第117話 勇者トオル3
冒険者ギルドを出ると馬車が待っていた。
「お待ちしておりました。」
騎士団のベルギールとワンダールのバンダム親子だった。
今日もフルアーマーに身を包み私のあげた馬車で迎えに来ていた。
弱ったな、こいつらがいたら転移できないぞ。
アメーリアの所まで送らせてそこで帰って貰おうか。
「アメーリアの宮殿まで送って貰えるか?」
「お安い御用です。では行きましょう。しかし今アメーリア様は総本山に行かれていると思いますが。」
知ってるんだ。そりゃ王家だから当たり前か。でも、こうやって送って貰えるのはありがたいし便利なんだけどね、なんか不自由だわ。
「執事がいれば事情を聞いてみたいんだ。」
「何かあったのですか?執事のライラックとは幼馴染でして、奴はいつもアメーリア様と一緒ですから総本山に同行しているのではないでしょうかな。」
あの執事ライラックって言うんだ、名前は初めて聞いたな。
執事もいないんなら直接総本山に行った方がいいよな。転送ポイントは前に送った時に作ってあるし、やっぱりこの親子が邪魔だなぁ。門まで送って貰えばいいか、外までは付いて来ないだろ。
門まで送って貰ったら、そこで別れてくれた。
道中、ベルギール・バンダムはずっと馬車の自慢をしてた。
いや、私の馬車なんですが。その自慢全部知ってますし。
王様からの招待状の事も知っていて、予定日には門の所で待っていると言っていた。
そういうのが不自由を感じさせるんだよ。気を使わされるんだよな。
10分前集合とか日本だけらしいけど、私は日本人だから気を使うんだよ、待つのも待たされるのも。
門が見えなくなったところで転移しようとしたら、私の前に50人ぐらいの野盗が現れた。
「フハハハハー!待っていたぞ今日こそ短剣を渡して貰うぞ!」
勇者トオルだった。
懲りないねぇこいつも。どこかで現れるとは思ってたけど町の外ってどういうことだ?
しかも野盗を連れてるって、お前勇者だよな?
「お前勇者じゃなかったか?いつから野盗になったんだ?」
「野盗じゃない!勇者トオル団だ。騎士団はあてにならないからボクが集めたんだ。観念するなら今の内だぞ!」
お前以外、どう見ても野盗にしか見えないぞ。ん?こいつら見た事あるぞ?
「あれ?お前たち。」
「あっ!これは旦那。ご無沙汰しておりやす。」
ケンジの時のダンジョン最下層に居た悪者達だった。なんで勇者と一緒にいるんだ?
「お前達か。お前達は何でここにいるんだ?私は自首しろって言ったはずだが。」
「あっしらにも色々と事情がありやして、今は勇者様のお供をしていやす。」
野盗をしてる割には所々に綺麗な装備付けてるし、ただの金づるだろ?
「お前達の事情なんかどうでもいい、私との約束が守れないのならここで捕まえるだけだから。」
「旦那、勘弁してくださいよ。旦那に敵う訳ありやせんよ。」
「だがお前達は私との約束を守ってないし、今日は私を襲いに来たんじゃないのか?」
「滅相もねぇ、あっしらは勇者様に言われただけで誰を襲うかも今知ったとこなんでさぁ。まさかそれが旦那だったなんて。」
「まさかとは思うが、他の旅人を襲ったりはしてないだろうな。」
「まだやっておりやせん。今日が初仕事だったんでさぁ。」
「まだってことはやるつもりだったんだな?やっぱり放ってはおけんな。」
「そんなぁ、旦那勘弁してくだせぇよ。」
「じゃあすぐに自首して来い。」
「あっしらが自首したら死罪になっちまいまさぁ。」
「勇者に弁護して貰えばいいだろ。」
野盗全員があっ!という顔になって勇者に注目する。
「お前達!ボクを無視して話をするんじゃない!ボクは短剣が欲しいだけだ。貴様はさっさと短剣を渡せばいいんだ。」
「これか?」
わざと短剣を出してやった。キラキラリーン。短剣が輝く。
野盗共は平伏さない、どういう基準の短剣なんだろうな。でも私は見逃さなかった。
1人だけ居たのだ。平伏した後、周りが反応を示さないので何も無かったように立ち上がった奴がいた事を。
「おお、それだ。さっさと素直に渡せ!」
「だからなんでお前に渡さなければいけないんだ?」
「ボクこそ勇者にもアメーリアさんにも相応しい男だからだ!」
「お前、アメーリアと話をしたことがあるのか?」
「無い!」
なぜ偉そうなんだ?こいつの基準がまったくわからない。
「お前達!こいつをやっつけて短剣を奪い返せ!」
「勇者様。そいつはぁ無理でさぁ、あっしらが旦那に敵う訳ありやせんぜ。」
「むむむ、この役立たず共め。覚えていろよー!」
またまた勇者は逃げて行った。
