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壱、姫

「吉仲、今日は市に行きましょう。ほら、いいお天気よ」

うきうきと嬉しそうに姫は吉仲に言った。

「ひ、姫。よいのですか?また殿からお叱りを…」

「いいのよ、お父様にはどうにか言っておくから」

咎める吉仲を姫は笑って流した。

「さ、行きましょう」

姫は吉仲の手をひいて歩き出した。


姫は御年15、吉仲は21だ。もう、姫は裳着の儀を済ませている。しかし、姫は大人しくしているよりも外に出たいという性情で、父や吉仲を困らせている。


「姫、そちらは市の方角では…」

「いいの」

姫は神社の方向に歩いて行く。

神社につくと、姫は社に祈り始めた。

しばらくそうしていると、姫は吉仲に向き直った。

「もう、よろしいのですか?」

吉仲が問うと、姫は笑った。

「ええ」

2人はまた市に向かって歩き出した。


◇ ◇ ◇


年頃の姫にはよく求婚の文が届く。しかし、姫はその文を読まずに燃やしていた。

「はて、困ったものよのう……」

姫の父、柾成は姫の将来を案じていた。姫の意見を尊重するべきだとは思うが、このまま決まらないのではそれはそれで問題だ。柾成は思案げな顔をすると、今日何度目かもわからないため息をついた。


◇ ◇ ◇


あれは確か、十二の夏だった。


姫には仕え始めで、俺たちは森へと向かった。森に入ると足を進めるごとに深くなってゆく。俺は、楽しそうに駆けてゆく姫を追うのに必死だった。

その時、森に雷鳴が響き渡った。

「きゃっ」

小さい悲鳴をあげ、姫がしゃがみ込む。すると、ぽつぽつと雨が降ってきた。雨はどんどん強くなってゆく。俺は姫を抱き上げ、雨の当たらない場所へと向かった。姫を腕からおろすが、姫は顔を伏せたまま俺の衣の袖をつかんで離さない。

「姫?」

すると、姫は雨と涙で濡れた顔をあげて不安げな表情を浮かべた。

「よしなか…こわいの、いかづちが。たすけて……」

絞り出すような声で姫は言った。俺は微笑むと姫を抱きしめた。

「よし…なか?」

「大丈夫です。安心してください」

姫が顔をあげ、うるんだ瞳でこちらを見つめる。俺は頷いて、また言った。

「安心してください、姫。俺が守りますから」

姫は、俺の腕の中で堰をきったように鳴き始めた。どうしても泣き止まない姫に、俺は狼狽し、小さな櫛を渡した。

「これはなに?」

「俺の母の形見です。姫にさぞかし似合うと思いまして」

姫は櫛を俺に返した。

「これは、よしなかのたいせつなものなのでしょう?わたしはうけとれないわ」

俺は首を横に振ると櫛を姫の手の中におさめさせた。

「姫に…姫に持っていて欲しいのです。つまらぬ願いですが、どうかお聞きいれ願えないでしょうか」

姫は少し迷いながらも頷いた。


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