第107話 ベリアル
イソッチと2人で地下道を通り、領館までやってきた。
「ここの領事室にいるはずなんです。彼は自分の領地をこのエンダーク王国内に持っていますが、自分の領地は部下に任せてほとんどこっちの領館で業務を行っていましたから。」
領館に入った。受付を見るとやはり普通じゃない。【鑑定】で混乱を確認した。
「ダメだな、やはり混乱してるようだ。イズミン侯爵の部屋は分かるか?直接行ってみよう。」
「ステータスがわかるんですか?【鑑定】持ちなんですね。」
「ああ、優秀な冒険者だって言ったろ?」
「はい。イズミン侯爵の部屋はわかります。こっちです。」
仲間以外と組むなんてことはないからな。うっかり【鑑定】したことを口にしちゃったよ。他にも内緒にしたいことだらけだから注意しないとな。
イズミン侯爵が居ると思われる部屋に来た。
ノックをする。返事が無い。
ドアを開けて見ると鍵は開いていた。
中で椅子に座って書類整理をしている男が居た。が、こっちには興味を示さない。
「イズミン様。」
イソッチが声を掛ける。
少しこちらを向いたが書類整理作業に戻る。【鑑定】では、やはり混乱(魅了)と出た。
状態異常全快の薬を渡して素直に飲んでもらえるものだろうか。
私はイズミン侯爵の後ろに回り、顎を持って顔を上に向け薬を口の中に入れてやった。
「あー!タロウさん、乱暴ですよ。」
「こうでもしないと話が長くなると思ったんでな。でもこれで治ったと思うぞ。」
目の前で咽る侯爵を【鑑定】すると状態は正常になっていた。
「ゲホッゴホッ。ん?イソッチ?どうしてこんなところにいるんだ?」
「正気に戻ったんですね!良かった。」
「正気ってなんだ?儂は正気だぞ?」
「いえ、イズミン様は操られていたのです。今それを治して貰ったところなんです。こちらのタロウさんに。」
初めてみる私を見定めるように見て来る。
「そういう事だ。信じられないかもしれないが、あんたは操られていた。他にもたくさん操られている奴らが居るから、そいつらも元に戻すために協力をお願いしたい。できれば急いで。」
「タロウ殿と言うのか。信じられないがイソッチもいるし騙されている訳では無いのだろう。その操られている者はどこにいるんだ?」
「城だ。王も操られている。」
「な、なにっ!」
「イズミン様、本当なんです。城全体が操られています。この領館も全部なんです。」
「まさかな。しかし、イソッチがそこまで言うなら信じよう。それでタロウ殿の目的はなんだ?誰かの依頼か?」
ん?なんでだ?依頼では無い。元々は何だった?勇者の情報か?それはさっき貰ったな。サンゼルマン子爵の情報か?ベッキーかケンジの事か?あれ?なんだっけ?なんで城に潜り込んだんだっけ?忍者の真似事がしたかっただけ?助ける義理は無い?
