密会
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ーーアイリーンが茶会を開き仲間を増やした一月後。
王都『リシュアンナ』のとある宿屋の一部屋、
薄く光るそこに、ヒューズ・ミスシアートは佇んでいた。
「‥‥‥‥。隠れてないで、出て来たら如何ですか? 殿下。」
「‥‥思ったよりも使うようですね。」
その声と共にでてきたのは一人の男。
フードを被った、その隙間から見えるのは、淡く光る水色の髪。珍しいその髪を持つその男は不敵な笑みをたたえてそこにいた。
「‥‥なるほど、見た目以上の強者と聞いてはいましたが、ここまでとは。」
上から下まで、じっくりとヒューズを見ながら呟くその男に、ヒューズは淡々と答える。
「買いかぶりですよ。お座り下さい。ユーイェン公国のフゥシェン第一王子殿下?」
「‥‥! これはこれは。“私”に辿り着いた腕は本物のようだ。」
サラリとフードの隙間から零れる水色の髪を弄りながら男、フゥシェンは口元をゆるめた。
「‥‥回りくどいお話は苦手でね、早速本題に移らせて貰う。」
そう言うと勧められた椅子に座ろうともせず、フゥシェンは話し始める。
「私は、本国に帰って王位を獲るための決定的な手柄が欲しい。対する貴方達は誰にも脅かされない平和が欲しい。違いますか?」
「‥‥いえ?」
お互いがお互いの腹の内を読み合う二人の間には、糸のようなモノで保たれている微妙な緊張感があった。
それを壊さないよう、二人は話し続ける。
「‥‥そのことを踏まえて、お話ししたいことがあります。」
ヒューズの言葉に面白そうにフゥシェンは喉を鳴らす。
「‥‥なにか?」
「この国と貴殿の国は長らく冷戦状態にある。‥‥端的に言いましょう。私と手を組んで、この国を滅ぼして貰いたい。」
「それは貴方の娘が受けた恥辱のためですか?」
間髪入れずに問いかけるフゥシェンにヒューズは嘲笑うかのように微笑んだ。
それを、怪訝そうに伺う彼にヒューズは告げる。
「私がそのことのみで動く愚かな人間に見えますか?」
「‥‥なに?」
訝しげに眉をひそめるフゥシェンにヒューズは言葉を紡ぐ。
「確かにそれは理由の一つです。というよりも最も大きな理由で、きっかけです。しかしそれだけではありません。」
うっそりと笑いながらヒューズは続ける。
その笑みに警戒したのかフゥシェンはみじろいた。
「‥‥私は、俺は単純にこの国に愛想を尽かしたんだよ。もう、王が認めた婚約を無理矢理破棄させようと動く貴族や王族だなんていらねぇ。この国を乗っ取りたいと思っているのが見え見えだ。」
あの時、“アルフレッド”とアイリーンの婚約を破棄させようと貴族が動いているとの情報をくれたのは国王だった。
その情報を受け取って、ヒューズは動いた。
家族を助けるために、国王の真意を測るために。
ーーなのに、国王を、この国を見捨てたと宣言した時、玉座に座る彼は、なにも答えなかった。
そのかわりに、理解したのは、もうこの国は崩壊寸前だということ。
国王の命令を堂々と無視したシュトラウス公爵に、必死でそれを押しとどめようとした宰相の争いを目の当たりにして、“伯爵”として育てられた“ヒューズ・ミスシアート”と“父”としての“ヒューズ”は決断したのだ。
ーーこの国を続けさせるのは、王にも、民にも害悪。
ーー娘の、息子の幸せを壊そうとしたこいつらを、決して許さない、と。
そして、
ーー親友をこれ以上苦しませたくない。
そう思った。
二人の交友が始まったのは偶然だった。
学院の先輩と後輩として出会い、王子として冷遇されている彼にほだされた結果。
王族に相応しくないほどの、一般的な感性と心を持ちながら、正妃唯一の子の末王子に生まれてしまった、賢い王子。
