第二話.抱いてくださいませんか?
「えっと。これは一体なんなのかな?」
姫に連れられて用意された部屋に向かう途中の通り道である。廊下の銅像の陰や曲がり角の先。空いている部屋など、いたるところで、男女が抱き合ったり、抱き合ったり、抱き合ったりしているのだ。つきあったりも……してるのだ。
「兵士はそれぞれバラバラに休憩時間が決められています。ちょうど休憩時間の兵士なのでしょう」
と、ミルフィーはそう言う。
「いや、じゃなくて。王宮だよね!? なんで兵士とメイドがやってんだよ」
「メイドも非番中でしょう。仕事中にしている者はいないと思いますが」
「……」
どうやらこの世界は、圧倒的に輝樹のいた世界とは違うようだ。
兵士たちの戦闘も少し見たが、この世界には魔法が存在している。文明は中世ヨーロッパ。ありがちの剣と魔法の世界。
だが、いうなれば、性と魔法の世界。
いや、うまいことを言ったつもりはないぞ。
とにかくこの世界では貞操観念とか羞恥心とか、そう言うものが一切ない。
部屋に通されると何とも豪華な部屋だった。赤そうなカーペットが敷かれ、壁には絵画や装飾が。天井には天使がなんかしてる巨大な天井画が描かれている。部屋の中央に置かれるベッドはキングサイズで、……なぜか枕が二つ置いてある。
最初はもしかして、なんて淡い期待もあった。しかし、だんだんと期待が悪い予感へと変わってきた。
「な、なあ。夕食まで時間があるのなら、町を見てみたいんだけど」
「そうですわね。勇者様に守っていただく世界なのです。町を案内いたしますわ」
というわけで町に出てみたわけであるが。
「ねえねえ。ラピちゃん。ぼくね、避妊魔法使えるようになったんだよ!」
「すごーい! 七歳で使えるようになるなんて、クーくんすごく優秀だね。私まだ使えないんだよ。クーくんより一歳お姉さんなのになあ」
「えへへ。だからね。いっぱいしようね。ぼくの部屋にいこうよ」
というのがほほえましい子供たちの会話だ。
「あー。やっぱりたまには外でするのが最高だね!」
「君たち! 公道での性行為は禁止されているだろ。小道に移動しなさい」
「すみません。路地裏の方にいこうか」
だったり。
「奥さん。今日もいい乳してるねえ」
「もう。八百屋さん。ダメですよぉ。あんっ。おまけたくさんしてくれなきゃ」
「もちろん、全部半額でいいよ。さて、ちょっと店の奥に行こうか」
ってな感じなのだ。
「なんだこの世界」
「どうしました?」
「いや。おかしいでしょ……」
輝樹は唖然と口に手を当てる。
「なんで道端で普通にエッチしてるんだよ」
「いや、道端ではしてないですよ。人通りが多い通りでの性行為は禁止されています。具体的に言うと幅が4メートル以上の馬車が通れる公道での性行為は禁止です。たまにいますが、やっちゃだめですからね。エッチしたくなったらここらへんだと公園に行くのがいいんじゃないですかね」
どうやら公園はカップルたちがラブホテルとして使っているらしい。
「やはりこの国の貞操観念は異世界とは違うのですかな?」
と、後ろから大臣がそう言う。
「20歳で童貞を守るなんてこの世界では不可能です。ありえない。とくに12歳の成人の儀がありますからね」
「成人の儀?」
「この国では12歳になった者は成人の儀を受けます。今まで性行為をしたことがない人間もそこで大人になるというわけです」
国家的規模で筆おろしを行っているのか?
というか頭がおかしすぎるだろ。
なにやら魔法も性魔法とかいうものが発展していて、小学校相当の学校でまず習うのは避妊魔法なのだそうだ。これが使えない者はエッチしちゃだめらしい。逆に言うと基本的に避妊魔法を使えばだれでもエッチオーケー。無理やりはダメだけど、別にそう言った価値観じゃないらしい。無理やりする必要もないとか。
例えば町のそこら辺を見渡すと……。
「ねえねえ、きみ、今暇?」
「えー。まあ、ひまだけど」
「じゃあちょっとやってこうよ」
「うん、いいけど。時間そんなないからすぐいってね」
というわけでたった今であったと思しき男女が公園に消えていく。
この世界では学生が、帰りにゲーセンいこっか、くらいのテンションでエッチするらしい。
「なんでこんな文化が発達するんだ。というか滅びろ!」
「どうしたんですか? 避妊魔法を使えば100%子供もできませんし、ただの娯楽じゃないですか」
「いや、そうかもしれないけど」
そういえば一夫一妻性だって日本だって近年始まった文化だ。いつでもだれでも好きにエッチする。そんな文化が世界に会ったって不思議じゃないけども!
