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黒い獣、星空の下で

 その夜のこと、ムジカの家では、お父さんが三ヶ月ぶりに帰ってきたお祝いのパーティーを、いつもより少し豪勢にとりおこなわれました。

 ムジカは大人の中で、お父さんだけはとても好きでした。

 帰ってくると、決まってひざの上にムジカを乗せ、世界を見てきた話をしてくれるからです。

 同じ大人でも、耳をふさぎたくなるような話しかしないお母さんたちとは違う、キラキラした、まるで宝石箱のようなお話を、ムジカは本当に楽しみにしていました。

 ひょっとすると、お父さんらなあの骨を見ても怒らなかったかもしれない。そう思いましたが、それは二人のヒミツであって、お父さんとはいっても、話してはならなかった、そう思い直しました。

 ところが、お父さんがふいにムジカの髪の毛のにおいをかぎはじめました。

「ムジカ、お前森の奥に行ってるのか?」

 ムジカはびくりとしました。

 どうしてわかったのだろう。

「行ってない」

大人のお父さんには知られてはいけないことなので、ムジカは必死に否定しました。

「お前まさか水タバコは吸ってないだろう?」

お父さんは笑いながらたずねます。ムジカは何も言えませんでした。首をたてにふるのがやっとです。

「お母さんには内緒にしておいてやるよ。でもやっぱり森は危険だから、あまり行くんじゃないよ。大人でも迷うことがあるからな」

お父さんは知っていたのです。森の奥に彼がいることを。

「あの人は今も元気かい?お父さんも昔、何度か遊びに行ったことがあるよ」

ムジカはただうなずくだけでした。

 トトはきっと、何百年も前からあの森に住んでいるのだと、この時ムジカははじめて知ったのです。

ただ、彼はずっと、子供たちの行く末を見てきたのです。




 そのとき、ライナは窓から月明かりで照らされたムジカの家をながめていました。

 ほかの家より目をひいて大きな家に友達は住んでいます。

 今日も外にもれるほどの笑い声や、音楽が彼の家には溢れているのでしょう。

 ライナの家は、そこから少し坂の上にありました。

 小さな家にはお母さんと、ネコ。

 最近は新しいお父さんも家にいます。

 もうすぐ、そのお父さんの実家のある遠くの街へ引っ越すことになっていました。ライナはそれがいやでなりませんでした。しかし小さな子どもの抵抗は、大きな大人には気付いてはもらえなかったのです。

 ネコは気まぐれに家出をしますが、ライナはただそれをうらやましく思うだけで、そっと帰りを待つだけでした。

 だけども今晩、ライナは決心をしたのです。

「ぼく、少し外の空気を吸ってくる」

 そう言って、たてつけの悪いドアを開け、すみ切った夜空の下へ飛び出したのです。

 はく息は白く、真冬の空気はただただライナのはだをつきさしました。

 てぶくろもマフラーもぼうしもかぶってはいるけれど、どうしたって暖かくはなりません。

 思いきり坂をかけおり、その大きなうちの前まで、本当はそんなに離れていないのですが、とても遠く、時間がかかったように思いました。

 こんな遅くに子供が一人通りを走っているのに、だれも声をかけません。それは、もうすぐライナがこの集落から出ていくことをみんな知っているからです。

 しんぞうの音がとてもうるさく聞こえました。

 ポケットには昼間にもらった妖精の骨が入っていました。

 冷たいビンにそっと触れ、トトの言ったことを思い出します。

(良いことっていったいなんだろう)

 その大きなうちのドアをノックしようとしますが、勇気がでません。いつもなら、なんのためらいもなくたたけるのに。こんな夜遅くに、というのもありましたが、まずムジカは、自分のこんなよくわからないもやもやした気持ちをわかってくれるのか、どう伝えればいいのか、それがライナの手を止めました。

しかしライナは首をふります。

(きっと、ムジカなら、わかってくれる)

 中からはやはり、大人たちの陽気な声が聞こえてきます。

 ライナは思いきってドアをたたきました。

 しばらくして女の人の声と足音。中からムジカのお姉さんが片手にワインのグラスを持って出てきました。

「あらライナ。どうしたの、こんな遅くに」

 お酒のせいでか、お姉さんは頬が赤くなっています。ライナはいつもと雰囲気のちがうお姉さんを見て、急に顔が赤くなって、しゃべれなくなってしまいした。

「ライナ?どうしたのよ。ムジカならお父さんの部屋にいるわよ」

お姉さんはそう言いながらワインを口にふくみます。

「そういえば、あんたとこの母さん、いいひと、できたんだってね。よかったじゃない。さみしくなくなるわね」

 そして、さあ入りなさいと、中へうながします。

 しかしライナはしゃべることもできず、頭をさげて、とにかく遠くへ行こうときびすを返し、来た方とは違う方へと走りだしました。

 もやもやしていたものがふくれあがって、どす黒く大きなばけものになって、ライナを飲み込んでしまいそうでした。

 頬をさす空気がからだ全部をつきさして、ばらばらになってしまいそうでした。

 いったいどこへ向かえばいいのかもわからないまま、ライナはやみくもに走りました。

 トトの小屋へ行こうかとも考えましたが、こんな夜更けに、しかもひとりでなんて、考えただけでもぞっとしました。

 そうこうしているうちに、ライナは見知らぬ空き地にたどり着いていました。




 今晩は満月です。

 空の真ん中にぽっかり浮かぶお月さまと、ダイヤモンドをちりばめたようなお星さまを見上げていると、ライナは世界でたった一人の人間になったような気分になりました。

 空き地の真ん中に寝転がり、目を閉じます。

 冷たい土を肌に感じながら、お母さんや新しいお父さん、ネコや学校のみんな、そしてムジカやトトのことを思い浮かべます。

(明日になったら、ぼくがいないことに気づくだろうか。それとも、ぼくがいてもいなくても、世界は何もかわらずまわり続けて、もうぼくがいたことさえ忘れしまうんだろうか)

