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G*Girl  作者: 水無亘里
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G*03-超進化論①-

 正直に告白しよう。僕はムシが大嫌いだった。

 小さくて何処に潜んでいるのか分からないところや、大群で生活していたりするところ、繁殖力が高く時に大量発生したりするところや、その挙動がうねうねぴくぴくかさかさしているところが、ホントにもう心底嫌いだった。

 だから僕は夏が嫌いだし、自然が嫌いだし、ゴミゴミした空間も大嫌いだ。

 節足動物はみんな死に絶えたら良いと思う。カニやエビが食べられなくなるのはそれはそれで辛いところだが、いっそそれでも構わないと思う。

 それで彼らに出遭わなくなれるのなら、大好物の一つや二つ一生食べられなくても構わない。むしろ本望だとすら思う。

 ――いや、思っていたのだ。ほんの数日前までは。

 ここ数日で、僕にはトラウマが増えた。しかもよりによってあのG関連の。

 『台所の黒き悪魔』、『頭文字G』、『史上最凶の害虫』、『主婦の敵』、『漆黒の皇帝』などなど……。数々の二つ名を拝命する彼らには、最近縁が深い。悲しい話だが。

 僕はムシなんて大嫌いだ。中でもあの、黒くて、時には茶色くて、飛んで、繁殖力が高くて、生命力が強くて、デカくて、身の毛もよだつ凶悪なフォルムに身を包んだ、昆虫界の悪魔が嫌いだ。

 奴らと共存するのが人間の宿命だというのなら、僕は人間をやめたって構わなかった。

 だというのに……。

 今の僕にはその選択すら不可能だ。

 なぜなら、彼女の正体がその悪魔だからだ。

 僕が憎んで、忌み嫌って、避け、恐れ、疎んできた奴らの成れの果て。

 人の姿を得るという究極の進化を遂げた彼女の一族は、人間との共和を望んでいた。

 彼女も、そうだった。

 僕がずっと昔から大好きだった小羽ちゃん。

 ずっと一途に恋い焦がれてきた女の子は、その真の正体を隠していたのだ。

 それはあまりに突飛な現実で。信じがたい事実で。

 けれど、何度も体感し、さすがに理解できた。

 僕の大好きな女の子は、人間ですらなくて、それどころか僕にとっては敵とも言える存在だったのだ。

 悩み、苦悩し、それでも僕は好きだったんだ。

 僕はムシが嫌いだ。だけど、小羽ちゃんのことも大好きだったのだ。

 ――これは、そんな僕の耐えがたい日常の記録である……。

 ――それは、僕と運命との、壮大な戦いの系譜である……。


――


 人間、普通に生活していれば、必需品を買うために近所のスーパーへ出掛けることは至極当たり前のことである。

 そこで害虫駆除用品のコーナーで足を止めてしまうのも、ムシ嫌いならば当然の行動である。

 僕のようにトラウマ持ちであれば、言うに及ばず。無意識的に足が動いている始末だ。なんなら気づけばカゴにごっそりと入れられているまである。

 粘着テープ式捕獲器――通称『ホイホイ』や、毒餌――通称『ダンゴ』、それからエンカウント時の殺虫スプレー――通称『ジェット』まで、種々様々な製品が売られている。

 それぞれにメリットはあるし、デメリットも存在する。

 『ホイホイ』は、粘着テープで身動きをとれなくさせて始末する設置型の罠だ。中には誘き寄せるための餌が備え付けられていたりと、非常に優秀だ。しかし欠点も存在する。それは、捕獲が終われば処理をせねばならない、というところにある。これはなかなかに苦行だ。目で見て目視し、取っ手を摘まみ、ホイホイがッ! ゴミ箱の中へッ! シュゥゥゥウウッッ! エキサイティィイイインッッ!! ……をするためには結構な度胸が必要だ。正直、そんなものがあれば、端から苦労などしないのである。捕らえてからの苦労を思うと、積極的に仕掛ける気にはなれないのが玉に瑕だ。

 次に『ダンゴ』は、所謂ホウ酸団子のことである。毒性のある餌を食わせることで食った個体を死滅。更にその糞や死骸を食った個体までも仕留めるという副次効果まである。というか糞や仲間の死骸まで食べるという習性そのものに驚きだ。雑食極まりない。もうなんか、それを聞いただけで少し気分が悪くなってくる。あと、効果が目に見えないというのも少し不安を残す。見たくもないから仕方ないけど、いるのかいないのか断定ができないのはやはり精神衛生上好ましくない。効果は高いのだが、その辺りが少し気掛かりなところである。

 最後に『ジェット』。これはもう最終手段であり、伝家の宝刀とも言えるだろう。効果はやはり高いらしい。しかし、即死するというわけでもないし、逃げ回る余地は残っている。その間に物陰へ隠れられたら目も当てられない。まして、ある程度至近距離まで近づかねばこちらの攻撃は当てられない。それはつまり、こちらの危険性も増すことを意味する。はっきり言ってかなり心臓に悪い。特に最悪なのが、高いところにいた場合だ。……奴らは飛ぶのだ。厳密には滑空しかできないらしいが。それでも上から下へとダイビングを行う。下には何がいる? ……そう、僕だ。もはや語るまでもない。恐ろしすぎる……。効果は高く、効き目もそこそこ。だが、そんな諸刃の剣な側面も兼ね備えているとは、世の中上手くいかないものだ。中には捕獲しやすいよう、泡を放射するものや、虫除けみたいに近づけない効果を孕んだ商品も売られている。が、最大のデメリット――奴らの緊急回避の際の『不意のドッキング』を払拭できるわけではなく、危険性はやはり絶えず存在する。あと、泡ジェットは外した後の処理が非常に面倒だ。

