G*01-初恋理論②-
初めて出逢ったときから、僕は恋に落ちていた。
「初めまして、茶山小羽です。よろしくね……」
ちょっとはにかむような上目遣いで挨拶されたときから、僕のハートは鷲掴みだった。
赤らんだ表情といい、うっすら濡れた瞳が輝く様子といい、僕はなんだか直視するのもおっかなびっくりで、「エマ……キミヒト……デス」とカタコトの挨拶しか出来なかった。
「あれ……? 外国人の方なの……?」
なんて、真面目に訊いてくるのも今思えばおかしな話だったけれど、「ボク、……ニホンジン」とガタガタ震えながら答えた僕はやはり相当に意気地なしだったと思う。
「? ……? ……?」
と頭にいくつものクエスチョンマークを浮かべている小羽ちゃんを見ているうちに段々と落ち着いてきて。そしたら今度はなんだかおかしくなってきて。
小羽ちゃんの方も、僕が挙動不審なだけなんだと察したみたいで、結局、二人してお腹を抱えて笑ったりした。
そんなこんなで、少しずつ打ち解けてきた僕らは、次第に普通のクラスメイトとして接することが出来るようになってきていて。
たぶん僕らは友達と呼べる関係になっていた。
それからまたしばらくして。
僕らは二人で花火を見ていた。
いろんな偶然が重なって、僕らは花火を見ることになって、そしてたまたま二人きりになった。
やがて花火が止んで、静かになった頃……。
一向に動こうとしない小羽ちゃんを、どうしたのかと見つめていると。……その横顔は赤らんでいた。
花火に感動して……? いや、そんなまさか。でも、じゃあ何だ……?
小羽ちゃんはガバッと振り向くと勢いよくこう言った。
「あのにぇっ!」
盛大に噛んでいた。途端にその小さな耳まで真っ赤に染まる。
ゴ、ゴホン……、と咳払いしてごまかすと(もちろんごまかし切れているとはとても思えないけど)、もう一度「あのね……」と切り出した。
「ずっと言いたくて……。でも怖くて言えなかった。ずっと伝えたかった……。ずっと言いたかったのっ!」
差し迫ったような表情。緊張が僕にも伝わってくる。伝染してくる。指先がぷるぷると震え出す。
「わたし、わたし……っ!」
喉が詰まる。多分言いたいことは分かっている。分不相応な気はするが、僕も男の子だ。何となく分かる。
どうせ言うなら、僕が言わねばならないことだったと思う。当然、僕も声を絞り出そうとした。
けど、出ない。
まるで筋肉が麻痺してしまったみたいに、全く動かない。呼吸すらおぼつかない。
ああ、情けない。彼女があんなにも勇気を振り絞っているというのに。僕は指先一つ動かせない。
そうこうしている間に、小羽ちゃんは動き出す。僕よりも先に行動を起こす。
女の子の方が成長が早いとか、女は度胸だとか、いろいろ言うけれど、少なくとも僕よりも小羽ちゃんは、強い女の子だった。
『あなたのことがっ、……好きでしたっっ!!!』
その声は、はっきりと僕に届いた。
それはもう嬉しくて、吐きそうなくらい嬉しくて。泣きそうなくらい嬉しくて。なんなら漏らしそうなくらい嬉しかった。
けど、何度か目をしばたたかせて、なんとか潤んだ視界を確保したところで、その異様な光景に気づいてしまう。
小羽ちゃんがいない。
どこにもいない。
女の子の影も形もない。
そんな。そんな馬鹿な。
僕は夢を見ていたのだろうか。
周りを見渡して、遠くを見つめて、やはりいない。どこにもいない。
分からない。意味が分からない。全部、夢……?
僕が今まで好きだった女の子も。出逢いも。思い出も。全部、夢……?
そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。
僕の全部なんだぞ。小羽ちゃんに出逢ってからの僕の全ては小羽ちゃんと共にあった。
好きになった女の子のために全てを捧げて生きてきたんだ。
彼女がいないなら、僕は生きている価値なんてない。生きている意味なんてない。
僕は、僕には、小羽ちゃんが必要なんだ。
それが夢だなんて、ありえない。ありえないよ……。
嘘だ。嘘だっ! 嘘だっっっ!!!!
「小羽ちゃんっっ!! 大好きだぁぁあああああーーーーーーーーーーッッッ!!!!」
僕は叫んだ。力の限り叫んだ。絶叫だ。周りでざわざわ……、と人がどよめいている気がするが、そんなことはどうだって良かった。
この苦悩を、この苦痛を伝えずして何を伝えればいいんだ。
いるかどうかも分からない。でも、僕はこの気持ちだけは押し殺してはいけないんだと思った。
そして何より、そうするしか僕はこの気持ちを消化できないのだと思った。昇華できないのだと思った。消火できないのだと思ったのだ。
そんな、僕の渾身の叫びに、答える者がいた。
『嬉しいよっ!! 君人くんっっ!!!』
小羽ちゃんが、応えてくれた。
相変わらず姿は見えない。けれど、言葉は通じる。気持ちは通じる。
理屈はさっぱり分からないけど、届いているなら、それだけでいい。それだけで構わない。
だけど、もし。もしも、叶うなら……。
もう一度、触れたい。もう一度君の手に触れたい。
暖かな感触を、感じたい。
『君人くんっ! 君人くんっっ!!』
小羽ちゃんが呼んでいる。
僕を求めてくれている。
もう一度君と逢えるのなら……。
もう一度笑い合えるのなら……。
僕はどんな対価だって払ったっていい。
だって、僕は小羽ちゃんのことが、大好きなんだから……ッ!
そうして僕は、腕を広げた。
彼女を受け入れるために、抱き寄せるために腕を広げた。
小羽ちゃん、小羽ちゃん……!
見えなくたっていい。どんな姿であってもいい。
君のことが好きだから、どんな姿であっても抱きしめてあげよう。
この両手は、小羽ちゃんのためにあるんだ。
僕の身体は小羽ちゃんを支えるためにあるんだ。
なんならそのために死んだっていい。
こんなに誰かを好きになったのは、初めてなんだから。
だけど、その胸に、というか顔に、飛びついてきたものは僕の想像を超えていた。
だから僕はその場で意識を失ったんだ。
だって、しょうがないだろ。
長い触覚。茶色い羽。六本の足に平べったいボディ。
言わずと知れた頭文字Gが僕の顔に引っ付いてきたんだから。
◆茶山小羽|ちゃやまこはね
チャバネだから『茶』と『羽』が付く良い感じの名前を模索しました。ベタだけど良い感じだと思います。
性格もシチュから考えまして、純朴で人懐っこくて可愛くて愛嬌がある(だけど正体はG)という……。
可愛いけど素直に受け入れづらいこの感じはラブコメとして最高の素材なんじゃなかろうかと小一時間語りたい今日この頃。
……設定として。
正体に戻っている間は喋れませんが、テレパシーで思いを伝えることが出来ます。
正体に戻ると、着ていた服はその場に残ります。なお、リボンは(胴体に)くっついたままです。
描写はありませんが、ピンクのリボンを愛用しています。大きさは、正体に戻ったときでも動作に支障がない程度。
……余談として。
普段は君人のことを枝間くんと呼んでいますが、頭の中では君人くんと呼んでいる模様。
◆枝間君人|えまきみひと
人間だから『人』と『間』の字で構成しました。
ヒロインとくっつけそうなキャラとして練ってます。ほんわかにはほんわかを当てた方がいいかなーと。
……余談として。
普段は小羽を茶山さんと呼んでいますが、頭の中では小羽ちゃんと呼んでいます。