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皇国の空は晴れ渡る

 例えば、誰もが空を手に入れて飛び回る世界があったとしよう。

 私はきっとライセンスを取れる年齢になったらいの一番に教習学校と試験場に駆け込んでいるだろう。

 そしてライセンスを取得してパイロットへの道を駆け上がっていることだろう。

 現に今がそう。

 20XX年5月某日。相模沖。

 今年の初めに就役したばかりの通常動力航空母艦アカギ型七番艦”タイホウ”は国立東條大学の航空科学部と海洋学部が設置されている海上キャンパスで、アメリカのキティーホーク級航空母艦をライセンス生産した国立学校法人の運営する空と海の人間を養成する学校だ。

 私、海鳴小春うみなりこはるは将来大好きな飛行機で食べていくために、死にものぐるいで勉強してたどり着いた千里の道の一歩目で、この春入学した一年生である。

 東條大といえば大手航空会社や自衛隊に優秀なパイロットや整備士を輩出した有名校と世界的に名を轟かせている。

 そんな大学の航空科学部・航空科学科に籍を置く私は飛行機漬けの毎日を艦上で送っている。

 東條大の航空関係で語らなければならないことがもう一つある。

 私も所属する”フライト部”だ。

 ずばり飛行機で飛ぶサークル。

 ただ飛んでいる訳ではない。サークルの一大目標は”太平洋横断エアレース”で総合優勝すること。

 小笠原諸島からスタートし西海岸をゴールとする大海横断系レースの最高峰だ。

 それに出場するには、最低でも他の国際大会で総合20位までに入るか国内の公式大会で参加標準A記録を抜くかしないと出場権利すら与えられない。

 残念な事にフライト部は創設から現在までで一人しか件のレースに出場出来ていなかった。

 そんな伝説の人物も遠い昔の人。

 私たち現世代は可も無く不可も無くといった平々凡々な学生飛行士で普通にやっていたら国際大会など天上世界の話であろう。

 とは言え本日は父島まで飛んで相模沖まで戻ってくる一年生飛行士伝統の訓練がある。

「オールOK、発進準備良し。レガシー11、発艦許可を願います」

 レガシー云々は私のコールサインだ。

〈OK。発艦を許可する〉

 艦橋にいる管制官学生の通信を受け、私はスロットルを握りいっぱいに入れる。

 カタパルトから勢いよく射出された私の機体F-14Aトムキャットは仲間の機体と空中集合した後、針路を方位一五〇にとった。

〈こちらレガシー12、レガシー11編隊から微妙に外れているわよ〉

「い、今直すよう。早希ちゃん細かいんだから…」

〈聞こえているのだけれど〉

「うわっ、ごめん」

 レガシー12こと天河早希あまかわさきちゃんは私と同級生で同じ学部同じ学科ほぼ同じ授業を履修している友達だ。

 入学式兼出港式の日に出会って、意気投合はしないまでも何故だか波長があってしまった縁があり、今こうして同じサークルで活動している。

 彼女はお父さんが全日本エアライン社の機長で、お母さんが現役キャビンアテンダントなのだそう。

 将来の夢はお父さんの隣で副操縦士をやることだと言うからこの大学にいるのも然もありなん。

「前方距離五〇〇に積乱雲確認。かなり大きいですね」

〈こちらレガシー01、針路一八〇に調整〉

「りょーかい」

 コンパスと海図を確認しながら一番機に習って転舵する。

 積乱雲をやり過ごし、しばらく飛行していると目標の父島を視認した。

 父島周囲を旋回し、針路を真北にとる。

 タイホウが航行している座標まで2時間弱の帰還飛行だ。

「横断レースここ辺りから始まるんだねぇ。楽しみだなぁ」

〈出られる権利もないのに、気が早いわよ〉

 早希ちゃんが茶々を入れる。

「今年出られなくても、衛星放送で観戦するもーん。悔しいけど…」

