移動図書館。主
僕の名前はライオット・エル。
よくいる半精霊だ。
半精霊、それは精霊と精霊以外の間に生まれた子供のうち、片親が『ヒト』であった場合の呼び名だ。
半精霊の特徴として本体が別にはなく、具現体を消すことができない。というのがある。
そこが精霊たちから半端者と見られるポイントとなる。
精霊達は他に本体があったり、その姿を消したりすることが可能だ。
僕が外と関わったのは『ヒト』であった母が共にいた二十年の間だけ。
父はその二十年も含めた四十年をひとつの国で過していた。
最後は国を統べ、護る王に寄り添う補佐として。
『ヒト』であらざる種によって護られた国。それでもそこは『ヒト』の国だった。
明るく朗らかで暖かい国。
それでも時が景色を変えていく。
国を護っていた『ヒト』ではなかった人たちが一人、またひとりと姿を消していく。
母が亡くなった翌日。
そこに父の姿はなかった。
『ヒト』ならざる王はその報告を聞いて小さく笑う。
その五年後、王もまた姿を消した。
国は変わっていく。均しく同じ状態を維持することはなく、時は、『ヒト』の心は流れてゆく。
『ヒト』ならざるものをいつしか恐れ始めた彼らに僕は恐怖を感じた。
と、同時に『これなのだ』と理解した。
それは『恐れ』が『恐れ』を呼ぶ構図。
『ヒト』の部分が『恐れ』を思う。
同じ半精霊の幼友達はのんきに笑って『何を恐れるんだ?』と手を差し伸べる。
彼を前にすれば『ヒト』はその意識・判断を蕩けさせ、全面的に彼を擁護する。
それは、対抗する術を知る『ヒト』にとってどれほど恐ろしいものに映るのか。
僕はそれに気がつかなかった。
彼にとってその状況は普通であり、あえて意識しておこなっていることでもなかった。
危険視されるなど、彼は想像すらしていなかった。
愛されなれた幼友達は『殺される』などとも疑うことなく、『事故』と信じて死んでいった。
僕は『ヒト』の国から遠ざかることを決意した。
母が死んだ地から放れるのは寂しかったけれど、このままここにいたら『殺され』そうで恐ろしかった。
他の幼友達も同様の判断を下したようだった。
僕らの生まれた国は『ヒト』の国になった。
そしていつしか歴史に紛れ失われた。
手元には懐かしいあの国の書物。
料理人のレシピ集。いささかずさんな会計帳簿。軍の戒律書。
ここは精霊の牢獄。
世界の一部でありながら隔離された場所。
かつて精霊でありながら大罪を犯した父が精霊たちの判断で封じられた場所。
その罰は父がいなくなった今、僕が引き継ぐ。
その罰がいつ終わるかはわからない。
条件が揃わなければ外に出ることは叶わない。
誰かに会うことがほとんどない。
僕はいつしか寂しさを忘れた。
僕は触れ合うことと他者とのつながりを失い、この場所で得れるものに惹かれた。
ここには世界で書き出されたものが複写され現れる。
僕は有り余る時間を使って製本する。
それはありとあらゆる知識。
いつしか極稀にココに迷い込む者達から『移動図書館』と呼ばれるようになっていた。
知識の巨人の図書館を模倣しているとわかる呼び名ではあるが、それとなく嬉しかった。
僕は移動図書館の主。ライオット・エル。
極稀とはいえ、そう名乗りをあげることはとても誇らしい。