「それより勇者様は初めてなんですよね?」
「……俺の国ではエッチはふつう一人の人としかしない」
これはまあ嘘だが、そう言う人も大勢強いるし、間違っても誰とでもしまくるなんて異文化受け入れられないのだ。
「それはなんとも。さすれば、勇者殿の国では童貞があふれかえるようにいるというのですな?」
「そうだけど!」
たしか20歳の童貞率は50パーセントを超えていると聞いたことがある。半分が童貞なのだ。本当かどうかは知らないが、きっとそうだっ!
「そんなことより、勇者様、実は」
と、姫はいきなりスカートをたくし上げたのだ。なぜかパンツははいてない。そういえば前アニメを見ていたとき、青い髪の子はあそこの毛も青いのかななんてバカなことを考えたことがあったが、その答えは示されなかった。無毛だったからだ。
「勇者様を見たときから胸の鼓動が止まらないのです。ちょうど近くに公園があります。抱いてくださいませんか?」
「はああああああああああああっ!?」
なに言ってんの? いや、だがこの世界の文化ならこれが当然なのか?
こんな美少女が平然と。しかも一国の姫が。まあ、父親である王ともやろうっていうような文化なのだから、見ず知らずの男とやることなんて大したことじゃないかもしれないけど。
いいのか? 20年守り抜いた童貞をこんな簡単に捨てて。
わずかに輝樹は戸惑うが。
「うん。さあ、公園に行こう」
いいに決まってるっ!
もうね。さっきからいろいろ魅せられたせいで生殺しなのだ。
と言うわけでいそいそと公園に向かう。大臣やらおつきの兵士やら、みんなついてきているのだがいいのでしょうか?
「じゃあまずは、チュウしましょうか」
公園に着くなりすぐ、姫はそう言ってにっりとほほ笑む。
「臣下たちからもよく言われるのです。わたし、キスがうまいんですのよ」
そう言って姫はわずかに背伸びして輝樹の唇を奪う。
やわらかい唇の感触に、輝樹の背筋が続々と震える。
「っ!」
次の瞬間にも、ミルフィーの舌が輝樹の口の中に入り込む。舌を探すように動き回り、輝樹のそれをチロチロと舐めた。
「っん」
そうしているうちにミルフィーの右手が輝樹の股間へと延びてくる。それだけでもう絶頂してしまいそうだ。
この姫様。うますぎる。
「ま、待たれよ、姫殿下――――――――っ!」
と、大臣が大声で叫ぶ。
「な、いきなりどうしたの?」
見ると、大臣はレンズのようなものから輝樹を覗き込んでいた。
「魔法のルーペじゃない。勇者様のステータス見てるの?」
「ステータス?」
「個々人のレベルや能力を数値化したもの。あれで相手のステータスを調べることができるのですわ」
「減りました」
「え?」
「減ったのです。数値が」
「バカなことを言わないでください。ステータスの数値が減るなんて聞いたことが」
「キス、したからではないでしょうか?」
たらりと大臣は汗をかく。
「いえ、もちろん減ったと言っても驚異的な数値であることには変わりありません。この国の兵士の1万倍近い数値を記録しています。しかし、それでもなお、減ったのです。たとえば魔力は先ほどまで38000000だった。しかし今は、270000000です。20歳まで童貞を守り抜いたものは圧倒的なステータスを得る。だから勇者殿はこれほどまでの力を持った。しかし、童貞を『捨てた』なら」
「何を言っているの?」
「勇者殿は普通の人間になるのではないでしょうか?」
それを言ったのである。
「……待ってくれ」
輝樹は異世界に来て圧倒的な力を得た。
それはこの国の兵士の一万倍以上。
それは童貞であるから。
「おれが童貞を捨てたら」
「魔王を倒す方法はなくなるということです」
なに、それ?
輝樹はすっかりしぼんでしまった自らの息子に視線を落とす。
この貞操観念がいかれた世界で、童貞を守り抜かなければ、輝樹は勇者でも何でもない、ただの一般人に成り下がってしまうのだ。