〈予定だと開催期の夏頃は、タイホウはアラスカ沖辺りを航行しているはずよ。アメリカは協賛国だし衛星見させてもらえるかもね〉

 1年間で太平洋を一周するスケジュールを組んでいる東條大のタイホウは、6月になったらハワイ方面に向かう予定だ。

 6月から7月にかけてのハワイは航空ショーや小規模のエアレースが盛んで、個人で小型飛行機を所有するオーナーも多数訪れる。

「5月中はなにかやるんだっけ?」

〈本土で急降下マーカー投下部門の人たちが練習だから、それの見学〉

 急降下マーカー投下…私たち一年生の間では急降下爆撃と呼ばれている。

 私にはあまり関係が無いので今は特に言うことは無い。

 ただ、精密爆撃は難しいらしい、と。

「Ju-87だっけ?機体はかっこいいから好き」

〈私はSBDの方が好みだけど〉

「えっ、逆ガル(逆ガルウィング)嫌い?」

〈嫌いじゃないけど、脚が出っぱなしってのはどうも…ね〉

「それは、古いやつだからであって。40年代あたりのはみんな引き込み脚じゃん」

〈速そうに見えないのよね〉

「じゃあ同じ逆ガルのF4Uは?」

 F4Uコルセアは大戦後期から朝鮮戦争にかけてのアメリカ海軍の主力戦闘機で、Ju-87スツーカと同じ逆ガルウィングだが引き込み脚を採用している高速戦闘機だ。

〈あれは好き。大馬力だから…かな〉

「大馬力…じゃあ日本軍機は目に入らないね」

〈そう?彩雲とか好きだけど〉

 ”我ニ追イツクグラマン無シ”の電文で有名な艦上偵察機である。

 速さが売りである。

「…何の話してたんだっけ?」

〈急降下マーカー投下でしょ?〉

〈二人共、そろそろタイホウが見えてくるから集中!着艦が難しいの知ってるだろ?〉

 いよいよ訓練最後の難関。

 ”着艦訓練”だ。

 ある程度技術進歩があった現在だからこそ言えるのだが、その昔は相当な腕の立つ搭乗員でなければ母艦搭乗員にはなれなかったそう。

 トンボ釣りのお世話になった者は問答無用で陸上基地送りだったらしい。

 自動制御とはなんと素晴らしい物だろうか。

 私は、まあ出来ないことはないが、毎回気の抜けない瞬間がある。

 タイホウが見えてきて、まず出力を徐々に落としていく。

 一番機が着艦動作に入る。

 自分の番がくるまでこのまま旋回待機だ。

 二番機、三番機と続いて、私の番となる。

 フラップ(高揚力装置)を下げ、あまり失速しないよう絶妙な出力加減を調整する。

 アレスティングフック(着艦フック)を下ろし、タイホウのアングルドデッキにゆっくりと進入する。

 接地。

 一番手前のアレスティングワイヤー(着艦制動装置)にフックが引っかかる。

 今回はまずまずのランディングだ。

 これが、失敗するとタッチアンドゴー…接地してまたすぐ飛び立つ悪い例だ。

 もっと悪いと甲板をオーバーして海へゴーだ。

 とても面倒くさいことになるので失敗は許されない。

「ふう…疲れた…」

「海鳴!早くエレベーターまで行け!つっかえてんだよ!」

「す、すみませーん!!」

 私の次に早希ちゃんがお手本のごとくきれいに着艦してみせた。

 見ていると惚れ惚れするくらいに美しかった。

「格納庫に戻して点呼をとるまでが訓練だ。お前ら気ぃ抜くなよ!?」

 一番機を務めていた2年生の東海林隼しょうじじゅん先輩が格納庫の隅に集まった私たちを見ながら声を張り上げた。

 私たち一年生組と本日先導役の隼先輩の集団の他に先の急降下マーカー投下部門の先輩たちが点呼をとっていた。

「九九艦爆組はまあまあの出来だけれど、彗星組はどうにかならないものかしら。これじゃあ来週の大会はいいとこ予選通過止まりね」

 私は横目でちらちらと見ながら自分の方のミーティングにも気を回す。

(祐理先輩相変わらず厳しいなあ…)