 ……数々の問題点は同時に解決できない。ならば、併用こそが正しい利用法だ。

 そうして僕は、重々しい数の武器を手に、レジへと並んだのだった。


――


 ありがとうございましたーっ、の声を尻目にスーパーから出たところで、僕へ向かって手を振る少女の姿を見つけた。

 小羽ちゃんだ。

「あ、枝間くん。こんにちは。お買い物中?」

 夏らしい白色の清潔感溢れるワンピースを着た小羽ちゃんがぱたぱたと駆けてくる。

 腰まで届く黒髪が揺れて、僕の眼前まで迫ってくる。長い分、動作が大きいので、それと一緒になんだかシャンプーの良い匂いまで漂ってきていた。

 そして、にぱっと煌めく笑顔。途端に心臓が早鐘を打つ。

 この子と今付き合っているとか、ホントに夢みたいだ。思わず太腿をつねって確認してしまう。いてて、夢じゃないや。嘘みたい。

「えっと……。茶山さんも買い物?」

 会話を途切れさせないように、何とか捻り出すと、小羽ちゃんはというと、ふるふる……と首を振る。

「ううん、おばあちゃんちに用があって、今は帰るとこ」

 見れば、手提げバッグからネギが伸びていて、他にも野菜がゴロゴロと見受けられる。

「……農家やってんの?」

 バッグの中を覗き込んで僕が言うと、小羽ちゃんは照れたように笑い、

「えへ、違うの。八百屋さんなんだ。時々傷んだお野菜をくれたりするの。今日はこれでお味噌汁を作るんだ♪」

 じゃあ、毎朝僕の味噌汁を作ってくれ! ……と言いたくて仕方がなかったけど、無論そんな度胸もなく、ふ~ん……とだけ相槌を打つ。

 そして、僕はもうちょっとお喋りを続けようと、ふと小羽ちゃんの顔色を窺ったところ。……そこから二の句が継げなくなった。

 小羽ちゃんが口元を覆い、その顔色は蒼白となっていた。ついさっきまでは血色良い肌色をしていたはずなのだが……。

 そして、その視線の先を辿ってゆくことで、僕はその理由を察した。

 僕の手の中のビニール袋、その中には……。

 おもっくそ『ごっきーホイホイ』って書いてあるんだがしかし。更には『害虫撃退』、『悪虫退散』、『一網打尽』などの物騒な文言まで。

 そう、何を隠そう小羽ちゃんは一見ただの美少女だがその正体は害虫。人間に変化する能力を得た、チャバネの特異進化形なのだ!

 ……終わった。僕の初恋終わった。無残に散った。人の夢と書いて儚い。無情なもんだ……。

 僕の胸の中を、様々な思い出がフラッシュバックしてゆく。短い人生だったけど、太く短く生きられたと思う。

 やるだけのことはやった。あとのことは、頼んだぜ……。

 そして脳内エンドロールが流れる中、小羽ちゃんが拳をぎゅっと握り込んでいた。

 僕と、別れる決意を固めたということだろうか。僅か二日という短い間だったけど、君と笑い合えた時間は掛け替えのない大切な時間だったよ……。

「わたし……、枝間くんを矯正しようと思う……!」

 ……そうだね、ごめん。僕が悪かったよ。金輪際近づかないと誓うから……って、あれ……?

害虫わたしたちだって、一生懸命生きているだけなんだからっ! だからそれを、枝間くんに理解して欲しいの」

 それは予想の斜め上を行く回答で。

「わたしたちを好きになって欲しいとまでは言わない。けど、受け入れて欲しい。……せめて、見て見ぬふりをして欲しいのっ!」

 そんな、決意に満ちた眼差しで言われても……。困る。

「枝間くんなら分かってくれるって、……わたし信じてるからっ!」

 そこまで言われたら、引き下がるのは男が廃るといいますか、なんといいますか。

 僕は結局、控えめに頷いた。その選択がトラウマを量産することになるとは、気づきもせずに……。

■①

第二話です。内容は君人と小羽のドタバタコメディ・パート2といったところ。

もう少し付き合い方についての言及をする、というお話。


◆タイトルについて

そういえば前回語っていなかったので、その補足とかいろいろ。

「G*Girl」

タイトルのGは言うまでもなくごっきー的な意味です。それ以外にも害虫と掛けてもいます。

「初恋理論」

第一話タイトルですが、特に深い意味はありません。

初恋という言葉を使いたかっただけです。

「超進化論」

超進化をした小羽ちゃんについてのお話。という建前ですが、実はあんまり深い意味はありません。


……結局ほとんど意味がありませんでした。

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