 暗闇がライナの体をつつみ、さみしさがこみあげてきました。

 それでも目を開けると、すべてが紺青で、きらきらしたものは空にあるし、遠くに見える家々のまどからは、あたたかい明りがもれています。

 自分というものはどうしたって世界の真ん中にあって、ぜったいにそれ以外にはなりえないのに、それ以上を誰だって望んでしまうのです。それは、息をして、寒さもさみしさも感じている人間だからなのですが、もういっそ、人間でなくなったらいいのに、そう思いました。

 そのまま動かずにじっとしているうちに、もっともっと寒くなってきて、毛布でももってくればよかったと思いました。

 あおむけに寝ていたのを、からだを丸めるように横向きになったそのとき、こしのあたりに、何かがあたりました。

 持っていると『良いこと』がおこると言われている、妖精の骨を入れた小さな小ビンです。

 コートのポケットに手を突っ込んで、それを取り出しました。

 良いことというのがいつおこるのかはわかりませんが、こんなに孤独になって、いったいどんな良いことがおこるというのでしょうか。

 確かに夜空はきれいだけれども、ライナの心の中には真っ黒いけものが住み着いているのです。

 ライナはビンのふたを開けました。

 こなごなになった骨は、砕く前よりも輝いているように見えました。

 てぶくろを取って手のひらにのせると、夜風に乗って、少しとんでいってしまいました。

 あの時、自分はどうしてあんなにもこの骨にひかれたのか。なんの骨なのかはわからなかったけれど、それはなんだってよくて、結局、生き物はみんな死んでしまえば同じなんだということを、骨を手にする

ことでわかったからなのかも知れません。

(ぼくだって、ムジカだって、死んだらみんな骨になるんだから)

 そんなことを眠くなってきた頭でうつらうつら考えていると、ふいに背後に人の気配を感じました。

 

 振り向くと、そこには息をきらしたムジカが小ビンを片手ににぎりしめ、立っていました。

「ライナ」

 それだけ言うと、よたよたと倒れこむようにライナのとなりに座りこみました。

 息をととのえ、砕いた骨をのせたライナの手を、ムジカは自分の手で包みます。

「とんでいってしまうよ。それにてぶくろもしないで、どうしたの」

 ライナはムジカの顔をじっと見つめました。そしてなみだがあふれそうになるのを必死にこらえました。

 その顔がよっぽどへんだったのか、心配して追いかけてきたことも忘れて、ムジカはぷぷっと吹き出してしまいました。

「どうしてここがわかったの?」

「姉さんに、ライナの様子が変だって聞いたから方向を教えてもらったんだ。ずいぶん探したよ」

 ライナは再びなみだがこぼれそうになりましたが、目をこすってそれをこらえました。

「ぼく、お父さんのコートを借りてきたから、一緒にかぶろう」

 そう言って着ていた大きなコートをライナにかぶせ、自分もその中に入りました。

 ムジカは冷たくなったライナの手から粉をとり、ビンの中に入れ、それを眺めました。

「これはぼくたちのたからものだから、大事にしなくちゃ。はなれてしまっても、これを見れば君のことを思い出せる。だいじょうぶだよ」

 新しいお父さんのおうちはとても遠い街にあります。子供だけではとてもではありませんが移動できる距離ではありません。

 そんなにはなれているのに、ムジカはどうして大丈夫などと言うのでしょう。

「ぼくのお父さんは船乗りで、一年の半分以上は遠い海の果てにいるんだ。それでもぼくたちのために、いつも帰って来てくれる。ぼくはそのお父さんと会う日があるから、待っていられるよ。はなれているから、帰ってきたときは、とても大事な時間だよ。それを、ぼくたちも待つんだ。大事な時間をすごすために」

 ライナは、今まで自分が思っていたことが急に恥ずかしくなってきました。

 孤独だと思っていたのは間違いでした。

 ムジカをうらやましく思うことも、間違いでした。

「うん、ぼくも大事にするよ」

 ガラスのビンの中で光る粉が、これからも二人をつなげてくれるのです。

「だって、妖精の骨だものね。良いことがおこるんだもの」

 ムジカがここまで追って来てくれたのは、本当の友達だからです。同じ子供で、だれよりも自分のことをわかってくれている、そう思いました。

「はなれてしまっても、ずっと持っているんだよ」

ムジカは言います。

「良いことがおこるまで、ずっと持っているんだよ」

『良いこと』というのは、もういちど、二人が出会うことなのかもしれません。

 ライナはこくりとうなずきました。


 そうして、二人は大きなコートを一緒にかぶり、来た道をおかしなはなしをしながら戻りました。





 その夜、二人は夢を見ました。


 雨が少し前にやんで、青いお空には大きなにじがかかっています。

 むかえに行ったのはどちらだったのでしょうか。

 二人は落ちないように、にじの上を慎重に歩きます。

 青いお空にはもう今にも落ちてきそうなほどたくさんの星と月。

 そして二人は羽のはえた小さな女の子に出会いました。

 かわいらしい羽のはえた女の子は、にじの橋の先を指さしています。

 きっとあちらがわに、何かすてきなたからものが待っているのです。

 しかし二人はゆっくりと、確実に前に進みます。

 落ちてしまっては大変です。

 すてきなことは、じっくりと待つのです。

 それを見つけたとき、それはたいへんすばらしいものになるからです。

 途中で黒いオオカミに行く手をはばまれたって平気です。

 子供たちはちからをあわせて戦うのです。


 大きな本当のたからものを手に入れるために。

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