第83話 オーフェン
ベッキーの方から口を開いた。
「あなた、異世界人?ステータスと実力が違いすぎるようだけど、偽装しているわね?」
スッピンでその口調もちょっと厳しいが、さっきよりは話ができそうだ。
ベッキーは自分がスッピンだとは気付いてないだろうし。
「異世界人というと微妙なところもあるが、異世界人で合ってるよ。」
「それで?私を捕まえに来たわけ?」
「いや。私はベッキーの存在は、さっきこの店に来て初めて知ったところだ。というか、この国にも今日来たところだ。」
「それじゃ、私を捕まえに来たわけじゃ無さそうね。よかったわ、あなたには勝てそうも無いもの。」
「誰が捕まえに来るんだ?」
「さっきも言ったけど、私は元勇者なの。だからエンダーク王国から懸賞金を懸けられて指名手配されてるのよ。初めは逃げていたけど、もう最近は開き直って残りの人生を楽しもうと思って、お店を始めたのよ。いつもはボイドが店番してくれてるんだけど、昨夜もう一つの夜のお店で飲ませ過ぎちゃってね。今日は使い物にならないから私がお店に出ていたの。」
「いつ頃から逃げてるんだ?」
「もう3年になるわね。私達は4人で召喚されたわ。召喚されて半年で逃げたわ。皆逃げたはずよ。」
逃げたのはケンジだけじゃないんだ。
「なんで?」
「一緒に召喚された一人が操られてたのよ。私達も操られると思ったから残りの3人で計画して、同じ日に逃げたわ。」
「他の奴らはどうなったんだ?」
「わからないわ。私も必死だったしね。今はレベルも上がって余裕も出て来たし、エンダーク王国の連中程度なら軽く撃退できるようにもなったしね。」
操られた奴ってケンジかな?まだ信用できないし、聞けないな。私がケンジを知っているというだけで警戒するかもしれないしな。
ベッキーの強さならこの世界の者が来ても、まず負けないだろうな。
元勇者なら、元の世界に戻る方法を知らないかな?
「私は元の世界に戻る方法を探している。東の国への行き方も探している。それで各地を回っていて、今回は情報が多いと思うバンブレアム帝国にやってきたところなんだ。ベッキーは何か知らないか?」
「私達が聞いていたのは、魔王を倒せば元の世界に戻れるってだけで、魔王を倒せばどうやって帰れるかも聞いてないし、本当かどうかも怪しかったしね。東の国については何も知らないわ。刀や薙刀の武器を使う国ってことぐらいかしら。」
魔王か。東の国については知らないみたいだな。
「魔王ってどこにいるんだ?北の勇者は北のアイスヘルってところの魔王と戦ってるようだったが。」
「私達は違ったわ。南の海底から渡れる空にあるダンジョンに棲む魔王と戦う予定だったわ。」
色々あるね。南の海底ならデルタが何か知らないかな?
そういえば、ベッキーは苗字があるな。ケンジにしろ北の勇者にしろ苗字が無かったな。
「その4人の召喚された勇者は、全員同じ異世界から召喚されたのか?」
「それがはっきりしないのよねぇ。全員、日本ではあったみたいなんだけど、少しずつ話が食い違うのよ。別次元の日本なのかもね。」
「そう言う事に詳しい者はいないのか?」
「いなかったわね、エンダーク王国が隠してたのかもしれないけど、私達は知らないわ。」
情報はここまでか。ここまで分かっただけでも前進か。
「そうか、ありがとう。良い情報を貰ったよ。」
「なぁにー、もう帰るの?もう少しいなさいよー、何か買って行かないの?」
そうだった!ボクサーパンツだ。
「そうだった、服とパンツを買って行くよ。ここの服、デザインがいいよな。好みの服が多いから。」
さっき見ていた服をいくつかと、ボクサーパンツを10枚持って来て渡した。
ベッキーは怪訝な顔をした後、ココアを見てふーんみたいな顔になった。
代金を払って買ったものを大きな袋に入れて貰った。私はそのまま収納した。
ベッキーが小声で「彼女なの?わかってるわ内緒で入れておいたから。サービスよ。」とウィンクして来た。ゾゾ!