偽名を名乗って貴族として学院に通っていた彼を王子だとしって、最初は恩人の子供だからと仲良くしていたのに、いつの間にか、まるで本当の兄弟のように仲良くなった。
ーー彼は身内の一人になっていた。
自分の中での優先順位は変わらない。
家族以上に、大事なものだなんて存在しない。しかし、
『ヒューズ‥‥頼みがあるんだ。この学院を出たら、僕と友人関係でいることは隠してくれないかな。ーー僕が、王になる可能性がある限り。』
『‥‥成り行きで、望みもしない王位に就いてしまったが‥‥。頼む。
私との交友があったことは秘してくれ。‥‥そうしなければ、ならない訳がある。』
あんなに、苦しそうに笑う友を捨てることは、ヒューズにはどうしてもできなかった。
だから、隠した。
王になった後も、隠し続けた。
親友のために、家族のために、この国の中立になった。
アイリーンやレオンハルト、エリザベスにすら隠した。
どうしても、言うことが出来なかった。
‥‥まあ、アルシアのことに関しては同じ父親として許すつもりは毛頭ないが。
「‥‥なる程、しかし、私が断ったらどうするのですか?」
「こうするわよ。」
そう問いかけたフゥシェンの首に、薄い刃がヒタリと合わされる。
それをしたのは、エリザベスだった。
「‥‥ひどいですね。脅しとは。」
ため息をついてわざとらしく嘆くフゥシェンに若干の苛立ちを感じつつヒューズは続ける。
「テメェはさっさと頷きゃぁいいんだよ。」
「‥‥さっきから思っていましたが、貴方性格変わりすぎじゃぁありませんか? ‥‥はあ、分かりましたよ。」
そういってフゥシェンはニコリ、と笑って言葉を紡いだ。
「‥‥手を組みましょう。詳しいことはお互い席に着いてから。」
その言葉に、エリザベスは微笑んで首筋に当てていた刃をしまう。
それを見て、ヒューズは頷き手を差し伸べた。
「‥‥よし、これからよろしく頼む。」
「こちらこそ。」
その手を握り返しながらフゥシェンは笑みを深める。
「わたくしからも宜しくお願いしますわ。殿下。」
「‥‥できればあのような“よろしく”はご遠慮願いたいですね。」
どこかおどけた言い方にエリザベスはクスクス笑いながら言葉を返す。
「まさか、するわけないでしょう?」
「当たり前だろう。エリがするわけが無い。」
「‥‥仲が宜しいことでなによりです。」
二人の言葉に苦笑しながらフゥシェンは呟き、それに二人は笑みを深める。
ーー『話し合い』が終わったのは、夜明けが迫る深夜のことだった。
†††††††††††
「はあ‥‥思ったよりも、個性の強い方達でしたね。」
「‥‥殿下。」
どこか疲れたような声を出すフゥシェンの後ろからまるで責めるような声が響く。
「クスッ‥‥ごめんよルルーア。だがあの人たちも本気ではなかった。」
「ですがっ‥‥!」
反論の声と共に姿を現した『蒼猫』の頭を撫でながら、フゥシェンは微笑んだ。
「‥‥それに、彼らを殺しても、得する事なんてないでしょう?」
その、淡々とした言葉に、背筋が凍り、ルルーアは黙り込む。
自分の主は、いつもこうだ。
この人の世界は二つに分かれている。
利用できるか、できないか。
それの例外はたった一人。
「それに‥‥かわいい弟のパトロンのご両親は、大切にしなくては、ね?」
そういって微笑むフゥシェンに、ルルーアはなにも答えることができずに黙り込む。
「ルゥシェン‥‥かわいいあの子がこの国に骨を埋めるつもりなら、この国をわが国の領地の一つにしてしまえば良い‥‥そうは思いませんか? ルルーア。」
甘く微笑み、歌うようにフゥシェンは呟いた。
夜明けの明かりに照らされたフゥシェンの顔は、アイリーンの協力者、ルキンソン・トゥンヤイと“瓜二つ”だったーー
今回も新キャラさんでしたねー。
でも今回のフゥシェンとルルーアはほんっとーにちょい役なんですよね。
後半もしかしたら出ずっぱりかも知れませんが。




