 私は頭を上げない。マテアは何をする気だろうか。このまま首をはねられるだろうか。

「・・・君は何を望むの?」

「契約してくれるのか!」

 不意に顔をあげる。しかし、凄まじい力で踏まれ、床に頭をぶつける。

「まだするとは言ってない。君が望むモノを言って。」

「わ・・・私は、君を。マテアを望・・・む。」

「ワタシぃ!?」

 マテアが驚いたような声を出す。そして高らかに笑った。

「ンフフフハハハハハハッッッ」

 すると、頭を踏む力が弱まる。私は受け入れられたのかと思った。

 ミシィッ!

 さっきの何倍もの力で踏まれた。

「あぐぁああっっ!!!」

「調子に乗らいで。君の全てを貰ったってまだ足りないよ。」

「わかった!!望みを変える!!だから踏むのをやめてくれ!!」

 マテアの足が離れる。もう少しで頭が踏みつぶされるところだった。

「はい。1回目。あと1回だけなら許してあげる。」

 仏の顔も三度とは言うが、悪魔の顔は三度もないようだ。これでは対等な契約ができない。しかし、せめて現状よりも良い関係にしなくてはならない。でなければ、私は彼女の玩具として生涯を終えることになる。どうしたものかと考えていると、マテアが私に話しかける。

「ねぇ、どうしても契約しないとダメなの?」

「・・・私はマテアの玩具にはなりたくない。」

「じゃあ、ワタシは君から離れるよ。」

「え?」

 予想もしてなかった。てっきりマテアは私に固執するとばかり思っていたので、こうもあっさり引き下がられるとこちらも気が引ける。

「ワタシにとって人間は食料に等しい。人間の魂はおいしいけど、ワタシは精気の味のほうが好き。だから、なるべく生かしておきたい。私のお母さんは精気を1度に食べ過ぎて、人間を毎回殺してしまっていた。確かにおいしいものはいっぱい食べたい。けど、そのせいで人間はいなくなっちゃったし、お母さんは人間に殺された。」

 マテアは座って、私と目線を合わせた。

「悪いけど、例えワタシが君を愛したとしても、君がワタシを愛したとしても、いずれワタシは君を食べる。それが嫌なら、ワタシは君を食べないように君のことを忘れるしかない。」

 私は何も言えなかった。マテアは悪魔だ。けれど、確かに彼女は"生きていた"。もし、食料に食べるなと言われ、その通り食べるのをやめれば、餓死してしまうだろう。悪魔だから死んでも良いのか?何か心に引っかかる。

 人間に食べられそうな牛がいたとして、その牛が自らのことを狙っている人間を殺したとき、悪いのは牛だろうか。その牛は自分の命を守るため、人間を殺すのではないのだろうか。また、人間だってその牛を食わねば死んでしまうとしたら、牛を殺そうという考えに至って当然だ。どちらも悪くない。いや、良い悪いの話ではない。

 目の前にいる悪魔は人間と共存しようという気がある。でなければ、私を生かしておくはずがないし、ましてや、私を逃がすなど手に入れた食料を捨てるに等しい。しかし、マテアは実際に私のことを逃がそうとしている。

 どうやら、私は彼女に勝てないらしい。もうマテアを祓おうという気持ちはどこかに行ってしまった。これが彼女の計画通りだったとしても、それでも良い。これは私が自分の意志で決めたことだ。

「・・・マテア。」

「何?」

「私は精気を食べられたくない。」

「そう・・・。」

 マテアは切なそうな顔をする。

「でも、マテアにはそばにいてほしい。」

「わがまま。」

「ああ、自分でもそう思ってる。だから、マテアには精気を食べさせてもいい。」

「なんか矛盾してない?」

 首を傾げつつも、少しうれしそうにしていた。

「マテアだから食べさせてもいいんだ。その代わり、一つだけ約束してほしい。」

「何を?」

「催淫だけはやめてほしい。」

 マテアはポカンとして、それからとても可愛らしい笑顔で大笑いした。

「ンフフフハハハハハッ!ごめんごめん!」

 急にマテアに抱きつかれ、私は後ろに倒れる。マテアは私にだきついたまま、耳元で囁いた。

「じゃあ、君がワタシを気持ちよくして?」

「ああ、いいだろう。最高の夜にしよう。」


 それから数十年。今もマテアは私の隣で笑っている。


お読みいただきありがとうございました。

ただ淫魔に精気を搾取されたいだけの人生だった。

次の話はいずれまた。

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