何の事かわからなかったが、宿に戻って買ったものを確認したらTバックパンツが5枚入っていた。
ちがーーーう!!!
因みに、私達が店を出たあと鏡を見たベッキーが絶叫していたそうだ。
隣のケーキ屋ギルドにも聞こえたようだ。
「ギャーーー!!なんで化粧してないのよーー!!」だって。
ベッキーの店を出た時から、【那由多】が逐一報告をしてくれる。
尾行があったのだ。
冒険者ギルドを出てから、2組の尾行が付いていた。
何かして来る訳でも無く、ただ行動を監視しているという感じだったので、こちらも何もせず泳がせていた。
冒険者ギルドには毎日顔を出し、依頼書を確認し魔物を出したり、依頼をしたりしながら1週間様子を見た。護衛なんかもやってみた。楽な仕事だった。丸一日かけて隣の町までの片道だけの護衛だった。たまに出る魔物を排除するだけの楽な仕事だった。ただ、馬車の乗り心地は最悪で、御者の隣に座らせてもらった。帰りは短刀で戻って来るだけなので帰りは馬車に乗らずに済んだ。
その間も尾行は付いて来ていたが、転送前に撒いてやった。
撒いたというよりは、指輪の効力で見失わせた。ということなんだけどね。
私達のチームは、偽装+隠蔽の指輪を2つ持たせている。
1つは普段ステータスを誤魔化すために常時身に付けているが、もう一つは転送する時や馬車を収納したりする時に身を隠したり誤魔化したりする時に使う。
一度外せばまた装着して設定できるが、もう一つあれば再設定することなく装着するだけで済むので2個持たせている。装着するとパーティ同士でも気配がやっと分かる程度だ。
折角の良いアイテムだ、私達も慣れて行かないとな。
私達を見失って慌てた尾行者は、私たちのすぐ傍まで来て確認をしていたので、尾行者の顔と人数は確認した。
いつも尾行しているのは2チームだったが、遠征先だから1チームしか来ていなかった。
その次の日も、何事も無かったかのように冒険者ギルドに顔を出して依頼達成報告と新しい依頼を達成する。それでも、相手からのコンタクトは無かった。
夜、皆が揃った時に相談した。
「デルタ?どういうことだと思う?尾行は付いているが、何のコンタクトもして来ない。かと言って、尾行を諦める様子も無い。尾行しているのは冒険者ギルドの関係者だと思うんだが、なぜ尾行されているんだろうなぁ。」
毎回必ず冒険者ギルドから尾行が始まる。夜は宿まで付いてくるが、朝、冒険者ギルドに着くまでは尾行が無い。
ベッキーの所も様子を見ているが、ベッキーには尾行が付いていない。
目的は私達で間違い無いようだが、目的が分からない。
「いくつか考えられることはありますが、今の状況での特定は難しいですな。」
「だよなぁ。もう少し様子を見るか。それともギルマスに声を掛けてみるか?」
「それは一つの選択肢として有効だと思いますな。但し、行く時は絶対一人では行かないでください。何も特定できない状況ですから危険があるかもしれないですしの。」
「わかった、それは注意しておこう。デルタは南の海の入り口から空のダンジョンへ行ったら魔王がいるって知ってるか?」
「知っておりますよ。行き方も知っております。」
「魔王を倒すと異世界人が元の世界に戻れるらしいが本当か?」
「そんな事実はございませんな。魔王様にはそんな力はございませんし、何かに縛られている訳でもございません。」
「やっぱり嘘か、エンダーク王国の南の勇者がそう言われたって言ってたからな。」
「それは魔王様を倒す理由付けをしているに過ぎませんな。そうでも言わないと魔王討伐を勇者がしてくれんませんからな。」
まずはギルマスに聞くかぁ。
「じゃあ、明日ギルマスに声を掛けてみるよ。ココアとリクとユニコを連れて行けばいいだろ?」
「そうですな、それで結構かと。」
「皆頼むな。」
尾行の者を捕まえて問い詰めようとも思ったが、手荒なことになりそうだし辞めておいた。
ギルマスに聞いて、それでも尾行が無くならかった時には尾行している者を捕えようと考えていた。それにはデルタも同意してくれた。