「勇者様、待ってくだせぇよ。」
野盗になった悪者共も一緒に逃げて行った。
・・・あいつらまた来るよな。
だが、今回は1人だけ捕まえた、さっき平伏した奴だ。
「おいお前、ちょっと聞きたい事がある。」
「助けてください、助けてください。私は何も知りません。」
「まだ何も言ってないだろ。煩いから少し黙れ。」
「はい・・・。」
「お前さっき短剣を見た時平伏したよな。お前貴族だろ?」
「・・・・・。」
「なんで野盗に混ざってる、目的は何だ?」
「・・・・・。」
「言いたくないならいいさ、私は今日急いでるからお前なんかさっさとやっつけるだけだから。」
メタル系の刀を出した。
「・・・・・。」凄く汗をかきだしたようだが何も言わない。
「お前野盗じゃないよな?誰に何を頼まれてる。」
「・・・・・。」
しぶといな、何も言わないぞ?【鑑定】でも大した奴じゃないし、状態も普通なんだが今までこんなことは無かったし、何か違和感があるな。
門まで連行してさっきのベルギール・バンダムを呼び出して貰った。
こいつの素性を調べるように言って引き渡した。尋問・拷問は構わないが殺さないように言っておく。自害する可能性もあるから念のためHP全回復薬を1つ渡しておいた。
さっき連行する時も自害しようとしたので回復させたのだ。
男の事はベルギール・バンダムに任せて私は総本山に向かって転移した。
総本山の受付に着くと、アメーリアがいるはずだから呼び出して貰うように頼む。
呼び出しはできないと断られた。面会なら可能だが順番待ちが多いため今日会えるかどうかもわからないと言われた。
一緒にいるはずの執事ならどうかと尋ねたら、それは大丈夫だったので中に入らせてもらえる事になった。
門を入った所から長蛇の列が出来ていた。
列を辿って行くと本殿までずっと続いていた。
この行列全部がアメーリアとの面会に訪れている人たちだった。
本殿の事務所で執事に面会を求めた。
少し待つと執事が出て来た。
「タロウ様、来ていだいて感謝します。」
「これはどうなってるんだ?全部アメーリアへの面会の行列なのか?」
「しっ!タロウ様、声が大きいです。ここではアメーリア様のことを呼び捨てにされると何を言われるかわかりません。ここでは聖・大アメーリア様となっておりますから。」
「どういうことだ?」
「先日、アメーリア様が聖大へクラスアップさせて頂いてからこのような事になってしまいました。」
事情としてはこうだった。
聖大へクラスアップしたあと、お披露目会を催すため各所に招待状を送った。
その中には勿論イクスプラン教の総本山も含まれている。聖大になったお祝いなのだから。聖女にしても聖人や聖大にしてもイクスプラン教の信者から出る聖職者だからだ。
聖大というクラス名も聖の後に大と名前が続き、正式なクラス名ではなく個人の名前で呼ばれるそうだ。アメーリアが死んだ後でもクラス名ではなく名前で呼ぶようにするためだそうだ。
アメーリアの場合は、聖・大アメーリアになる。聖大は1300年振りの誕生だそうだ。
総本山から本当に聖大なのか確認のため総本山へ出向く様に連絡が来て、出向いて確認されると聖大であることが間違いないと確認された。
それからは、聖・大アメーリアと奉られ連日面会で神殿の中から一歩も出られない状態が続いているという。
面会と言っても話をする訳では無くただ仏像の様に拝まれているだけ。
執事でさえ、朝食前と夕食後に少しだけ会える時間があるだけらしい。
それで連れ出してほしいという依頼なんだな。アメーリアはこうなることを予測していたんだな。
聖大が生まれたのは1300年振りらしいからな、当たり前と言えば当たり前か。
でもあいつには分身の指輪と飛行の指輪をあげたままのはずなんだが。
「執事さん、あんたも知ってると思うがあいつには分身の指輪を持たせてたはずなんだが。」
「はい、一度分身を置いて逃げ出そうと試みましたが捕って本殿に戻されました。分身はあってもアメーリア様がすぐに見つかってしまいましたから。分身の事はバレずに済みましたが、それからは使っていません。」
「わかった、私がなんとかしよう。今から行こうと思うがアメーリアはどの辺りにいるんだ?」
「あそこです。」執事が指さす先は本殿中央の奥に几帳があり、その奥に座っているようだ。長蛇の列はそこで何やら願い事を呟き拝んで次の者と交代して行く。それが永遠に終わらない。日を追うごとに人数は増えて行ってるそうだ。
これは流石に可哀相だな。でも一番目立つところにいるじゃないか夜を待つ方がいいか?
