うちのタマは余計な事しかしない
ちょこちょこ見てくださってる方ありがとうございます。いよいよ本編。愉快犯二人は書いてて楽しい(笑)
成田家。
それは、この明治の世にあっても、変わらぬ地位を約束された家だった。
怪異を鎮め、人外の者を使役し、様々な占いに通じる。
古くから続く、陰陽師の家系。
元は、かの有名な安倍清明の従兄弟のはとこの夜叉孫が有名な貴族に取り入りできたとされる。
国を守り、繁栄をもたらすと謳われた当時の当主は、朝廷から国繁の名を授かり、怪異の解決に尽力した。
以来、成田家の当主となる者は「国繁」の名を受け継ぎ、特別な地位を獲得してきたのである。
一つの時代に「成田国繁」が二人いることはない。
何故なら、成田国繁は次期当主となるべき子が産まれた瞬間、呪いによってこの世を去るからである。
初代当主である「国繁」が、復活したヤマタノオロチを退治するおり、最後の一つが腕に噛み付き、呪いの言葉を吐き出した。
彼の冒険を綴った「陰陽記」にはこう書かれている。
『汝ら一族は滅びるがいい。子は蛇として産まれ、いずれ大蛇となり、人には育たぬだろう。我と同じく人の手で死ぬがよい』と。
恐ろしい呪いをかけられた国繁は、しかし諦めなかった。
臨月の妻を守り、間もなく産まれる我が子を救うべく、彼は遠い祖先である狐を頼り、ありとあらゆる方法を模索したのである。
そして、子の呪いを自分に振り返る方法を知った。
かくして、子どもは無事に産まれ、父は代わりに命を落としたのである。
以来、成田家の当主は、呪いを振り替え、子を守り続けてきた。
長年の振り替えにより、少しずつ変化した呪いは、いまや子の命を奪わない。
代わりに、次期当主となるほど力の強い子が産まれた瞬間、当主の命を奪う。
産まれた子が、次期当主となるかどうかは、簡単に分かった。
皮肉なことに、力の強い子ほど呪いの影響を受けやすく、産まれたときから蛇が巻き付いたような紋様が出る。
現在の成田家当主である国繁にも、当然そのアザはあった。
いつか、当主となるべき子が産まれたら、死ぬ。
過酷な運命を受け入れるには、まだまだ若く、やりたいことがたくさんあった。
だが時間は容赦なく過ぎる。
何も知らない、無視もできない親戚達が、16歳を越えたあたりから口をだしてきた。
莫大な財産。確約された地位。
両親はすでになく、年若い自分の義父もしくは後見人になるという甘い夢。
彼らは、それを現実にすべくせっせと動き出した。
成田家当主である以上、結婚し、子を持つことは義務に等しい。
健全な若者である彼は、理性を総動員し、時には屋敷にあふれる怪かしの力を使って、揺れる胸を際立たせる格好をした女性たちを紳士的に追い返した。
しかし、そのことがかえって彼の評価を上げ、首を絞める。
夜討ち朝駆けしてくる美女は日に日に増え、彼のオスは限界だった。
そこで、できるだけ長い婚約という、いわば逃げ道のような方法を思い付いたのである。
相手は女学校に通う16歳。
容姿端麗スタイル抜群。栗色の髪には蝶の飾りをつけ、振袖に身を包む彼女は、まさしく深層の令嬢だった。
何より、夢に向かう明るい瞳は、彼の心を強くつかんだ。
人生設計の半ばで死ぬことが決まっている彼には、今まで夢らしい夢などなかったのだ。
彼女の夢を応援したい。
卒業まであと二年、学校に通いたいとのことで、結婚がその後というのも非常に都合がよかった。
二年の猶予ができれば、自分も少しはこの運命を受け入れられるかもしれない。
まさに現状を解決するにはうってつけの手段。正式に婚約を決めたとき、どれだけほっとしたか分からなかった。
それが、今。
ふくらみすぎた風船のように呆気なく壊された。
開け放たれた扉の向こうには、すでに婚約者はいない。
淑女らしからぬ言葉を叫び、走り去ってしまった。
代わりに寄って来る帽子を被った使用人風の男。
追い掛けるにしても、何と言えばいいのか分からない。
茫然とする国繁の耳に、場違いなほど高く、明るい音が聞こえた。
「イェーイ」
使用人風の男が、深めに被っていた帽子を取り、ほうりなげる。
白黒のメッシュの入った茶色の髪に猫耳が現れた。と、同時に三本のしっぽがあらわれる。三毛の猫又。それが彼だった。
本来、猫又とは長く生きてしっぽが二本に分かれたもののことを指す。
