マルチスキャナー
そして三日後、メールで指示されたビルに行ってみた。
出迎えたのは、二十代後半ぐらいの白衣姿の女性。
用件を告げると、ビルの中の一室に案内された。
部屋のど真ん中に置かれた機械を彼女は指差す。
「この機械は、物体の原子レベルまでの三次元構造を読みとるスキャナーです」
彼女が示したマルチスキャナーという機械は、MRIに似ていた。
説明によると、そのスキャナーで人間の構造を読み取り、コンピューターの中に電子データとして取り込むらしい。
そのデータは、しかるべき3Dプリンターがあれば人間一人再生できるほど詳細なものらしいが、もちろんそんな事ができるプリンターがあるはずがない。
いったいそんなデータをなんに使うかというと、電脳空間での仮想人格として使うそうだ。この会社としては、いろんな人間のサンプルがほしかったので、モニターサイトを使って人を集めていたらしい。
ただ、応募すれば誰でもいいというわけではない。
似たような人間……例えば二十代前半の日本人男性が何人も来たら、その中から何らかの特技を持っている人が選ばれるそうだ。
しかし、いったい僕の特技の何が気に入ったのだか……
「つまり、電脳空間の中にもう一人の僕が入り込むと……」
「そういう事です」
彼女は一枚の書類を差し出した。
「さて、北村海斗さん。理解していただけたら、こちらの同意書にサインをお願いします」
「一応、確認しておきたいのですが、危険はないでしょうね?」
「物理的な危険はありません」
「いったい、どういう方法で走査するんです? 超音波とかエックス線とか核磁気共鳴とかでも無理ではないかと。それに原子の位置は観測できないのでは……」
「あら? 詳しいですね。確かに原子の正確な位置は、不確定性原理があって観測できません。でも大体の位置はわかるので、そこは適当に補正をかけるのです」
「そうですか……それで、原子には何をぶつけて観測を……」
「それは、企業秘密なので、お教えできません」
「本当に、大丈夫でしょうね? 変な放射線当てられて、被曝するとかいう事は……」
「エックス線より安全です。心配ありません」
「しかし、それではこの報酬額は……」
「後で、法的な問題が生じるかもしれないんです」
「と……いうと?」
「このスキャナーは、あなたを丸ごとコピーするのです。記憶も含めて。この意味分かりますか?」
記憶……? ……! という事は……個人情報がただ漏れ!
「あなたが隠しておきたい、心の中にしまってある秘密まで全部。昔の犯罪とか」
「ぼ……僕は何も悪いことは……」
いや、してるな。
運転しながらスマホでゲームしてたとか、酒に酔って店の壁に穴を空けてバックれたとか……他に学生の頃にかなりヤバイ事を……あれって作っただけで、使ってないから未遂だよな?
もう、時効成立しているよね……たぶん……
「昔のことだけでなく、今現在あなたが私を見てしているエッチな妄想とか……」
「してない!!」
いや……ちょっとはしていたが……
「冗談ですよ。そんなムキにならなくても、それとも本当は妄想していたんですか?」
これって、セクハラだよな。
「もちろん、あなたの個人情報を悪用することはありません。ただ、万が一の事がありますので、このモニターが終わったらキャッシュカードとかクレジットカードの暗証番号、それとネットで使うパスワードをすべて変更していただきます」
「うわ!! 面倒だな」
「今は、パスワードを何にするかは考えないでくださいね。考えた事がすべてコピーされるので」
面倒だが仕方ない。これをしないと、家賃を払う当てはないんだ。
僕は同意書にサインして装置に歩み寄った。
装置の構造は本当にMRIとそっくり。
「では、このベッドに寝そべってください」
言われたとおりにした。
「今からあなたの全身を走査します。十分ほどで終わります。脳を走査されるときに、眠気が生じてそのまま眠ってしまうかもしれませんが、害はありませんから心配しないでください」
本当に害はないのか? 改めて不安になってきた。
だがもう遅い。
装置は動き出した。
僕の身体は、ベッドごと丸い穴の中に運ばれていく。
なんか頭が痒いような……これが脳を走査されている感覚なのだろうか?
あれ? 急に眠くなってきた。
そういえば、眠くなるって言われてたっけ……
(第一章 終了)