森の奥のトトの小屋
その骨はトトの小屋に行く途中の大きな岩と小さな岩のあいだにありました。
その日は雨が降っていて、雨宿りをしようと入ったときに、ライナがみつけたものです。
シダやコケがおいしげるそのすき間に、ひっそりとその存在をかくすようにうずもれていた小さな骨。
小鳥か小動物だろうとムジカは思いました。
ライナの目は輝いていました。
「ムジカ、ぼくはこれを一生の宝物にするよ」
そっと慎重ににひろうと、きれいな宝石を見るようにうっとりと見つめています。
「死んだばかりの骨には、まだたましいがやどってるって言うよ。埋めてあげたほうが、この動物はゆっくり休めるんじゃないかな」
ライナは一瞬悲しそうにうつむきましたが、すぐに顔をあげて言いました。
「何かに入れておこう。そして大事にしまっておこう。ながめるのは少しのあいだにするよ。
でも、僕の家は小さいから、すぐにお母さんに見つかってしまう」
二人は考えました。誰も来なくて、いつでもすぐに見に行ける場所。
「おじさんの部屋にしたらいいんじゃないかな。あそこなら、しばらく誰も近よらないし、すぐに見に行ける」
そうして二人はムジカのお母さんに紅茶の葉っぱが入っていた木箱をもらい、こっそり隠したのでした。
お父さんの書斎で箱を抱えたムジカは、冷えてきた足をさすりながら考えました。
(明日の朝、ばれないように学校に持っていこう。ロンたちにはぜったいにみつからないようにしなくちゃ)
ムジカたちよりひとまわり体の大きなロンは、二人が自分にしたがわないことにいつも腹をたてています。
きっと、大事にしているこの箱が見つかってしまうと、すてられてしまうに違いありません。
わざと大きな声をあげて、見せしめのように、荒々しく。
しかし、お父さんは今日の何時に帰ってくるのかわかりませんから、家からはどうしても出しておかなくてはならないのです。
(もっと早くに知っていたらな)
お父さんが帰ってくるのを誰も知らせてくれなかったので、それは仕方がありませんでした。
ムジカは通学用の布カバンの底に無理やりねじ込み、ちらかった広間を通り抜け、学校へ向かいました。
途中ライナと出会い、放課後の予定をふたたび確認し、何事もないように授業をうけました。
さいわい、ロンには気づかれることなく時間が過ぎました。
何かいつものようにごちゃごちゃとからかいには来ましたが、二人はいつものようにだまってそれをやり過ごしただけでした。
帰り道、二人は森へ向かいます。
集落の北にあるその森は、大きな木もまだ生まれたばかりの木も入り乱れて、とても雑多な印象でした。
大人たちは、子供だけで森に入ってはいけないと言いますが、二人には関係ありません。
二人には二人でしかいられない場所が必要だったのです。
それはぜったいに、大人たちがいる集落ではないどこかでした。
真冬のがらんとした葉のない木々たちが、静かにムジカたちをむかえてくれます。
森を入ってしばらく行くと、小川があります。
その小川をずっとのぼっていくと、そこだけ鬱蒼と常緑樹のカシやシイの木がおいしげる一帯があります。
その中央にこつぜんとあらわれる小屋。
そこに、トトはムジカたちが生まれる前からずっとひとりで住んでいるのです。
何度も何度も修復したあとのある小屋は、建てたときよりずっと強度のあるものになっていました。
小屋の前には小さな畑と物干し竿とニワトリが二羽。
窓にはいつもうすむらさきのカーテンがかかっていて、中に人がいるのかいないのか、開けてみないとわかりませんでした。
二人が最初この小屋を見つけたときはまさかこんなところに人が住んでいるなんて思っていませんでしたから、本当にびっくりしたものでした。
二人はもうなれたもので、トントンとドアをノックすると、中から返事が聞こえるのを待ちました。
しばらくすると、中からしわがれた声が何か言っているのが聞こえました。
それはいつものことで、勝手に入れと言っていると、二人はすぐにわかりました。
「トト」
ドアを開けて中をうかがいます。
屋根にむぞうさに開けられた明かりとりの窓から、しずむ少し前の太陽の光が部屋を明るくしています。
この家も家具も、全部トトが一人で作ったのだと、前に言っていました。
二人がドアを閉めると、目の前にむらさき色のけむりが流れてきました。
いびつな形をしたテーブルに、切りかぶでできたイス。
その上に座る小さな人間が、奇妙な形をした水タバコを吸いながら、二人をじっと見つめていました。
「ムジカとライナ、ずいぶんと久しぶりだな。どうした。何か困ったことでもあったのかい」
二人は顔を見合わせると、カバンの中から静かに木箱を取り出しました。
「これを、ここにおいてほしくて」
そう言ったのはムジカでした。