「タロウさん?」
黙って考え込む私を心配してイソッチが声を掛ける。
「すまん、わからん。たまたま知って放って置けなくなっただけかもしれん。それじゃダメか?」
「・・・・ぷっ、はっはっはー!それでいい。いやそれがいい。良い答えだ!気に入った。警戒していた私が馬鹿だったようだ。協力させて貰おう。いや、協力してもらいたいになるのかな。タロウ殿はこの国の者では無いようだしな。」
本気で悩んでた私の答えで本当に目的が無かったことを分かってくれたようだ。
「いや、こっちも機転の利く人で助かるよ。それで今の状況を説明したいが。」
イズミン伯爵が頷く。
「城は全滅だ、全員魅了されていた。この領館も恐らくそうだろう。私も治す薬は持っているが、全員分だと足りない。操っている者は悪魔のベリアルである可能性が高い、まず間違いないだろう。このベリアルを倒せば全員正常に戻る可能性はあるかもしれない。」
ケンジの時はダメだったが、今回操られている者はベリアルにそんなに執着していないだろう?ベリアルを倒せば、すぐにでは無くても回復するんじゃないだろうか。
「タロウさん、その薬はたくさん作れないのですか?」
「操られている人数も多いし素直に飲んでくれるとも限らんしな。作れなくはないが、世界樹の葉を使ってるから少し時間は掛かる。」
「えっ!」「なっ!」「「世界樹ですか?」」
あ、またやってしまった。最近アジトにいるもんだから、警戒心が薄くなってるんだよな。もっと注意しないとな。
「ま、そんなとこだ。それよりベリアルの居場所を探さないとな。イソッチ、どこか心当たりはないか?」
世界樹、世界樹、世界樹と呟いている。
「おい!イソッチ!聞いてるか?」
「あ、あぁ。はい。世界樹ですね。そんなお金は持ってません。」
「違うよ、ベリアルだ。薬の代金は取らないから考えてくれ。」
「は、はい!ありがとうございます。ベリアルの居場所ですね、召喚されたのが研究室でそこにも王の間にもいないとなると、勇者の間かもしれませんね。」
「城にいるのか?」
「はい、いると思います。このエンダーク王国周辺は魔王の配下も多いですからベリアルとしても気付かれたく無いでしょう。城にいれば見つかりませんから。特に勇者の間であれば魔王には絶対見つかりませんから。」
「勇者の間ね、そこにはどうやって行くんだ?」
「ここまで来た道を戻ればいいだけです。少し城の中も通りますが、大丈夫だと思います。」
「わかった。道案内を頼めるか?」
「はい。」
「儂は何をすればいい?」
「そうだなぁ、治したのはいいけど、する事がないよな。ベリアルに敵うようには見えないし。イソッチが活躍したと王に報告をしてくれればいいんじゃないか?」
「そんな事を言うな。儂が役立たずに聞こえるぞ。」
「こっちに来たら応援が期待できると思って来てみたら、こっちも同じ状況だったんだ。こっちの思惑が外れたんだし、この状況で味方が1人増えたぐらいではどうしようもない。」
「確かにそうだな。」
「役所は考えておいてやるよ。さっさとベリアルを片付けてくるから、そのあと城やこの領館で回復して無い者がいたら治してやってくれ。」
状態異常全快の薬を20個渡しておく。
「もしかしたら少しの量でも効果はあるかもしれない。少しずつ飲ませて効果が無かったら足してやるといい。もうすぐ昼飯だからこっそり飲み物に混ぜてやってもいいんじゃないかな。」
「わかった、そうしよう。城の事は任せたぞ。」
イソッチの案内で、来た道を戻って行く。城に入ると勇者ハルナが幽閉された西の棟とは逆の東の棟を昇って行く。勇者の間は、その最上階にあった。
扉は普段結界で封印されているそうだが、今は結界が無い。
扉を開けて見ると、ベリアルが居た。背丈は3~4メートルもある大きな魔獣の様な大きな悪魔だった。角も2本生えている。
その両脇に男と女の戦士も居た。
「勇者ハルナ!勇者山本一郎!お前達もここにいたのか。」
イソッチが呼びかける。
まず確認だ。
この状況で「私の仲間にならないか」と言ってしまうと、ベリアルと勇者2人とイソッチが私の従者になる可能性が、非常に高い。
これは避けたいから禁句だ。これは言ってはいけない。
