第144話 【番外編】 勇者トオル ストーリー
勇者トオルの話しなのに今回は笑いはありません。
すみません。
大きな館の一室、日本でも爵位が流行り出した明治維新頃、綾小路通は産声を上げた。
『散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする』の言葉通り、丁髷も見られなくなって来た時代だった。
私の生きた日本かどうかは分からないが、時代の流れは基本同じ。
違う異世界で総理や将軍の名前は違っても、基本は同じ日本である。
私のいた時代では華族と呼ばれていた地位もトオルの世界では貴族になっていた。
トオルの綾小路家はトオルが8歳の頃、大きな戦で負け組に付き、爵位は子爵ながらも勝ち組の男爵にも及ばないぐらい衰退していた。
トオルはその綾小路家の3人兄弟の3男として生まれ、8歳までは裕福な一族の末弟として育った。
トオルがもうすぐ14歳になろうとした時、前回の戦で負け組になり衰退していく貴族を担ぎ上げた下位の武将達が最後の意地を見せるために戦を起こした。
戦に敗れた下位の武将達は負け組のレッテルを貼られ、生活も苦しく住民からは蔑まれ毎日を悶々と生きて来た。
我慢の限界を超えた下位の武将たちが集まり蜂起した。
初戦は勢いで勝利した反乱軍も2戦目以降は敗戦続きとなり結果全滅するまで意地を通した。
トオルの綾小路家は衰えて行っているとはいえ貴族の地位は守られていたので、この戦には参加しなかった。当主が戦への参加を良しとしなかったのだ。
敗戦を続ける反乱軍が敗走して来た最後の砦が綾小路家の館と近く、最終決戦の合戦の時に戦火に巻き込まれた。
綾小路家の屋敷は戦場となり当主、長男、次男はすぐに討ち取られた。
討ち取ったのは反乱軍であった。裏切者ー!! と雪崩れ込んできた反乱軍たちにより、綾小路家は滅んだ。
母親と隠し部屋に隠されていたトオルも見つかり母親共々斬り殺された。
その時トオルは思った。
逃げ場のないこの部屋から母を連れて逃げ出したい。逃げ出したい。ボクが母上を連れて逃げるんだ。この壁を抜けたい、壁を抜けて逃げるんだー!
その願いも虚しく殺されたトオルが召喚された。
「母上ー!」召喚されたトオルの第一声であった。
周りの変化に気づいたトオルは、周囲を観察する。
誰も武器を持っていない事、周りの者の顔に敵意が無い事がわかり母親を探す。
そのトオルの目の前に王がやって来た。
「其方、この短剣を持ってみよ。」
差し出された短剣を受け取った。綺麗な短剣だった。
「やはり今回もダメであったか。よい、短剣を返せ。」
トオルは短剣を離そうとしなかった。
「其方の武器はあちらに用意してある。さあ、短剣を返して貰おう。」
「お前は誰だ!」
「儂はこのバンブレアム帝国の王だ。其方の名前も聞いておこう。」
「ボクはトオルだ。」綾小路とは出なかった。死んで召喚された時にトオルとなり、トオルの中から綾小路が無くなっていた。
「トオル、勇者トオルか。其方は何もしなくてよい、期待もしておらぬ。この城で静かに暮らせばよい。」
「勇者? 勇者ってなんだ。ボクは探さなければならないんだ。」
「何を探すのだ。」
「え? えーと、なんだっけ。」
召喚前の事をすべて忘れていた。ただ、何かを探して助けるんだ。と思いつくだけで、何を探して誰を助けるのか分からなくなっていた。
「さ、短剣を渡して貰おう。」
考え込むトオルから短剣を取り王は部屋から出ていった。
残っている大臣から着替えや武具を整えてもらい、城の1室に案内してもらった。
今日から住む部屋だと説明を受けた。
城の中では自由にしていいが、王の関係する場所への立ち入りは禁じられた。
それから2週間、この国の事などを教育されトオルもこの環境に慣れて行った。
その間、スキルの使い方や武術に関しては全く教わらかった。が、皆から「勇者様」「勇者様」ともてはやされ自分は強い、偉い、と思い込んでしまう。
2週間後、異変が起こった。
勇者を操ろうと企んでいた大臣の一人が貴族と手を組みフォルファクスを召喚したのだ。
召喚した大臣はすぐに殺されフォルファクスはその場にいた者を生贄に誘惑が出来る悪魔を召喚。王も含めた城の者を支配下に置いた。
ウルフォックスがフォルファクスのアジトを壊滅するまで、全員魅了されたままだった。
それはトオルも同じだった。
魅了から解放された城は正常には戻ったが、王位継承者が多数いなくなっており、その穴埋めのための業務で城は大忙しになっていた。
その時期にトオルの【通過】を使えるようになった。
ずっと使える状態ではあったのだが知らないので使えるとも思っていなかった。
偶然使えることが分かり、それからは大忙しの城の者をよそにトオルは【通過】を使いまくって色んな部屋に出入りしていた。
その時に王と現第一王位継承者ローゼッテン公爵との話を聞き、短剣の秘密を知る事になる。真の勇者という言葉も知った。自分だけが勇者と呼ばれているのに他の者が短剣を持つのもおかしいと思った。
短剣は光らずアムール公爵に渡りアメーリアの所に短剣が移った所まで知った。
アメーリアが聖女になった事も知り、勇者には聖女こそ相応しいと思い込むようになる。
アメーリアのお披露目の式典で初めて会った冒険者に屈辱を受け、城の者を連れて行った時も思い通りに行かず、自分を慕ってくれた奴らまで連れて行ったのに短剣が奪えなかった。
短剣さえ私の者に成れば、私が真の勇者になり助けられるのだ。
私は誰かを助けなければいけないのだ。
最後の手段に出たが壁が通り抜けられなくなっていた。気が付いたら牢の中だった。
「うう、ここはどこだ。」
「勇者様! 気がつきやしたかい。」
隣の牢から声が掛かる。
「う、お前達は。なぜここに居るのだ。ここはどこだ。」
「ここは城の地下牢でさ。あっしらもアジトにいる所を捕まりやして、この様でさぁ。」
「よし、ボクが助け出してやる。ボクは勇者だからな。」
ゴーン。トオルは思い切り鉄格子に頭をぶつけた。
「勇者様、何をやってるんですかい。大丈夫ですか?」
「痛たたた、今は思いが足りなかった。お前達を助けるんだという想いが足りなかったのだ。次は大丈夫だ。」
トオルは、助けるんだ、助けるんだ、通り抜けて助けるんだ、逃げるんだ、逃げるんだ・・・・・母上ー!!!
思い出したぞ。母上をお助けするのだ。その為にも短剣を我が物として真の勇者になるのだ。
行くぞー!
綾小路通となったトオルは鉄格子を通り抜け、そのまま隣の牢にも通り抜けて入った。
「さあ、一列になり私に捕まれ。」
電車ごっこの様に一列になった野盗とトオルは壁から牢を抜け出し堀まで【通過】して、城からも抜け出して行った。
野盗のアジトとしていた場所まで行き、隠し部屋に隠してあった武器や金貨を取り、バンブレアム帝国から去って行った。
トオルの記憶も完全に戻った訳では無い。
母上を助けるということを思い出しただけだ。そのことを思い出して元の名前に戻ったが、今の記憶と元の記憶が混在していて、短剣を奪って真の勇者となり何かから母上を救う。その為にすべきことは分からないが、今はあの冒険者を倒すために強くならなくてはいけないぐらいはトオルでもわかった。
これが野盗トオル団の始まりであった。
まだ短剣は諦めていない。




