第2話 名前は ソラ
「ねーおなかすいたー、その油揚げが食べたいー、入っていい?」
中学・高校生ぐらいだろうか、黒髪で一筋の金色メッシュが入り色白で可愛い女の子が友達にでもしゃべる調子で話しかけてくる。
「・・・・・・・・・・」
驚きのあまり、瞬きも忘れその女の子から目が離せない。
「ねーいいでしょう?」
持ち上げていた箸から麺が落ち、出汁が手や顔にかかる。
「っつ!!」
熱さで固まりが少しほぐれた。
――【熱耐性】習得しました。
「・・・・だれ?」
「うち?」と人差し指で自分の鼻を指す。
3度も4度も高速で頷いた
「うちはうちー。で、食べていい?っていうか入っていい?」
まったく事情がわからん!なんだ?誰だ?
まずは情報だ。おなかがすいているようだし、食べさせれば何か情報をくれそうな気がする。
「おなかが・・・すいているのか?」
「そうだよー、だから入っていい?」
なんか悪霊とか悪魔とか、こういうので許可するとダメだったような気がする。
でも、普通に目の前にいるのに許可をもとめている行儀のいい娘のような気もするし。
今は昼だからお化けは無い!と思いたい。
「んーまぁいいか、こっちにおいで、食べていいよ。」
「ありがと―!」
と布団からさっと部屋に飛び降りた娘は、150センチぐらいの女の子で膝下ぐらいまでの短めの丈の薄水色の着物を着ていた。
「熱っつーい!」
いきなり油揚げを指でつまもうとして大声を上げる。
「いやいや、そりゃ熱いだろ。ちょっと見せてみろ。」
と、タオルを出して拭きながら赤くなった手を取って見てやった。
「大丈夫そうだな、箸で食え。」と今まで持っていた箸を渡そうとした。
まだ口を付けてなかったはずだし、客かどうかもわからんし、いいだろ。
「優しいね、ありがとー」と笑顔を向けながら、こちらを向き『ん!』と言って目を瞑る。
すると私の額あたりが光っているような少し眩しい感じがした。
その光に気を取られていると、また「熱っつーい!」と大声が聞こえた。
「おいおい、ちょっと待ってろ」と私は立ち上がりお椀を持ってきた。
「これに入れてフーフーして食べろ。油揚げは熱いんだ、だから私は最後に食べる。その方が出汁もたくさん染み込んでる気もするし美味いんだ。」
「麺はいらなーい、油揚げだけでいいの。」
「じゃあ、こっちのお椀に移してフーフーして冷ましてから食べなさい。」
「はーい」
まずは食べないと話も聞けそうにないので、もうひとつ箸を持ってきて私もうどんを食べ始めた。
「おかわりー、もう無いの?」
「油揚げは無い。」
「じゃあ、他にはなんか無い?うどんはいらないよ。」
「その前に、少し話をしようか。」
「なに?」
うーん、この娘にはこの状況は普通なのか?なんか説明があってもいいような気がする。
お化け関係では無さそうだしね。
「まず、お前は何でここにいる?」
「お家があったからだよー」
突っ込みどころ満載だが、かみ砕いてゆっくり行こう。こういう娘にはこっちが合わせなくてはいけない。と思う。短気になっては聞きたいことも聞けない。
「あー、じゃあ、どこから来た?名前は?」
「あっちだよー」と押入れを指さす。
「名前は付けて―。」
んー、難しい。こういう時、小学校の低学年の先生はどう対処しているんだ?
名前はって・・付ける?
「お嬢ちゃん?名前は付けて?ってどういうことかな?」
「そのまんまだよ。付けてー」
「付けてって名前はあるんだろ?ニックネームってことかな?」
「違うよー、名前は無いから付けて」
まったく事情がわからん。こういう時は一度相手に乗ってみるのもいいか。
「じゃあ、名前を付けようと思います。どういうのが希望かな?」
「可愛いのがいいな、うち狐だしそういうのも含めて」
「はい!?狐?」
「そうだよ、ご主人様は強そうだしこんな結界を張れる人もなかなかいないし。それに仲間スキル持ってるでしょ?」
「ご主人様?」結界?仲間スキル?何言ってるんだ?この娘は?
んー話が斜め上どころではないな、ギャルとしゃべっているよりキツイ。
もう少し乗ってみないとわからないな。
「なあ、名前は『クラマ』ってどう?狐だし。」
「その名前の人はもういるよ。違うのにして。可愛い系でも無いしー」
むむむ手ごわい。たまに真面なことが入ってるし。
「『ソラ』ってどうだ?」見たことあるんだよネットで。
キラキラネームランキングに入ってた名前。
「あ!いいねそれ。じゃあ『ソラ』に決まり!」
「はいはい、じゃあ、名前も決まったことだし、他にも色々聞きたいんだがいいかなー?」
「色々?じゃあ、おかわりしてからー」
話が進まないんで、今日買ってきた缶詰の中からいくつか与えたら納得してくれた。
「いいかな?」
「さっきのやつ、おいしいね。初めて食べたよーあんなおいしいの。」
焼き鳥のたれ味の缶詰のことかな、たしかにおいしいけどね、そこまで絶賛でも・・。
「じゃあ、まず始めから。なんでここにいるの?」
「家があったからだよー。ちょっと違うか。うちがいたところに急にお家が出てきて、外は結界で出られないし、中を見たら布団のとこまで入ってこれたんだ。でも、この中にはやっぱり結界で入れなかったんだよ。」
やっぱり入るのには許可が必要だったんだ。ちょっと軽率だったか。
しかし、害は無さそうだし問題ないか。今、聞きたいキーワードは2つ。
「ご主人様って私のことか?」
「そうだよ。さっき契約したじゃん?」
いつだ?契約って?
「なんかサインしたか?それとも口約束でもあったか?」
「さっき手をつないで式具くれたじゃん、そしたら私も『ん』っていって契約完了の光が出たよねー。」
たしかに『ん』って言ったような気もする。なにか光ったような感じもあった。
と、彼女の胸元を見ると私のお気に入りの箸が収まっている。
「それ」確かに奮発して購入したお気に入りの箸である。安物は先がすぐにはげてくるので、旅行先で購入したものだった。それでも5000円はしていないだろう。
「そう、この箸だよ。きれいだよねー。すごく気に入ったよ。こんなのクラマ様でも持ってないよ。」
たしかに漆塗りだったはずだ。それでいいのか?で、契約?
でも、少しずつではあるが話がつながりだした気がする。