姉弟
「さあ!遠慮しないで!アルシア様‥‥面倒ね。アル!こちらにいらっしゃい!!」
キラキラと輝く笑顔のエリザベスは自分が座っていたソファーの横をボフボフ叩きながらアルシアを呼ぶ。
それに困惑気味にアルシアは答えた。
「ア、アル!?いや、その、嫌ではないのだが‥‥‥‥て、貴方方は一体どうしたんですか!?」
「安心してください。これが俺らの本性です。」
「嘘だろう‥‥‥‥‥!?」
レオンハルトの言葉にアルシアはがっくりと膝をつく。
世にもはばかるミスシアート伯爵。
泣く子も黙るミスシアート伯爵。
地獄の沙汰も彼ら次第。
王国の影の支配者。
そんな今までのイメージをぶち壊しにされた挙げ句エリザベスにより猫可愛がりされているアルシアはアイリーンたちの前世で言うところの絶望のポーズわ展開していた。
「全く‥‥‥‥。国王と愚王子はどうしようもないが‥‥‥まともな人間も王族にはいたんだな。」
本当に男だったらアイリーンを任せられたのにな。
そういって穏やかにヒューズは微笑みかける。それに若干の居心地の悪さをアルシアは感じぎこちなさげに視線を彷徨わせる。そして、先程の台詞にふと違和感を覚え、思わず問いかける。
「あの、貴方方は王族を嫌っているように見受けられる。なら、なぜあの愚弟との間にアイリーン嬢は婚約を‥‥‥‥?」
ハッキリ言うとミスシアート家が本気になればそんなモノすぐさまゴミ箱にポイ捨てできるレベルの話だ。それを、なぜわざわざ‥‥‥。
「‥‥‥王太后陛下たってのお望みだったからな。」
「!?お祖母さまの!?」
決まり悪げに、ヒューズは呟いた。
先々王の王妃にしてこの国の先王、クリスティーナ・ツォルフェラインは立派な王だった。
彼女は家柄や血筋よりも個人の力量で誰を重宝するかを判断し、その人間へはどんな出資も惜しまない。そんな王だった。
ーーまだ、ミスシアート伯爵家が家柄と相応の権力しかなかった頃、前伯爵の妻、つまりアイリーン達にとっては祖母に当たる人が急に流行病に罹ってしまい、最早これまでと絶望していた時、かねてよりヒューズの父、エリック前伯爵の才能に目を掛けていた故クリスティーナ女王からその病に効く唯一の薬を届けて貰ったことがあった。
その一件から、ヒューズはクリスティーナ元女王には頭が上がらなかったのだ。
「その王太后陛下がな、ーーー最期に、願ったんだ。」
「それで‥‥‥‥。」
国王夫妻や昔とはいえ恩義を感じている存在にまで頭を下げられると流石に元一般人のヒューズは断れなかった。そういう訳だ。
「まあ、最早それを守る必要もなし。私達は幸せに生きたい。そのためにアルシア、協力してくれない?」
「ーー分かった。できうる限り、協力をしよう。」
そういって手を差し出したアイリーンの手をアルシアは握りしめた。微笑む少女2人に暖かい眼差しを注が注がれる。
擽ったそうに頬を赤く染めるアルシアにレオンハルトは話しかけた。
「まあ、あまりアテにされても困りますが、何かあったらすぐに連絡してくださいよ?」
「ああ、分かった。」
そしてふと思い出したかのように顔を上げて彼は微笑んだ。
「因みに今即興で考えた作戦があるんですが、どう思うか聞かせてもらっても?」
「へー。レオンが考えたの?」
新しいイタズラを思いついたかのような姉弟の姿にアルシアは少しだけ悲しそうな顔をする。
「あら?どうしたの?アル?」
「あ、いえ、その‥‥‥。」
言いづらそうにゴニョゴニョと口を動かしていたアルシアだったが、エリザベスの笑顔に屈したのかポツリと話し出した。
「その‥‥‥‥姉弟とは普通はこんな感じなのかと‥‥。
あ、別にカシムと仲良くなりたいわけではないが‥‥その、もっと早くに、互いに何の先入観も持たずに出会えていたら‥‥。そう、考えただけだ。」
何処か寂しげに微笑むアルシアは、何処か悲しそうで、
「‥‥‥‥アル。」
「良いじゃないそれ!!」
エリザベスが何かを言おうとするが、アイリーンの大声によって遮られた。
「ねえ、この計画にはアルシアの協力が必要なんだけど‥‥‥‥。」
「な、なんだ?」
キラキラした笑顔で迫ってくるアイリーンから若干引きながらも律儀なアルシアは聞き返す。
ニッコリ笑う姉弟の姿はとても美しいのだが、何だろう凄く嫌な予感がする。
「アルシア、私と婚約しない?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい?」
突然投下された爆弾にアルシアは硬直して聞き返した。
よく見るとヒューズやエリザベスも固まっている。
「だから、私と婚約してくれない?」
「‥‥‥はい~~~~~~~~~~~~~!?」
ミスシアート伯爵家に、本日二度目の悲鳴が響き渡った。