 急降下以下略のリーダー波間祐理なみまゆり先輩は己に厳しく他人にも辛辣な人だが、先輩を慕う後輩は数知れず。

 かく言う私も祐理先輩の人間性は好きだ。何となく付き従いたくなる、そんな人だ。

「おい、海鳴!聞いてたか!?」

「はいっ?!はい!なんでしょうか!」

「…今日のフライトで何か気になったことはあったか?」

「えーと…私の機だけ燃料の減りが激しいです」

「それはお前の飛び方に問題がある。もっと燃費の良い飛び方を勉強しろ。俺も教えてやるからどんどん聞きに来い」

「はい」

「天河は何かあるか?」

「いえ、私は特に。良いフライトでした」

「そうか。っとそうだ、さっきの着艦かなり上手かったなお手本通りだったな」

「ありがとうございます」

 隼先輩は満足げに頷いて解散と告げた後、一人でガンルームへ走って行った。

 私たちはというと、そろそろ夕飯の時間なので艦内の食堂へ向かうことにした。

「しっかし、小春も早希も安定して飛んでるわねー。特に早希、惚れ惚れするわ」

 同級生の泉真帆いずみまほは言う。

「私なんか航海術覚えるのに必死で海上飛行が難しいの何のって」

「覚えちゃえば意外と簡単だよ。夜は飛ばないから天測で位置を調べる必要も無いし」

「覚えるまでが一苦労なんだってば。あと着艦!今日は危うくオーバーするところだったんだから」

 真帆が青ざめ震えながら本日の感想を言った。

 私は着艦ミスは経験したことがないが、一度経験するとトラウマになるらしく、搭乗するのも怖くなるらしい。

「ねえ早希、何かアドバイスしてよう」

「アドバイス…アドバイス、そうね、こればかりは何も無いわ。ごめんなさい」

「何回もチャレンジして感覚を掴むんだって。教習学校の先生が昔言ってたよ」

「それ言われた試験の日に。にしてもある程度自動化しててホント良かったぁ!マニュアルだったら今頃海に落ちてたわよ」

 とても笑えない冗談である。

 と言うのも、海に落ちたら溺れて死んでしまう訳ではない。

 艦に轢かれて死ぬのだ。

 30ノット出している艦がぶつかってきたらひとたまりもない。

 航空科学科在籍ではあるが、航海科の授業もいくつか履修しているので、船のアレコレは一般人よりかは知っているつもりだ。

 ――…。

 タイホウは月に一度母港である横須賀に停泊する週がある。

 今週の前半は航空科学部が半舷上陸を許されたので、夕食を済ませた後横須賀港の露店で夜食用の何かしかを買おうと私は艦を降りていた。

「サイダー、ラムネ、アイス…うーん」

 自室の冷蔵庫にまだ残っていただろうか。

「冷蔵庫のサイダー賞味期限今日だったわよ」

「うわっ!早希ちゃんいつの間に。ってあれ期限今日だったの?早く飲まなきゃ。おじさんラムネとアイス貰ってくよ!はい300円」

「毎度あり。来月もよろしくね」

「小春、私も行くわ。おじさんありがと」

「うんうん。若い子はいいね」

 内火艇に乗り込み、停泊しているタイホウを目指す。

「大神大のアマギも泊まってるね」

「あそこも来週の急降下マーカー投下の大会に出場するからじゃないかしら」

 まずは急降下以下略の応援。

 そして来月のハワイ作戦。

 当面は訓練になりそうだ、と私は波に揺られながら思った。

 横須賀の夜は更けてゆく。

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