「それはなんだね」
その箱をライナはムジカからうけとり、テーブルの上に置きました。
「僕が見つけたんだ。何かの動物の骨なんだけど、お母さんたちに見つかったらすてられてしまうから、ここなら大丈夫かなって」
部屋のなかを見回すと、棚という棚に有象無象のビンや箱、何に使うのか見当のつかないものたちが、ところせましと置かれていました。天井からも何やらカラフルなものたちがぶら下がっており、奇妙なにおいもしています。
「それはかまわないが、いったいこれはなんだね」
トトは箱を手に取り、かたむけて、ふってみました。
カラカラと軽い音が鳴り、トトは「骨が入ってる」とだけ言いました。
二人はどうしてわかったのかさっぱりわかりませんでしたが、それはその通りだったし、トトにはわかるんだと、妙に納得したのでした。
「開けてもいいかい?」
二人は同時にうなずきました。
スライド式のふたを開けると、トトはしげしげとそれを眺めています。
骨ばった小さな手でそれをつかむと、そばにあった虫メガネでよくかんさつしだしました。
そして少しもったいぶったように口を開くと、およそ二人が思ってもいなかった事を言ったのです。
「これは、妖精の骨だよ」
少しの沈黙のあと、トトは続けます。
「この骨には、まだ少しの魔力がやどっている。どこでひろったのか知らないが、これはたいしたもんだ。よくやったな、ライナ」
そう言われても、ライナは何が大したものなのか、どうよくやったのか、まったく分からなかったので、目を丸くしたままただ立っているだけでした。
ムジカも、妖精なんていうのはおとぎ話の中に存在するかくうの生き物だと思っていたので、トトが本当のことを言っているのかどうなのかもわからなくなって、同じように何も言えませんでした。
しかしトトは本棚から一冊の本を取りだし、あるページを開いて言いました。
「ここに書いてあるんだけども、妖精の骨ってのは、微量だが、光をはなつんだ。ほら、これをよく見てごらん。ほら、ちょびっとだが、光っているだろう。これをひろったものはおそらく幸福になれるだろうと、ここに書いてある。ワシもはじめてみるんだが、なかなか魅力的なしろものだ。ほら、ようく見てごらん」
二人は何も言えませんでしたが、近寄ってよく見ると、何色とも言えない光が骨の中からわいているようでした。
「僕、お父さんの部屋で見たけど、気づかなかった」
暗い部屋で見たのに、それはぜんぜん光っていなかったように思いました。
「ようく見ないとわからないからな」
ライナも自分が見つけたものが、こんなにすばらしいものだったのかと、だんだんと嬉しくなってきました。
「そして二人とも、この本をよく読んでごらん。この下にこう書いてある。この骨を砕いて身に付けていると、とても良いことがおこるんだと」
「良いこと?」
ライナがたずねます。
「まあこれはまじないの一種だからな。本当か嘘かはわからないが。しかしこの骨だってワシも長い間生きてきたがはじめて見るんだ。この世の中にはわれわれが不思議だと思っている、だけど本当は当たり前に起こる出来事がたくさんあるんじゃないかな」
「僕、妖精なんていないと思ってた」
ポツリとムジカがつぶやきます。
「ワシも骨ははじめてだが、実は二百年ほど前に、妖精はこの目で見たことがある。ワシは目で見るまでは信じんが、目で見たからにはどんなものでも信じることにしておる。妖精はいるんだよ。この骨だってほら、本当に光ってる。ここに書いてある通り、光ってるんだから、これは妖精の骨だ。そしてこれを砕いて身に付けると良いことがおこるんだと書いてあるんだから、そうかもしれん。確かめて悪いことはない」
二人は骨を砕くということに少しためらいましたが、その『良いこと』がどんなことなのかとても気になって、トトの言う通り、思いきって砕いてみることにしました。
ムジカは持っていた絹のハンカチをしき、その上に骨を置いて、トトがどこからともなく持ってきた使いふるされた金づちを使って軽くたたいてみました。
骨はこぎみよい音をたてて、あっけなく割れました。そして二度三度とうち下ろすと、それは粉々にくだけ、荒い石のようになりました。
「これを二人にあげよう。ここに入れて、持って帰るといい。これならお母さんたちも、まさか骨だとは思わないだろ」
トトは棚から何も入っていない小ビンを取り二人にわたしました。
二人はこぼさないように、そっと細かくなった骨を入れました。
「トトはいらないの?」
ライナが聞くと、
「ワシはお前たちのいく末を見たい。二人の未来に幸あらんことを」
言いながら、ふたたび水タバコを吸いました。
「ありがとう、トト」
二人はそう言うと、光る骨の入った小ビンをポケットに入れて、小屋をあとにしました。