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木箱の中のたからもの

 真っ赤に燃えていた太陽がしずみ、森には薄暗く夜の気配が立ち込めています。


 その森の少し開けた場所に、もう帰る時間だというのに、いっこうにそんなそぶりを見せない子供がふたり、暖をとっていました。 

明々と燃える炎の前に立った二人が考えていることはだいたい同じでした。

この冬が終わる頃に離ればなれになる、 このまま春がこなければいい、そう思っていたのです。


 だんだんと足の先も暖まり、縮こまった身体が解凍されていくのを感じながら、ムジカがぽつりとつぶやきました。

「もうすぐお父さんが帰ってくるから、あの箱はうちには置いておけなくなる」

ライナは驚いて、大きな目をさらに大きく開きました。

「おじさんいつ帰ってくるの?」

 ムジカのお父さんは船乗りです。大きな海原へ旅立つと、三ヶ月は帰ってきません。

「明日には帰ってくる」

それは二人にとって大変な出来事でした。

 ムジカの家ではお父さんが留守の間、書斎は誰も使いません。壁の本棚には隙間なく本が並べられています。ドアを開けるとタバコのにおい。その部屋のすみっこに、二人は小さな木箱をかくしていました。

「どこか別の場所に持っていこう」

ムジカは炎を見つめています。その顔が、炎が揺れるたびにゆらゆらと影を変化させて、ライナにはとても不気味に見えました。

 ライナは言います。

「月見山のふもとにある洞窟はどうだろう」

「あそこはオオカミが出るというからやめておこう。僕はトトの小屋がいいと思う」

森の外れに住んでいるトトは、ひとりぼっちの小人です。

 小さな小屋には、不思議な道具がたくさん置かれていて、ムジカとライナは何か困ったことがあると、決まってトトの小屋に行くのでした。

「トトはびっくりしないかな」

「トトなら大丈夫だよ。あそこはいろんな不思議なものであふれているから、あれを見せてもきっと何も言わない。それに、トトはひとりぼっちだから誰にも言えないよ」

 炎がだんだんといきおいを弱めているのを見て、ムジカは「帰ろうか」と言いました。

 ライナは小さくなった火に砂をかけて完全に消えたことを確かめると、ムジカと一緒に集落のある方へ足を進めました。

「ぼくはムジカとはなればなれになるのがいやなのに、母さんはどうして引っ越すなんて言うんだろ」

「ライナはお父さんができるのが嬉しくないの?」

「それは嬉しいけど、あんな遠くへ行って帰って来れないのはいやだ」

鳥の羽音と小枝を踏む音が、ふたりの耳にやたらとうるさく聞こえました。

 子供は大人の言う通りにしなければ生きていくことができないと、ライナはいつも悲しそうな顔をします。

いつか大人になることを知っているムジカは、それを待つしかないと言います。

「帰って来れるよ。そう願っていれば」

 それから二人は森を抜け、明日学校が終わったあとにトトの小屋に行くことを約束して別れました。



      ※



 ムジカの家は集落の真ん中にあって、よく近所の人が集まってきます。

 ムジカのお母さんは料理がとてもじょうずなので、近所の人を集めて、夜ごと小さなパーティーをしています。お姉さんもその中に入って楽しそうにお酒を飲んだり、食べたりしています。

ムジカはそれがきらいでなりませんでした。

 家の大きな広間にはたくさん薪をくべた暖炉。その前にたくさんの料理とお酒が並んでいます。

陽気になった大人たちが話していることはだいたい同じでした。

 この集落でおこった小さな事件やうわさ話、隣の奥さんに赤ちゃんができたことや、どこかの息子の出世など、およそ子供のムジカには興味のないこどばかりでした。

 ムジカはそんな夜はいつも部屋に閉じこもります。耳をふさいで好きな歌を口ずさむのです。

 今晩はこの冬一番の冷え込みだと、今朝先生が言っていましたから、毛布をかぶり、いつものように耳をふさいでベッドに座っていました。

 歌を歌っているあいだは良いのですが、歌う歌も無くなり、いろんなことが頭のなかでぐちゃぐちゃ思い出されるようになると、ムジカはいても立ってもいられなくなり、誰もふだん入らないお父さんの書斎へ行くのです。

 その晩もムジカはこっそりとそのドアを開けました。

 部屋のすみっこに不自然に置かれた木箱を手に取り、ふたをあけました。

 かすかにけもののにおいがムジカの鼻をかすめました。

 中には骨が入っています。

 少し前に森で見つけた何かの動物の骨です。

 お母さんに見つかったらきっと怒られるだろうけど、それを大人に見つからないようにこっそりかくしておくことは、二人にとって、冒険をしているのと同じくらいわくわくすることでした。

ムジカは、その骨を見つめながら、ライナがほんとうにもうすぐ行ってしまう事を思い出して、とても悲しくなりました。

 大人たちはそんなムジカの気持ちなど知るはずもないので、ライナのお母さんが遠くの男の人と結婚して出ていくことを、笑いながら話すのです。

ムジカが何日か前に、部屋にこもる前にその話が耳に入ったので、今までよりもっと大人がきらいになりました。

 二人だけの秘密はムジカの冷めた心を暖かくしてくれました。

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