次に排除したいのはベリアルだけだ。これは勇者2人が邪魔してくる可能性がある。
その時はやっつけてしまっても構わないか。もたもたしてイソッチに危険が及ぶのはダメだ。
そして、ベリアルを排除すれば魅了が解けるかを確認しておきたい。
この3つだな。
「おい!ベリアル!今からお前を倒すが、お前が死んだら城の者は元に戻るのか?」
「誰だお前は?私が大悪魔ベリアルだと知って、よくそんな口が利けるな。私の凄さをよくわかって無い者がまだいるとは驚いた。お前も私の配下にしてやろう。そこを動くなよ!」
おっ!ラッキーだ。ベリアル自ら来るみたいだぞ。
「イソッチ、ここを動くなよ。できればその扉から出てくれると助かるが。」
「いえ、私はこれでも王家を守る魔導士です。ここは私に任せてください!」
イソッチは得意の火魔法をベリアルに向かって放った。ベリアルにはまったく利いて無い。
イソッチから放たれる火魔法など何も無いかの如くこっちに歩いて来る。
いや、邪魔だから。下手すればお前また魅了されるぞ。
ほらぁ、魅了されたじゃん。私に向かって火魔法を打とうとしてるし。
「眠っとけ。」研究室の時より少し強めでボディブローを打った。
うまく調整できたようだ。イソッチは気絶してくれた。
「同士討ちをしてくれたようだな。私の【魅惑】が利いたか。」
「いや、まったく利いてないぞ。」
「なに?今のは魅了されてるからやったんじゃないのか?」
「私は魅了されてないし、私の問いに答えて貰ってないぞ。お前を倒せば全員元にもどるのか?」
「忌々しい、これでも食らえ!」
ベリアルは長剣よりさらに長い、槍ほどの長さの剣を凄い速さで振り下ろして来た。
私は軽く避け、刀を出し、振り下ろされた剣を持っている両手を斬った。
「おい、お前。私の話を聞いてるのか?お前が死んだら皆元に戻るのかと聞いてるんだ。答えろよ。」
ぐおおお。腕を斬られ唸っている。
「おい!」
「うぐぐ、私が死んでもすぐには魅了は解けん。そして魅了された者は解けるまで私を倒した者に攻撃を続ける。」
「それは本当だろうな、命が惜しいから言ってるんじゃないだろうな。」
「本当だ。」
「じゃあ、命は助けてやるから、すぐに全員の魅了を解け。」
「いやだ。そんな事をしたらすぐに私を殺すだろ。」
「別にいいんだけどな。お前を殺して私はここから別の町に行ってればいいだけなんだろ?それでもいいが、お前に少しチャンスをやっただけなんだがな。」
「むむう、わかった。【魅惑】を解く。しかし痛みで集中できん。少し時間が欲しい。」
「色々と注文が多い奴だな。ほれ口を開けて見ろ。」
全回復薬を飲ませてやった。驚いたことに手まで生えた。HPが全快という事は身体的破損の回復効果もあったらしい。斬られた手はまだ剣にくっ付いている。
確かにジャンの牙や爪も生えたしな、そういう効果もあったんだ。
「さぁ、回復してやったぞ。手も生えたみたいだし、あと何の文句があるんだ?」
「いえ、わかりました。」
敵わないと観念したベリアルは集中して何かの魔法を発動したようだ。
「さぁて、お前の処分だが」
ベリアルはビクっとする。
「別に殺す気は無い。さっき命は助けてやるって言ってしまったしな。この手と剣は頂いとくがな。」
と早速収納。手もいい素材になりそうだし。
「お前悪魔なんだよな。人間には変身できないのか?」
「できますが、あまり得意ではありません。」
人間に変身できるんなら、このまま後始末やこの国を守ってろとか勇者の手助けをしてやれとか命令してやるんだけどな。変身は得意では無いのかぁ。
別に従者にしてもいいんだけどなぁ。こいつを召喚した奴はもう死んでるんだろうし生きてても私の【クロスランド】の方が強力そうだし。もう4人も悪魔いるしなぁ。魔物はこれからまだ増やそうと思ってるけど、どうしよう。
しょうがないか。命だけは助けてやるって言ったしな。今更1人ぐらい増えてもいいだろ。
「お前、私の仲間にならないか?」
「はい。」
私の額が3回光った。
え?え?3回? あーー!!勇者!嘘だろー!勇者が従者ってなくなくない?イソッチは気絶してて助かったけど勇者はいらないわ。どーすんだよーー。