逆に目立つ今の方が代ったと思われなくていいか。
「わかった、今から助けて来るから執事さんは総本山の門を出た辺りで待っていてくれ。」
「かしこまりました。よろしくお願いします、タロウ様。」
私は目立たない所に隠れて、透明の指輪を填めた。
消えた状態で几帳の裏に居るアメーリアの後ろまで行って声を掛けた。周りには悟られないように耳元で小さな声で。
「アメーリア、タロウだ。声を出すんじゃないぞ。」
アメーリアは少しビクッとなったが何事も無かったように座ったままゆっくり小さく頷いた。
「指輪を渡すから手を出してみろ。」
アメーリアはゆっくりと手を出した。
「お前が持っている分身の指輪を填めた後、すぐにこの指輪を填めるんだ。わかったか?」
透明の指輪を手の上に置いてやる。アメーリアはゆっくりと頷いた。
アメーリアは分身の指輪を出し、自分の指に填めるとアメーリアの分身が横に現れた。
すぐに渡された指輪を填めると自分の姿が消えた事が分かった。アメーリアは立ち上がり代わりに分身を座らせる。
私はアメーリアを見失わないように服を掴んでいた。
アメーリアの分身が座ることを確認したら掴んでいる手を引いてアメーリアを自分の方へゆっくり引き寄せた。
ここで話すと声が聞こえても不味いので先に総本山前の転送ポイントに転移した。
結界が張ってあるので転移できるか心配だったが、結界は完全にこの敷地内を覆っている訳では無いので問題なく転移できた。
周囲を確認し透明の指輪をはずした。
「もう大丈夫だ。後から填めた指輪だけはずしていいぞ。」
アメーリアも透明の指輪をはずし姿を現した。
「ああ、タロウ様、ありがとうございます。」とアメーリアが泣きながら抱きついて来た。
辛かったんだろうな、私も頭を撫でてやった。
執事はまだ着いて無いようだったので先にアメーリアだけ連れて宮殿の中の転送ポイントまで転移した。以前作っていた宮殿の中の1室だ。
アメーリアを宮殿に置いてまた総本山に戻って来た。少し待つと執事も到着したので一緒に宮殿に転移した。
「アメーリア、大変だったな。まさかクラスアップしたことがあんなことになるとは思わなかったよ。悪い事をしたな。」
「いいえタロウ様。クラスアップできたことは心より感謝しております。総本山の方々が言う事もわかるのですが、ずっとあのままはやはり辛いです。助けに来ていただいてありがとうございました。」
「うまくいって良かったよ。これでもうバレないだろうな。指輪をはずすんじゃないぞ。」
「はい。絶対はずしません。タロウ様から頂いた指輪ですから。」
節々におかしなフレーズが入るよな?
「これからはどうするんだ?ここに居てもバレたらおかしなことにならないか?」
「宮殿と城に居る分には大丈夫だと思います。式典や晩餐会に出なければバレることも無いと思います。タロウ様じゃありませんが、私も式典などは面倒で好きではありませんから丁度良かったです。」ウフフフ
そういうことを言ってもいいのか?王位継承者が。
まぁ、元気になったようだしいいんだろうな。
「宮殿と城だけだと窮屈では無いか?どこか行きたくなったら連れてってやるから声を掛けろよ。」
「大丈夫です、今までとあまり変わりませんから。でもタロウ様が連れて行ってくれるのでしたらお声掛けはしますわ。」
「大丈夫ならいいじゃないか、でも行きたいとこがあれば言って来るといい。今度、王にも招待されているから、その時にも会えるかもな。」
「はい、伺っていました。でも今回の事で行けるかどうか心配だったので安心しました。」
「そうだ、アメーリアにも馬車をプレゼントしてやろう。騎士団長にも好評だったんだぞ、自慢の一品だ。帰りに置いて行ってやるよ、その馬車で城に行けばいい。」
「それもタロウ様が作られたのですか?」
「そうだぞ、ロンレーンの工房の親父に1台作って貰ったんだが浮いてるから揺れないんだ。ロンレーンでは馬車ブームにもなったんだ、今回のは私が作った物だぞ。」
厩に行き馬車を出して説明してやった。魔石も余分に置いてやった。
さっきの野盗もまだ何もしゃべって無いだろうから明日行ってみよう。
今日は帰ってゆっくりしようか。いい気分転換になったよ。