しかし何故か彼には三本のしっぽがあった。
まだらのしっぽが上機嫌に揺れている。
成田家に古くから住む、太郎丸。通称タマと呼ばれる彼は、固まっている国繁の前を通り過ぎ、素晴らしくいい笑顔で相棒に向かって手を挙げた。
「イェーイ」
目の前にいた、銀髪の女の子がみるみる間に成長し、絶世の美女となる。
流れる銀の髪。豊満な身体。流し目ひとつで人生を狂わせそうだ。彼女の頭には狐耳があり、ふさりとしたしっぽが二本生えていた。
妖狐の雪。先々代の当主である祖父の使い魔である。
彼女はその白魚のような手を挙げ、寄ってきた猫にハイタッチした。
「ニャハハ。変態ロリコン露出狂童貞男だって〜。オレ笑い死ぬかと思った。」
「ふふふ。妾も笑いを堪えるのに必死じゃったわ。変態ロリコン露出狂ヘタレ男とは言い得て妙じゃな。あの真っ赤になった顔。可愛いかったのう。」
上機嫌で笑い合う二人。
明らかにさっきより評価が悪化している。
成田家の当主である国繁は、おそらく初めて呪い以外の死亡フラグが立ちそうになった。
憤死である。
「何考えてるんだっ!!」
声を荒げ、怒鳴りつける。
頭に血がのぼりすぎて、言葉が出て来ない。
二の句が継げないとはこのことだった。
だが、国繁の三ヶ月にも渡る地道な努力をぶち壊した二人は、平然としていた。
三百歳を越えるコンビは、簡単にこたえたりなどしない。
「何ってお前、年若いお前の事を心配してるんだよ」
「そうそう。妾達はお前に少しでも長生きしてほしいのじゃ」
真剣な表情で言われると、家族同然に過ごしてきた手前、怒りにくい。
やりにくい相手だった。
国繁とて、できるだけ長く生きたい。そう思っているのだ。
だが、猫と狐。けして相性がいいとは思えない二人は、生き別れの双子のようなタイミングで、微笑む。
その笑顔は、時代劇の悪代官に似ていて、どう見ても心配以外の感情を示していた。
「だからってあれはないだろう!!」
心配1割・楽しみ9割の愉快犯達に、名誉毀損を訴える。
何せ、婚約者の目の前で、上半身裸のうえ、乱れた少女の服(今は美女だが)まで握っていたのだ。
いくら、「着替えていたところに雪がいきなり来て、もろ肌を見せたから、慌てて服を直そうとしただけ」だと説明しても、邪推してあまりあるあの状況では、真実は限りなく嘘くさかった。
頭をかかえる17歳。
だが、何を勘違いしたか、猫と狐は明後日の方向の悩み相談にのってくれる。
「雪、どうやらボウヤは、あれぐらいの刺激じゃ物足りなかったみたいだぜ」
余計なことを言う男、タマ。彼の言葉に、妖狐ユキは小首をかしげた。
「ふぅむ。まだまだ子どもと思っておったが、案外イケる口なのじゃな。
御望みならば最高の快楽を与えてやろうか…?」
匂い立つ色気。
先程とは比べものにならないほど、豊かな胸を両腕で持ち上げ、服の隙間から谷間を見せつける。
見えそうで見えない、絶妙の角度。
白磁の肌の向こうにはピンク色の楽園があるに違いない。
一瞬、怒りとは別の意味でクラクラした国繁は、そんな自分に腹を立てた。
男って切ない・・・。
「おいおい。それはオレのだろ~? ボウヤにはまだおしゃぶりの方がお似合いだって」
こっちの気もしらず、後ろから抱きしめ、耳元で囁く猫。
「ふふふ。おぬしのものと決まったわけでもないと思うが?」
「ひでぇ。…この場で確かめてやろうか」
見つめ合う二人。一気に間接照明が落ちそうなムードが漂う。
何だろうこの雰囲気。
「人の婚約潰しといて、イチャつくな!!!」
百万回言っても足りない。
だが、ああなった二人に何を言っても無駄ということは、身に染みて分かっていた。
怪かしと比べ、人の生は短い。
時間を有効活用するには切り替えも大事だった。
真新しいシャツを羽織り、さっさと外に出る。
扉の外にはもっとも信頼する長身の執事、ゲイル・高田がいた。
何も言わなくとも、今のやりとりでおおまかな事情を理解したらしい。
「若。とりあえず、真理香嬢にご説明を。私の使役する犬神に追わせています。現在地は北北東に300mほど。まだそんなに遠くには行かれておりません。」
本当によくできた執事だ。
軽く頷き、その場を後にする。
音を立てた扉の向こうでは、18禁がはじまっていた。
ご一読ありがとうございます。国繁がイチャこく日は来るのか…。頑張っていこうと思います。