次の日、受付でギルマスに面会できるか確認してもらった。
すぐにマスタールームに通して貰った。受付は確認もせず、後ろにいた女性に声を掛けた。
その女性は秘書のカサンドラだと名乗り「こちらへ」と奥の扉に案内された。
扉を開けると6畳ぐらいの部屋だったが、部屋一面に魔法陣が描かれていた。部屋に入る前に立ち止まり一応警戒して【那由多】で解析する。単純な転送魔法だと解析される。
恐らく最上階への直通の転送の魔法陣なのだろう。冒険者ギルド内で罠は無いだろうと部屋に入った。一緒に部屋に入ったカサンドラの手には魔石が持たれていた。キーと転送で消費する魔力を兼ねたものだと【那由多】が教えてくれた。
最上階の5階へ転送された私達の前には、満面の笑顔の30歳前ぐらいで細身の若い男が立っていた。
「ようこそタロウさん。やっと、やーーっと来てくれましたね。お待ちしておりましたよ!私は、このギルドのマスターでオーフェンと申します。」
オーフェンは非常に喜んでいる様子で、秘書のカサンドラには飲み物の他にケーキまで用意させた。
「もうバレていると思いますから、先に申し上げておきます。尾行を付けていた事、深く謝罪させていただきます。」
オーフェンは深くお辞儀をした。
「ただ、私にも言い訳をさせていただけるとありがたいのですが。」
「わかった、聞こうか。しかし若いな。」
「ありがとうございます。タロウさんがこちらに来られたことは初日にすぐにわかりました。すぐにでも声を掛けようと思いましたが、ツンザンブレーン連邦の一つであるザンガード国のギルマスのフェリードからギルマス専用秘匿回線で通達が来てまして、『タロウと言うSカード冒険者を無暗にマスタールームへ呼びつけると冒険者ギルドを脱退する恐れがあるので、ご注意されたし』という内容のものが来ていたのです。」
そうだったのか、フェリードは本当に通達してくれてたようだな。
「それで、このまま国を出ていくようなら、その時は仕方が無いので声を掛けさせてもらおうと思い、尾行をさせておりました。それだけ私共も切羽詰まっておりまして。」
「そういうことだったか。苦労を掛けたみたいだな。」
「いえいえ、こちらに顔を出して貰った時点で、すべて忘れました。それで、こちらに声を掛けてもらったということは、依頼をお願いしてもいいんでしょうか?」
本当に切羽詰まっているようだな。今回は情報の面でも協力してほしいし別にいいんだが。
「こんなに大きなギルドでも解決出来ないほどの物なのか?ここならSカード冒険者ぐらいいるんじゃないのか?」
「はい、確かに5人おりますが、3人は使い物にならなくされてしまいまして。Aランクパーティでは少し力不足の案件なのです。」
「使い物にならないとはどういうことなんだ?回復魔法でも回復できなかったということか?」
「そうなんです。ベッキーはすでに貴方もご存じだと思いますが、ベッキーの捕獲依頼が来ておりました。捕獲に向かったSカ―ド冒険者は、3チームとも返り討ちに合いやられてしまいました。命は取り止めたものの回復に時間が掛かっています。肉体的にはすでに回復はしているはずなんですが、精神魔法の攻撃を受けておりまして中々回復の兆しが見えないのです。『もう来ないでくれ、もう来ないでくれ』と言うばかりで。」
私はウンウンと頷いた。わかるよ、その気持ち。それは精神系の魔法攻撃では無いね。ベッキーはそんなもん持って無かったし。
Sカード冒険者を一蹴か。ベッキーはやはり強かったな。
「そのベッキーを倒したという報告も聞いております。是非とも依頼を受けて貰えませんか?」
「ベッキーの捕獲は思うところあって断りたい。」
「結構です。他にもあるので、そちらをお願いしましょう。」
すぐに折れたな。そんなに切羽詰まってるのか?
「全部で5件あります。そのうちの1件は早急に対応していただきたいのですが、いかがでしょうか?」
「わかった。まずは聞こうか。」




